第2話
…狼煙のみならず、放火による火の手も上がり始めた。方角からして第2櫓か。
ラウレイオンの団員にゴネリルの侵攻を知らせてから30分、見張りの男は、竹藪に入って竹を調達していた。
ここに自生するアオガネタケは適度に硬く、トラップには最適なのだ
…が、男は舌打ちした。手持ちの短剣では、ここのアオガネタケをちゃんと切るのは容易ではない…
5本ほど若竹を調達して20本ほど竹の短い槍を作ったら短剣が欠けてしまったので、男の住んでいた部屋に戻る。剣はないが、土を掘るスコップはあった。適当に使っていなさそうなスコップを持ち出す。
城塞を抜け峠に入る場所。峠の土を削り、半分に切った竹を埋める。本隊にあった木の板をひっぺがして被せ、わざと少し土の色が変わる感じに仕立てる。
7本の竹槍を設置し終わると、今度の7本のは土の色が変わらないように仕立てる。
更に6本、今度は半分を土の色が変わる感じにして半分は変わらないように仕立てた。
そしてそこを抜けたあと、わざと何もないが色が変わる場所を10箇所ほど設けておく。…もっと大規模な方が良かったが、とりあえず足止めは出来上がりだ。
(…テューノ小隊長様々だよ。本人には全く敵わないけど、ある程度時間は稼げる…)
小隊長がそれを教えている時に繰り返していた言葉を思い出す。
『こういうのは相手が優位に立つためのもの…そうだな、数、統率、ベテランの兵士、猛獣、新兵器…それを想定するんだ。それを堅実に潰していく。…最小の戦力で最大の戦果を叩き出すんだ』
(これが本当に役立つからなぁ…貴族らしい身なりなのに中身はガチガチの戦士だよなぁ)
罠を仕掛け終わった男は、投石に使えそうな石を集めて峠の向こうを睨む。
(ラウレイオンが来るまででいい。1人であいつらを足止めしてやる…!)
「斥候、代われー!ここからは峠である、体力がある者が斥候につけ、山からの落石で分断などされないためだ!」
賭博団の金に光る鎧を身につけた青年たちが陣形を変える。鉄鎧をかき集めるよりはと青銅の鎧を作ったのが効を奏し、ラウレイオンは多くの私兵隊を動員していた。その数200ほど。
この私兵隊のうち3/4…鉄鎧でない青銅の鎧を着けている私兵は、賭博に溺れた人間の末路だ。
借金の担保として自分自身を…つまり、ラウレイオンが戦力が必要となった時にいつでも徴収できる権利を得ることで戦力を確保する仕組みは、私兵隊の中央で細かく指示を出させている少女が考案したものだ。
少女は先代ラウレイオン団長の、末の娘であり、団長の死後に相続争いが起こると並みいる兄や姉を倒し、団長に就任した猛者である。
「敵は東岸警備隊を破って侵攻してくる相手か、もしくは罠か……斥候の報告次第だな」
「ですね」
…
「報告します!ゴネリルが東岸警備隊を破って侵攻中!ただ、現在1人と膠着状態!」
「たった1人…?もしや、噂に聞く銀のテューノ…」
「いえ、それはおかしいわ…銀なら膠着にする意味がない、からな」
「…確かに」
「…銀ではありませんでした。一般の兵士です」
「…膠着状態ってことは、銀は来ていないってこと…?…なるほどね、話が読めたわ」
(情報屋のツァーリは銀の不在とゴネリルの侵攻を聞いた訳ね。そりゃ銀の役に立てれば議会から追い出されたオラニエ派に貸しが1つできるもの、安いわ)
「団長、口調」
「あっ…ごほん。とりあえず全速前進、ただし周囲の警戒はしておくこと!」
(銀ではないなら独りでゴネリルを抑えるなんて、相当な手練れね…まぁ、誰かの手引きで銀が追いやられたなら銀は来ないでしょうが、100人くらいのゴネリルに出来る事は限られてるわ。…とはいえ、奇襲には充分過ぎるのよね…)
警戒を怠らぬまま、駕籠はすすむ。
…
水魔法で出した水を火魔法で温め、相手にぶちまけた。
砂を巻き上げ、風魔法でぶつけた。
ただ石をぶつけた。
膠着は長い間続いている。斜面は登るに適さず、少し引いて誘い込もうとするような仕草もみせる。
板だけを峠の狭い道一面に敷いたのだ、騙されている限りこれは一網打尽の為の罠にしか思えないだろう。
しかし向こうも遠距離から仕留めようとしているらしく、氷の礫が飛んでくる。…耐性魔法で極低温に耐性をつけても、礫の傷そのものは防げない。革の鎧は破れ、左の腕は動かない。
こちらが突っ込んでも負け、向こうがしびれを切らせても負け…
(ご機嫌取りが嫌いでこんなとこまで来たのにまーたご機嫌取りかよ)
そう独りごちる。
その時、一瞬薄いが大きな影が写った。
(これ、は)
氷魔法で氷を撒くふりをして、一瞬氷の鏡を作る。
…太陽でよくわからないが、確かに鎧を着た兵士だ…
(勝っ…たァァァ!!!)
