第4話

時は少し遡る。

「なんだったんだよいったい!」

喉元に薄い切り傷を負った東岸警備隊の司令官は青ざめた顔で書類を整えていた。

あのままだと銀は死んでいたか、あるいは責任問題で失脚まで持ってこれた可能性が大いにあったというのに。

このまま盗賊団ゴネリルを放置していては間違いなく自分は殺されるであろう。

がりがりと頭をかいてから、彼は全てを放り投げた。



早速、報告書に銀が全て悪くなるよう仕向けて配達させる。

やはり、全て銀に擦り付けるしかない。全てはあの脅迫者にでも言ってくれ。そう念じ、テューノを首謀者とする報告書が民選院へと届けられる。

…誰の、妨害もなく。



そののち。

民選院や貴族院をかかえる首都ネア、その政府施設の一角。

魔法局の雷魔法研究所の一角、研究編纂室。

埃を被った編纂室の中で筋骨隆々の壮年の男が研究を査読し、評価を下していた。

男の名はテッリ・オラニエ。テューノの父親にして、かつて民選院の院長を務めていた大人物である。

かつて西部を席捲した巨竜と死闘を繰り広げ、民選院の基礎を築き上げ、魔法局の黎明期を支えたかつての英雄。

しかし、彼は今や魔法局のいち職員にしか過ぎない。かつて起こった政争の結果、オラニエ派が一掃されたのだ。

今では盗賊団ゴネリルから賭博団ラウレイオンのような本来進出されることのない破落戸までが議会の椅子に座る有様である。

息子のテューノが東岸警備隊に左遷されることで彼自身の命は助かり、閑職に押しやられてしまったものの、落ち着いて魔法の研究に腰を落ち着けるとテッリは半ば諦めとともにその扱いに甘んじていた。



「ふむ、こいつは着眼点はてんでからっきしだが、理論モデルはしっかり把握しているな。着眼点についてはあの文献辺りが参考になるか?」

膨大な書類と格闘し、評価を下していく。今日の分と決めた分量を片付けて、局長室に提出する。それがいつもの彼の仕事である。

しかし、

「…なんだ?今日はやけに人が帰るのが早い…」

未だ昼前であるというのに、少なくない人がいそいそと帰る足音がする。

無論その程度で業務を中断するわけではないが、それにしても不自然が過ぎる。

「また何かあったな?」

今の世では魔法局にすらこういった騒動は珍しくない。おおかた不逞の輩が入り込んできたのだろう。

「それにしたって警笛程度鳴らすだろうに。全く、ここは何時まで経っても危機管理がなってない」



やれやれとぼやきながら、壁に立てかけられた、彼の愛剣を手に取る。

重すぎて懸架できず立てかけられた巨剣を手に取り、まるで張りぼてであるかのように軽々と持ち上げる。

魔法を重視する貴族諸侯には冷ややかな目で見られる、恵まれた体格。手入れされた剣。

「貴族の品位を損ねる」とまで揶揄されるように、彼は戦士であった。

巨剣を天井に引っ掛けないように気を付けながら階段を下り、廊下を進んでいく。

そこに、

(上にふたつ呼吸音。野盗という訳じゃなさそうだな)

気が付かないふりをして廊下を通り過ぎる。

後ろで微細な着地音がした。このまま仕留めるつもりだろうが、

「甘いわ!!」

振り向きざまに横にした剣の腹で、不審者を殴り飛ばす。

片方はまともに顔面に巨剣の殴打を受け、一瞬で動かなくなるが、もう片方はすぐさま態勢を立て直し、愚かにも真正面から向かってくる。対するテッリはまともに避けもせず、

「不意討ちすらろくに出来ぬ分際で…」

ヂヂという音とともに拳を固め、

「勝てると思うな!」

殴り飛ばした。

彼は優秀な雷魔法使いではあるが、致命的な欠点があった。空間把握に難があり、雷魔法の基礎である雷撃の指向…一定方向の空気のみ電気抵抗を引き下げる、という魔法が使えないのである。

