ベース・ルーム・チュートリアル(その1)
白く、広く、天井の高い部屋だった。部屋と同じように白を基調にした家具や調度が品よく揃っている。
ベッドの上に緑のドアが寝そべったような状態で出現した。扉が開くと公人が頭から飛び出した。公人を通過させた緑の扉は、開けた扉に向かって外枠が反転し、ぴたりと閉じるころには少女に姿を変えて立ち上がった。
少女が部屋の中央にあるティーテーブルに向かって歩き始めたあたりで、公人がベッドの上に落下した。
公人は内心の動揺を抑えながらあたりを見回した。雑然とした自室とは違うが、いかにも好ましい理想的な部屋に思えた。
部屋には窓もドアもなく、「ナントカをしないと出られない部屋」を思わせたが、ティーテーブルでお茶を入れている少女の正体を考えれば、出る方法は普通にあるのだろう。甘い紅茶の香りが鼻をくすぐった。半袖の公人に部屋は少し涼しかった。
「この部屋の住人は、本が好きだから」と、少女が言った。「人間より本を優先したコンディションなんだ」
靴のままシーツの上に乗っかったことを少し気にしながら、公人はベッドから降りて、ティーテーブルに近づいた。少女は二人分のティーカップを用意していた。まさかこれで「お前の分はない」とは言わないだろう。
その通りだった。少女は公人のために椅子を引き、手慣れた様子で給仕を済ませてから、向かい合って座った。
(「いただきます」と言うべきなのだろうか)と、公人は思いつつ、勝手に連れてこられた身で、そこまで行儀よくする相手かと眉をしかめ、「じゃあ」と声に出した。
「どうぞ」と、少女が言った。
紅茶は程よい甘さだった。まるで自分の好みを知っているかのようだ。しかしそれでほだされるのも違うだろう。
ふと気づくと、少女がこちらを見つめていた。どことなく嬉しそうな表情だ。クッキーの入ったバスケットを勧めてくる。
クッキーを口に放りながら、公人は自分の取るべき態度について考えた。いったいどういうつもりだと、きつい態度で聞かなければならない。しかし、なんだかそれがはばかられる雰囲気だ。そうは言っても聞かなければならない。この紅茶を飲み終わったら……。
そう思いながら、ちびちび飲んだ。
「おかわりは?」少女が笑顔で聞いた。
三杯もらった。
クッキーも全部食べた。
そんなこんなでもうこれ以上お茶会を引き伸ばすのも限界というくらいの頃合いに、少女が口を開いた。
「無理やり連れてきて、悪かったと思ってる」
それまでの穏やかな表情から離れ、少し寂しげな雰囲気だ。
「でも、仕方なかった。君自身にも関わることだし」
「へえ、どういうふうに?」
「まず、この部屋の住人について説明しないと。君は知らないだろうけど、君と彼には深い関わりがある」
少女は公人にまっすぐ顔を向けながら、まるで公人の向こう側を透かして見ているような様子だった。
「彼がいなくなって、もう二年ほどになる。穏やかだけど、優しくて勇敢な人――」
そう言いながら少女が左手を軽く払うと、公人の手元右斜め前に光が発生した。目を向けると映像が投影されている。映っているのは、いかにも安心しきったどこかの飼い犬が、ソファーの上で昼寝している姿だ。
彼の映像かと思っていたので、公人は面食らった。
「なにこれ」
「スワイプすると別の映像もあるよ」
言われたとおりにすると、犬の映像がそのままなめらかに脇に流れた。映像は何層かが重なっていて、払いのけた犬の下から出てきたのは、たぶん鷹だと思うが猛禽が空を飛んでいる姿だった。
自然観察番組を見せたいのだろうか。(意味がわからないな)と疑問に思いながら、払った犬の映像がゆっくりと自分から遠ざかっていくのを視界の片隅で認識し、公人は思わずその映像を指で掴んで引き寄せた。
どうしてそんなことができると思ったのだろう。そう疑問に思うと同時に、ものすごい勢いで映像に引っ張られる感覚がした。
目を開いた公人は、はっと顔を上げて周囲を見回した。寝そべっていたソファーから飛び降りる。飼い主ぶっている女の子が、そろそろ学校から帰ってくる時間だ。今日もふたりで散歩に……
……などと思った数秒ののち、公人の意識は元の体に戻っていた。指でつまんだ光のディスプレイの中では、学校から帰ってきた金髪碧眼の小さな女の子に尻尾を振りながらじゃれつく犬の姿。
犬の映像から手を離し、滑空する猛禽類の映像を払った。
次に出てきたのは、それまでの二枚とは違い、一時停止したように止まっている。見覚えのある――というか、さっきまで自分が歩いていたビルの立ち並ぶ街だった。
「彼を助けるのに、力を貸して」と、少女が言った。「そうしないと君の身だって危うい。君は、彼の
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