第3話



民選院投票広場。

そこでは、ピリピリした雰囲気の元議論がなされていた。

議題は、テューノ=オラニエの進退。

…といっても、進退を巡ってピリピリしている訳ではない。

テューノ=オラニエ本人は、全会一致で暗殺する方向で可決されているのだ。

場に緊張をもたらしているのは、暗殺者派遣の責任者。

テューノ=オラニエが東岸警備隊に押し込まれているのは、父テッリ=オラニエが流刑を免れ、魔法局で研究職につく交換条件だった。

テッリは優秀な政治家であり、魔法研究家であり、戦士であった。

そのため、テューノを暗殺出来たとして(それも至難の業だと言うことを彼らは知らなかった)、彼らはテッリの報復を恐れたのだ。

軍事局長と総理長が激しくぶつかり合い、責任の押し付けあいをしている。

飛び火は交通局長から魔法局長にまで発展していた。

この1週間、ずっとこの調子である。

その時、議員の1人が立ち上がる。

「このままでは埒が明かないです!責任者にこのネロの名を!オラニエ派に終焉をもたらす絶好の機会なのです!」

広場は一瞬静まり返り、数秒後に利権と失敗した時の損失を考えて無理だと判断した議員たちがネロを讃える。

「静かに!…えー、テューノ=オラニエに対する鎮圧部隊派遣決議は、特別にネロ議員を責任者として可決されました!皆さん、拍手をお願いします!」

割れんばかりの、虚しい拍手が鳴り響く。テューノの暗殺が、決まった。



東岸警備隊本部。

ラウレイオンの団員は、警備隊の隊員達とささやかな宴会をしていた。

ただしテューノは、

「一応警備の任務をしなくちゃなりませんし、もともと私は酒に強くないですからね」

といって宴会に参加せず、細かく警備の任を務めていた。

「はっはっは!銀は酒に弱いか!…戦いじゃあんなべらぼうに強い銀も、酒には弱いんだなぁ!」

「へっ、その分おいら達が呑むからつり合うんでさぁ!」

「がっはっは!この程度の酒であの銀の強さにつり合うものか!」

「違ぇねぇ!じゃあもう一樽開けるか!」

「「ははははは!!」」

…宴も酣となり、皆はぐでんぐでんになりながらテューノが持ってきた酒樽を空にしていた。

テューノは呆れながらも、自分が鍛えた部下たちと自分の窮地を救った元仇敵の宴会を…少し、微笑と共に見た。


皆が眠り、静まり返ってから僅か数時間。宿地を支配するしじまを破る、動物の駆ける足音。


現れたのは、鞍をつけた山羊…カザハレイヨウであった。

コメ島のカンケツオオカミほど速度はないとはいえ、人を運んでもあまり疲れず持久力に優れるカザハレイヨウは長距離の伝令…それこそ首都から東岸への緊急伝令に、もってこいの種だ。

騎手が叫ぶ。

「伝令ー!」

カザハレイヨウの蹄の音で仮眠から起きたテューノが応える。

彼は、ラウレイオンが普段使わないカザハレイヨウを使って伝令を送る事に不安と警戒を覚えていた。

「こっちから行く!緊急伝令か!」

「銀!………いや、行くまでもない!お前の殺害命令が出されたんだ、ここに敵の暗殺部隊が来る!」

階段を駆け降りていたテューノは、突然の事に驚きバランスを崩す。

…なんとか足を挫かず降りてきたテューノが、息も絶え絶えに聞き返す。

「…はぁ、はぁ…殺害…命令…?」

「ああ!これが向こうの命令書だ」

「はぁ……なん、だよ…これ…」

【命令書…テューノ=オラニエの鎮圧

前者は、盗賊団ゴネリルと協力し、東岸警備隊を陥落させようとし、東岸警備隊により撃退された。

上記の罪状により、前者は内乱首謀者と認定された。

よって、鎮圧部隊は前者を鎮圧せよ。

なお、国内には「オラニエ派」と呼ばれる勢力が存在している。

オラニエ派を発見し仲間を自白させ次第、逮捕、投獄せよ。なお、この命令は内乱に関する命令のため、あらゆる法律や命令の優先位を超越する。】


テューノは戦慄きながら真っ青な顔で命令書から顔を上げ、震える声で言う。

「………オラニエ派の弾圧は表向きですね…多分、政敵をオラニエ派として牢獄に入れる気でしょう……しかしっ、その煽りで…父上の支持母体が持っていかれるのは大問題だ!…だいたいこの命令書は何だ!?何故私が反乱部隊の首謀者になっている…!」

彼は焦りと驚きで目を見開いていた。冷静に伝令が伝える。

「報告者は東岸警備隊司令官となっていますね」

「……………………」

テューノは真っ青な顔で天を仰ぐ。

脳裏にはあの司令官の脂ぎった容姿が浮かんだ。

「………あの」

「はい?」

「これは…私が投降して民選院の反父上勢力をオラニエ派と証言したら大丈夫でしょうか?」

伝令はぽかんと口を開け、

「銀……………貴方、バカですか」

「なっ!?…あぁ、説明が足りなかったか…私が彼らをオラニエ派と弾劾すれば、内乱罪への捜査は彼ら自身でも止められない…そうなれば、オラニエ派とされた全員ごと揉み消すしかないだろう?」