だから、彼は電撃を直接「流し込む」。

不審者を殴るとともに、雷魔法を叩きつけたのだ。

雷光と激しい音がして、来襲者は耐性魔法ごと全身を焼き尽くされ、動かなくなった。

(魔法局の人をわざわざ退かせたわけだ、こんなちゃちな戦力ではあるまい。被害が出る前に片付けてしまおう)

廊下を過ぎ、玄関から堂々と退出しようとする。が、

「ん、来てるな。20人くらいか?分からんが、まあ…大した事ないか」

窓から怒号が聞こえる。ほどなくしてすぐ、扉や窓から賊が押し入ってきた。



まずテッリを出迎えたのは弓矢の洗礼であった。といっても、際限なく矢が降り積もっているわけではない。彼のあずかり知らぬところではあるが、魔法局の役員と密約するときに局そのものを破壊しすぎないよう念を押されていた事で弓矢の使用は最低限に留めざるを得なかったのだ。

そして、その程度の矢はテッリの牽制にすらなりはしない。

テッリは巨剣を盾に、扉側の弓兵へと踊りかかる。

「こいつ同士討ちを狙わせる気だ、散開せ…」

「遅いわ」

一瞬で距離を詰めたテッリは巨剣を持ったままぐるりと回転し、切るというより押しのけるように周りの賊をかっ飛ばす。

「ち、もうさすがに斬れんな。というか、最近はむしろ剣を振るうというより剣に振り回されているようできついな」

テッリは制御しきれず柱に浅く刺さった剣を抜きながら嘆息するが、

「ふざけんな!無理だろあんなの!」

「隊列を崩すなよ、それこそ死ぬぞ!!」

「隊列も何もないだろ!?」

敵勢力はそれどころではないようで、はや混乱し始めている。

(暗殺にしては流石に軟弱すぎないか?舐められているのか、それとも向こうの人材がもはやこういった程度しかいないのか。

どちらにせよ、この程度障害ではない)

その辺りにあった長椅子を壊さないよう注意しながら蹴り飛ばして牽制しながら扉側の残った敵を軽く叩き伏せ、敵の持っていた瓶を奪い取る。

「酒か、悠長なことだ。通電さえすればどちらでもいいが」

酒の入った瓶を敵の眼前に向け叩きつけながら正反対の扉側に攻め込む。

「と、扉を閉めろ!態勢を整えるんだ!」

「あっおい!見捨てるな!ひっ」

「残念だったな、文句は扉の向こうに言ってくれ」

見捨てられた一人を軽く蹴飛ばす。あいつは生かしておけば後で喋ってくれそうだ。

扉の向こうは勝手に退いてくれたので残った窓からの侵略者を同様に叩き伏せる。

単調かつ軟弱な敵にうんざりしていると、外から怒号が聞こえてくる。

(はー…増援か。ろくな奴が居なくとも、さすがにこれだけ重い剣を振っていたら持たないかもな)

そうして増援に備え耳を澄ましてみると、怒号に交じって金属音がする。…剣戟だ。どうやら戦闘は外でも行われているようだ、しかも投石などではなく金属同士の。

(うちの派閥か?いや、こんな大それたことを出来る奴はもう心当たりがないぞ)

もうほとんどの知り合いは何処かに目を付けられている。どこだろう、最有力としては仲間割れか、別の勢力とのいさかいか。

いさかいにしても、お互い入念に準備をしていないと武装同士の衝突など起こりえない。

(なんだ、どういうことだ?さすがに異常事態だぞ)