しかし一応見間違いという可能性もある。逸る気持ちを抑え、もう少しご機嫌取りをしなければ…
「じれったい!突っ込めば勝ちだ!」
…
(空気読めよ…)
そんな文句も乏しく、偽装工作とわかって頭に血が上った兵士たちが突っ込んでくる。
後ろに氷魔法で礫を撒きつつ全力で後退する…
そこに、何本もの槍が飛んでくる。
穂先はアオガネタケ。峠に自生しているし、殺傷能力はさっき自分が誇示したばかりだ。
…柄は、氷で出来ていた。氷で出来た柄はくくりつけるまでもなく穂先に付き、槍として充分な機能を有していた。
右の太ももに刺さる。
肩に刺さる。…痛みが遅れてやってきた。
絶叫する。
思わず身をよじったその脇腹に刺さる。
ズタズタだった左腕が槍に負けて千切れていく。
胸に刺さる。腹に、刺さる。
あまりの痛みに意識が朦朧とした。
しかし、まだラウレイオンの姿をこの目で見ていない。
まだ生きなければ。
しかし、嗚呼、肺が破れて動けない。
さめて――――
「斥候から連絡!まだ動いて居なかったようですが、今膠着が破られたようです!事前の連絡により、斥候は交戦を開始しました。連絡によると、敵は予測より遥かに多いとのこと」
「二百くらいか?それより、膠着が破られた、ということは」
「…勇士は散ったということでしょう…」
「蹴散らしたら、勇士を手厚く讃えよう…」
「まずは蹴散らしてからですね。接敵します」
…
「…200ではないな。400はいる」
「え?」
「…この数相手によく膠着状態に持ち込めたわね……名もなき勇士の犠牲を無駄にするな!…右方向40歩先、山肌が露出してでかい岩がある!風魔法で上に動かせ、そのまま下に転がる!」
青銅の鎧を着た兵士たちが、一斉に陣を組む。
風魔法は1人では限界があるが、運動エネルギーを与える性質上重ねがけが可能だ。そしてラウレイオンが勧誘する兵士は、風魔法が比較的優秀な者が多い。
…結果、男たちが少し持ち上げた岩は勢いをつけて転がり、そのまま軽い土砂崩れを引き起こした。部隊を分断したらあとは各個戦闘になるが、分断されて慌てた隙に攻め込み、岩を越えて撤退しようと部隊がぐちゃぐちゃになる。
岩を登る者に石を風魔法で飛ばし、脳震盪で落とす事で後続の逃亡者にぶつける。落下する屈強な男性はそれだけでかなりの重量であり、あっという間に分断した80人近くを制圧した。組織的な抵抗もなく、こちらの負傷者は10人。いずれも戦闘不能ではない。
ちらりと目を向けると、1人で大軍を食い止めた勇士の亡骸が転がっていた。溶けつつある氷の柄に、竹の穂先。
「…あれを真似しよう。柄がなくとも風魔法で撃ち出せば制圧には使えよう」
「なるほど、竹は自生してますからね。…命令だ!竹を切り、竹槍を作れ!」
勇士は、髭も生え放題、鎧も革の鎧だし、剣もひどい刃こぼれだ。しかし、その亡骸はとても誇らしい者に思えた。
…
戦闘は続き、状況がやっと分かってきた。
不利だ。
敵の武器が新品で、しかも鉄製品が多すぎる。しかも、この島の人間でなさそうな兵もちらほらと見かけた。
接近戦になれば魔法より防げない斬撃や打撃のほうが早く、鉄の鎧は簡単には吹き飛ばない。結果、最初の分断とは別に双方150人ほどが死んだ。
しかし、こちらは金色の鎧の兵士を全て失い、残る手練れの鉄鎧の兵士45人にも疲れが見え始めていた。
それに対して、向こうは150人を超している。無名の勇士の活躍か、治療施設が3つも4つも増設されていたらしいが、それでもまだまだ差は大きい。
(誰か2~3人を使って徴兵を行うか)
しかし、その考えを破る音がした。
鎧が駆ける音だ。…しかも、後ろから。
(嘘っ!?今更伏兵っ!?)
しかも速い。…挟まれては増援を徴兵することも出来ない…!