「あぁ、そうですか…いや、そこじゃないですよ!バカでしょ貴方!!」

「に…二度も私を愚弄するな!何故私を馬鹿と見なす?」

「当然でしょ。貴方、真に独りじゃないでしょ?貴方…オラニエ派のメンバー何人いるか知ってます?」

「2000人」

「もっと増えてますよ…まあ、本来のオラニエ派ならそのくらいですが、今の腐敗政治が嫌でテッリさんの時代を良しとする動きが広まっていますよ。今では人口の2割」

「は…はぁ」

「その庇護者はテッリさんと貴方です。貴方がむざむざ殺されに行ったら庇護者のいないオラニエ派はそれこそ弾圧されるだけですよ?」

「…………分かっています!」

「なら、なぜ?」

「…私が政府の命令に従えないのはな、父上が職を残すためなんです。

本来、ラウレイオンに議会を追い出された父上は暗殺される手筈でした!…しかし、私が政府の要求を呑む事を条件に父上の容赦を嘆願しました。それは受容され、私はここで働き、父上は魔法局の一員となることで事なきを得ました…

分かりますか!?私が命令に従わないと、父上が死ぬのですよ!」

「で、むざむざ殺されに行くと。…」

「馬鹿と言いたいのですか…私にはそれ以外の方法が分かりません!だからそうするしかないでしょう!?」

「ありますよ。それがわからないからバカですねと言ってるんですよ」

「なっ………??あるのですか!??」

「ええ。

…何のためのラウレイオンですかね!」

「えっ?」

「組織は巨大な生物です。貴方の護衛をしながら御父上の護衛ぐらいして見せますよ」

「………」

その時、影が躍り出た。影は2つ、3つと数を増し、最終的に20ばかりになった。…黒子のような暗殺者たちだ。一際細い暗殺者が告げる。

「テューノ=オラニエ。…民選院の要求に従って貰うぞ。…拘束した上で首都ネアに連行する」

「………」

「どうした。テッリの特赦の条件を忘れたか」

彼は躊躇い、そして手を差し出した。

「銀!?」

黒子が速やかに手の両親指に金具をかけた上で手を紐で縛り上げた。

紐は火に強い素材で織っていた特殊な紐で、手に金具がついた状態で放せないようになっていた。

伝令は額に青筋を浮かべながら驚愕の声をあげる。

何しろ朝早くであり、東岸警備隊やラウレイオンの団員は眠りこけているようで動きはない。

額どころか顔全体を青くしながら伝令は叫ぶ。

「銀!貴様…さっきの話を忘れたかぁ!」

銀の動きが止まる。顔は見えない。

「銀………貴様…貴族だろうがっ!誇りはないのか!!」

返事はない。ただ黒子たちが目配せし、

「オラニエ派だな。同様に拘束する」

伝令を縛り上げた。

そして、痩せぎすの黒子が、黒子たちの中で雷耐性に優れる者として二人選出した。

「テューノっ!!!」

銀に動きはない。

二人は木材を加工した不導体の籠手や鎧をつけ、テューノの両脇を持つ。

(あいつが最後の砦だ…あいつがいないとこの呆けた民選院に太刀打ちできる勢力なんてもう出てこない…!だから…………)


「抗えぇ!テューーーノ!!!!」

その時、伝令は見た。

密かに銀の長髪を束ねていた簪を抜き、拘束された手に隠し持っていたテューノと。

長髪をほどいたまま振り返り、力強く微笑むテューノを。

直後。

謎の魔法を唱えたテューノは、細く小さい簪で金具を切り裂いた。そのまま、氷魔法で片手剣を作り上げ、紐を(迅速に切断したためにテューノの皮膚の一部ごと)切り飛ばす。

そのまま…絶縁体の鎧の暗殺者たちの腕を掴み、関節を折る。

「「がっ!!??」」

伝令の拘束具を切り飛ばしながらテューノは叫ぶ。

「伝令!ニュソスに依頼してくれないか!父上…テッリ=オラニエの救出を頼む、とな!」

「ああ!…銀、ありがとよ」

「ああ」

伝令が急いで乗ったカザハレイヨウは駆けていく。

いくら暗殺者といってもカザハレイヨウには足では勝てない。…向き直り、テューノに剣を向ける。

そこに…樽が飛んできた。慌てて数人は避けるが、その隙を突いたテューノに蹴られ、激しい雷撃が迸り、動かなくなった。

「隊長ー!加勢します!」

「良い所に来ましたね!ラウレイオンの団員もですか」

「そりゃ旦那が死んだらうちは大損ですからねぇ」

警備隊が暗殺者たちの間を縫ってテューノを中心に円形に展開する。

風魔法が警備隊の剣を、革鎧の金具を、はては釘や窓枠を高速で飛ばしていく。

あるものは金具にあたり、あるものはテューノの雷撃に沈み、あるものは警備隊に切り飛ばされ、1人また1人と大地に臥せていった。


痩せぎすの黒子を飛んできた剣で切り伏せたテューノは伝令に思いを馳せる。

直後、ガチャガチャと兵士が駆ける音がする。

「ん、今度は正規軍ですかね?」

「いや、これは多分…」


「テューノ=オラニエ!テッリ=オラニエ保護の依頼、完遂したぞ!」

大きな駕籠。団長ニュソスのものだ。側近が叫ぶ声はまさに自分が頼んだ依頼の完遂を知らせる内容で、どこも違和感はなかった。

…どう足掻いても移動に数日はかかる首都に住む父の保護を依頼してから、わずか数十分で完遂されたということ以外は。


「………えっ」

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