適当に残りを蹴散らし、塞いでいた扉を強引にこじ開ける。

そこでは思っていた通り、戦闘が行われていた。

片方はさっきの敵と同じ、所属不明の武装勢力。やはり練度が足りていない。

もう片方は確かあの鎧に描かれたマークに見覚えがある。確か、あれは――そう、いつか民選院の座を追い落とされたときの。

「…ラウレイオン…!?」

あのうざったらしい団長が脳裏によぎる。確か奴は死んで今は末娘が後を継いでいるはずだが。

「どういうつもりだ!!??何が起こっている?」

混乱するテッリに対し、ラウレイオン側の伝令と思しき人物が恭しく片膝をつきながら状況を申告する。

「こちらラウレイオン団首都警備隊です。ご子息テューノ=オラニエ様の依頼により、テッリ様の保護を頼まれました。こちらテューノ様の判です」

判を確認し、息子の無茶苦茶さに呆れる。

「あー…あいつ、よりにもよってラウレイオンに頼むか?どう転んだらそうなる」

「うちが売り込んだらしいです。敵対するならこの首を刎ねてください、正直刎ねてほしくないですけど」

「…お、おう。本当に正直だな。まあ、どっちでもいい、この程度なら負けはしない」

「そ、そうですか…さすがに巨竜を退けた英雄だけありますね」

「英雄も何もない、戦場で頼りになるのは勲章ではなく戦力だ」

「まあ、こちらとしてはご子息に貸しができただけで十分ですから」

「やれやれ…」

ラウレイオンも決して練度が高い訳ではないようで、武装勢力と膠着状態で留まってはいた。そして、それだけの隙があれば十分。

テッリは当然のように指揮官がいる本陣向けて突っ込んでいく。

「退け、退け!!奴を近づけさせるな!」

(80はいる…?流石にこれだけ全員を一人では面倒ではあったな。加齢というのは厄介極まりない)

内心では衰えを嘆くが、突っ込んでくるテッリは敵にとっては死の象徴のようなものだ。

「盾兵構え!」

「せい」

ズラリと現れた盾兵が尖った盾を地面に突き刺す。

電撃を地表に流すことで致命傷を避けるための盾、しかしそれが構えられても、テッリは止まらない。

剣を盾兵の眼前に深々と刺し、シャベルを持ち上げるように踏み上げる。

「ぅおああっ!?」

盾より深くの地面から丸ごと持ち上げられ、そのまま横にどさりと落とされる。これで通路ができた。

「あ、突破されるぞ!」

「た、盾を抜いてから…」

深々と刺さった盾を抜いている間にテッリは易々と指揮官が籠る駕籠を雷撃と共に蹴破り、難なく撃破して見せる。

知らぬところで戦っていた息子に似たように。

彼もまた、武闘派の貴族の一員ではあったのだ。



「で、お前らは一体どこの飼い犬だ?練度はともかくこれだけの戦力が揃うとは」

先ほど見捨てられていた哀れな敵に治療を施しながら聞いてみる。

「ゴネリルからの雇われだ…あんたを殺せと」

「やれやれ、あまりにも愚かとしか言えないな。ここまで直接的な手段に出るとは」

「テッリ様、後でテューノ様のもとにお送りします。レイヨウは扱えますか?」

「この体格だと流石に無理があるだろう」

「では伝令だけ送って、駕籠で輸送いたしますね。よろしいですか?」

かつての失脚の原因の駕籠で輸送されることにげんなりしながら、

「全く、あいつは何を思って判を押したんだ…」とぼやいた。





どこかの洞穴で、誰かが報告を聞いていた。

「ん。テッリ保護指令の偽装印はばれなかったね?よし。で、ゴネリルに偽装させた傭兵は?全滅か。まあテッリ=オラニエが負ける展開を予想できるほうが難しいよ。

あとは…民選院の抑え込みか。人気取りの派閥と、あと反オラニエ中心派閥あたりに『オラニエ派を残存させたい』と連絡を取ってくれ。…?ああ、反オラニエは今一枚板だが、オラニエ派が全滅したら真っ先に矛先が行くのは中心派の爺さんだ。あいつらはオラニエ派を削るが残存させる方が好ましいだろうよ。方法?民選院のからくりを利用するさ。



順調だね。もう少し行けば、彼らに会いに行ってもいいかもしれない」

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Steorra とーらん @TOLLANG

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