(これは良くないっ!陣の展開が間に合わ…)
「東岸警備隊小隊長テューノ=オラニエ、只今帰還しま…な、なんだこの状況!?」
後方から小隊を引き連れやってきたのは、銀だった。
(…銀との協力ならいけるか)
しかし、ここで手痛い問題が生じた。
ここは東岸警備隊の領域ではなく、その向こうの峠だ。そして、山に囲まれているせいで東岸警備隊の状況は見えない。
(…銀は状況が呑み込めてない!最悪三つ巴よ!?)
さらに、ゴネリルの団員が
「銀のテューノか!すまん、ラウレイオンがクーデターを決行しようとしているんだ!救援を頼めるか?」
と声をかける。
…テューノ=オラニエの父が失脚したのは間違いなくラウレイオンのせい。ラウレイオンにいい感情は持っていないだろう。どちらにせよ、ラウレイオンが銀と協力するなんて有り得ないのだ。
(手詰まり…!いや、まだ決まった訳ではない!!どちらにせよ、銀に危害を加えれば奴らは敵に回る…)
「銀に積極的に攻撃は加えるな、皆死ぬぞ」
「銀に危害を加えるな!」
「聞こえてらぁ!」
もはや大声で宣告する必要もないほど軍勢は小さくなっていた。
銀との間合いが縮んでいく。
どちらにせよラウレイオンは銀の通行路を塞ぐ障害だし、銀に一番距離が近いのはラウレイオン。
交戦は避けられそうにもない。
…銀が細身の剣、というか細過ぎる剣を抜く。突きを重視した形だろうその細身の剣(レイピア)は髪や鎧と同じく銀に光輝いていた。
(まだだ…まだやってやるわ…簡単に死ねないのよ…)
その時。
大音声が轟く。
「東岸警備隊に告ぐー!!…ラウレイオンと協力しー!!ゴネリルを撃破せよ!!」
は?
…その少し前。
司令官は城塞の上でひっそりと高見の見物を決め込んでいた。連絡口はこの構造を知る人しか来ないし、表の出入口は塞いでいる。
遠くでは第3櫓が途中で分断して戦力を第2と第3櫓に閉じ込め、また途中で兵士が1人で数百人を引き留めた。その結果有名な賭博団が接近してしまったが、ゴネリルに充分恩は売っただろう。
戦闘が終わるまで閉鎖した城塞に、誰も来ることはない。
…しかし、
司令官の喉には短い両刃の剣が向けられていた。
(魔法?いやしかし、塞いでいる出入口から侵入は出来ないし、連絡口なんか知るものはまずいないはず…)
だが、事実として誰かが喉に短剣を突き付けている。
「も…目的はなんだ、金か、命か!?」
「…どっちも大したことないだろ…」
幼さの残る声が告げる。変声期にも達していない少年の声だが、醒め切った口調と人の命を軽く見る姿勢は幼さを全く感じさせない。
「何が目的だ」
「…ラウレイオンと協力してゴネリルを撃退する命令を出せ…」
「な…」
声を出す前に刃が少し首に食い込む。つぷ、と赤い線が走った。
「命令書もな」
「わ…わかった!」
そして判のみならず血判をも押させられる。
「…早く宣告しろ…」
「わかった、わかった!
東岸警備隊に告ぐー!!ラウレイオンと協力しー!ゴネリルを撃破せよ!!」
「…」
答えは無かった。ただ、
「…命令を撤回したら死ぬぞ…」とだけ告げて少年とおぼしき魔物は去っていった。
何百歩も離れた城塞から出された命令は、各々に様々な反応をもたらした。
とりあえず敵味方がはっきりしたので戦局を見定めるテューノ小隊長。
突然の助け船に昂りながらも努めて冷静にゴネリル側の前方に戦力を集中させる賭博団ラウレイオンの団長ニュソス。
金も払い、どう見ても優位な状況にも関わらず突然自分たちを裏切った司令官に怒りを覚えながらも目の前の脅威に対応せざるを得ない盗賊団ゴネリル。
「だとさ、銀」賭博団ラウレイオンの団員が声をかける。
「私は銀ではなく小隊長テューノ=オラニエだ」
少し棘があるテューノにニュソスは落ち着き払い声をかける。
「とりあえずテューノ小隊長、現状の報告です。
敵部隊の指揮官、及び一部の敵兵士は言語が一致しません。…コメ語だと思われます」
「団長…?いや、今は後回しだ。…あとはあちらに民選院の過激派議員の使う私兵が見えた。だいたいの敵軍勢は何人程かわかるか」
「150は残ってますね…指揮系統は長期戦を見越して一度も叩いていません」
「なるほど、指揮系統を混乱させる手は一度使うとかなり耐性がつくからな。乾坤一擲といかないのは賢明だろう」
