暴走

 罪悪感なんてとっくに越えてる。

 胸はギリギリと痛むけれど、きっと今覆い被さられている園咲さんのほうがよっぽど怖くて、逃げ出したいんだろう。

 ……ごめんね。


 だって、どうしても嫌だった。我慢できなかった。

 あたしはずっとあなたが園咲穂乃香そのざきほのかが好きだった。

 いつからかなんて分からない、気付いたら目が追ってたから。

 仲のいい友人らの中で控えめに笑う表情が、さりげなく周りのために我慢するような奥ゆかしさが、柔らかな声が、黒くてサラサラの髪が、細い指先が、だから。

 だから信じられなかった。

 園咲さんがクラスの女子生徒のブレザーに口付けていたことが。

 けれど妙に納得している自分もいた。


 誰といても、どこか薄く膜をはったような遠慮があった。それは……秘密を抱えていたからなんだって。

 彼女もあたしとなら、だったら気持ちを圧し殺すこともないんだって。酷いことを言う口が止まらなかった。

 なんでなのに、貴女が好きな人は違う人なの?って、無性に腹が立った。

 全部、八つ当たりの癖にね。


 ごめん。でももう、戻れない。


「んっ、」


 口付けると園咲さんから密かに声が漏れて、胸の奥が熱くなる。


「ねぇ、穂乃香って呼んでいい?」


 顔をそっと放して窺うと、意外にもこくりと了承された。驚いたけれど、安堵のほうが大きい。


「穂乃香……」


 言ってから、ああまずいなと思う。

 こんな痺れるような気持ち、知らなかった。触れるだけの唇は、震えてないだろうか。

 彼女は目を閉じて、首を竦めている。それを可哀想と思いつつも、もっと、と求めてしまう。


 幾度か唇を重ねるけれど、どうしてももどかしくなって駄目だった。


「くち、あけて」


 そう言うと穂乃香は目を少し見開いて、何も言ってくれない。

 そりゃ、いままでたいして話したことも無いようなあたしとじゃ嫌だろう。

 まして片想いでも好きな人がいるなら、尚更。

 そう思ったら嫉妬心がふつりと胸を焼いた。

 ああ、今日は考え方が本当にだめだ。


「……じゃあさ、あたしの名前、呼んでよ。沙彩さあやって」


「…………沙彩、っ、んう!?」


 呼ばれたとたんに、胸がぎゅっと捕まれたように苦しくてどうしようかと思った。

 衝動のままに唇を食んで舌を捩じ込む。

 噛まれるかもと思ったけれど、舌は逃げるだけで、絡めとるとそのままされるがままになった。


「ッ、……ん、……ぅ」


「ふ、……ッ」


 どのくらいそうしただろう。

 じんわりと互いの熱が混じって境目がわからなくなる。夢中で舌を絡ませるのをやめられない。けれど穂乃香の息が上がってきているのを感じて、そっと唇を離した。

 重ねた唇同士から白銀の糸が伸びて、ふつりと切れた。


「は、……はぁっ、……は」


「っは」


 呆然とした気持ちで、床に倒されている彼女を見下ろす。

 顔が上気して頬は赤く、唇は唾液でつやめいてとても艶かしかった。


「沙彩……っ、」


「呼ばないで!!」


 いま、名前なんて呼ばれたら。

 自分から願ったくせに、耐えられそうになかった。

 もし教室でもこんな風に呼ばれたら、きっとあたしは普通じゃいられない。


(貴女が好きなのは、あたしじゃないのに)


 そう心のどこかで聞こえたとたん、すうっと頭が冷えていった。

 そうだ。どうせあたしじゃない。キスしながら名前を呼ばれたって、それは愛なんかじゃない。

 あたしは彼女を最低の方法で脅して、従わせてるだけ。

 ……だったらとことん、外道になっちゃえばいい。

 そうすれば身体は手に入るんだから。


 虚しくて、何故だか笑いたくなるような気分だった。


「あの……どうしたの?」


 本当に優しいよね、そういうとこ。


「ねぇ、仲良しごっこもウザいからさ、どうせならやらしいこと楽しもうよ」


「……え?」


「ここではさ、主従でいよ?『ご主人様』って呼んでみてよ」


「え、なに……言ってるの?」


「バラされたくないんでしょう?あの写真」


「それはそうだけど、でもっ、そんな」


 穂乃香は意味がわからないって顔してる。

 そりゃそうだ。こんなトチ狂った変態プレイみたいなこと、あたしだって考えもしなかった。

 でもこうでもして、現実感から切り離さないともう、どうなるかわかんないんだ。


 ふたたび無理矢理、穂乃香に口付けた。

 受け止める彼女は案外順応性が高くて、こちらが笑ってしまいそうだ。

 少し長めにキスをすると、彼女からすこし力が抜ける。あたしもクラクラしてきた頃に解放すると、ぼやけて焦点のぶれた瞳と目が合う。

 これなら、いけるかな。


「ほら、よんで?ご主人様って。じゃないとばらすから」


「ッ……ごしゅじ、ん、さま」


「うん。偉い」


 もう一度舌を絡めてから解放する。


「もう一回、言って」


「っは……ごしゅじん、さまっ」


「もっと」


「ぅ、……ごしゅじんさま、」


「そう。この部屋でだけ、何か言いたいときはそうやって呼んでね。じゃないと聞かないから」


 恥ずかしげにうつむく穂乃香をみて抱く気持ちに、自分は結構嗜虐的なのかもしれないと、彼女に申し訳なく思った。





 心の奥で小さな声がずっと叫んでる。

 許さなくていい。憎んで当然だ。


 ……ごめん。

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ブルーモーメントの密室 玖月 凛 @suzukakeyuri

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