「…しかし、こちらは80名近くを失いました…今となっては乾坤一擲も出来ません」
「弱音はいい。…指揮官の居場所はわかるか?」
「人を飛ばせば」
「…?」
そういうと、ニュソスは命じて兵士二人を用意する。
1人が台になり、それを踏み台にもう1人が飛び上がるが…その瞬間下の兵士が上の兵士に風魔法をかけた。素早く飛び上がる。
「なるほど…意外と飛ぶな」思わずテューノが感嘆の声を上げた。
数十歩も飛び上がった兵士はその高さを活かして偵察をする。…ちょうど無名の勇士が謎の影を見つけたように。
落ちてくる兵士をまた風魔法で減速させて降ろす。
「報告します…旗や人力車が麓のほうにあります。しかし、アレは現在地からかなり後ろの方に位置しています」
「くっ…どうにか背中を突けないか…」
ニュソスが歯噛みするが、
「あの風魔法、最大でどこまで飛ばせるのです?」
テューノは真剣な顔で鉄鎧の私兵に風魔法について尋ねていた。
「…1人で20歩ほどです!それがどうしました!?」
「貴方達は全員使えるんですよね?」
「はい」
「この体を打ち出してくれませんか?幸い、麓だったら飛距離も稼げるでしょうし、一応風魔法も当たり障りのない程度には使えます。うちの小隊は残していきますし、充分な働きはしてくれると思いますよ」
(な…は…はぁっ?)
…こいつの発想は無茶苦茶すぎる。
基本的に風魔法の重ねがけは力がかかりすぎる危険な代物だから味方に使うものではない…一歩間違えたらとんでもない速度で地表に飛び込むことになるのだから当然だ。
(味方になったばかりの奴にそんな物を使わせるの??しかも、自分の部隊まで預けて?)
確かにラウレイオンにはここで裏切るような余裕はない。だが、普通はそれでも躊躇くらいするはずだ…
「いけますかね」
「ふ、不可能では無いですけど……」
「では頼みます」
この若く小隊長にしか過ぎない青年は、その気力、胆力で場を呑み込み始めていた…。
「小隊長、殿は任せて下さい!」
「くれぐれも死なないように!」
「「ハッ!」」
テューノの小隊が殿になっている間に陣形を組み直し、ラウレイオン部隊を射出機としてテューノを撃ち出す。…荒唐無稽、前代未聞のとんでもない戦法だ。しかも、無事射出が成功しても彼は敵陣のど真ん中…
だが、
(何故かわからないけど…こいつなら、成功しそうね…)
そう思わせるだけの何かが、彼には備わっていた。
「射出用意完了!この矢印を目印に跳んであの目印を踏み、跳び上がってくれ!」
「了解!射出後、敵本陣を撃破後に攻勢に移れるように!」
「「ハッ!!」」
テューノの小隊は当然といった風に命令に従う。
(いやいや、えっ…ヤバイヤバイ、私達が呑まれちゃ駄目ね)
「よし…射出!」
一段目、10人で一気に加速させて20歩も先の矢印まで打ち出す。
半秒ほどでテューノの体は目印へと吸い込まれ、
「…やぁぁぁあああ!」
超高速の中でも足をバネに全力で跳び上がる。耐性魔法でも消しきれない不快感がテューノの全身を駆け巡るが、彼は意に介さない。
そのままラウレイオンの残りの全員で跳び上がったテューノに風魔法をかけ…
まるで矢のようにテューノは翔んでいった。
「ラウレイオンはまだ崩せないのか!」
「すみません団長!奴ら、銀が連れてきた小隊を盾に使ってまして…奴らはかなりの手練れです!全く攻め込めません!」
「ち…銀が桁違いなのは覚悟していたが、銀の部隊も相当練度が高いぞ…」
ゴネリル本陣。
銀が単身突撃を仕掛けることを警戒し、本陣を後ろに移していたが、後方は戦況が分かりにくい上に先ほどまで膠着が続いたり倒壊させた櫓で分断されたりと思うように大軍が活かせず、兵士の苛立ちが溜まっているのが目に見えてわかる。
と、
「…え?だ、団長」
「なんだ?」
「あ、アレ…」
剣で指した方向から―――
銀の矢が翔んできた。いや、矢ではない、
「銀のテューノだとっ!!!????」
「げ、迎撃せよ!」
慌てて迎撃用意をしている間に、銀はゴネリルの兵士たちを飛び越え…
「せいやァ!」
後方の兵士に、文字通り飛び蹴りを放つ。
兵士は胸に蹴りを受け、30歩ほど吹き飛んで動かなくなる。
「無茶苦茶だ…」
「無茶苦茶でも何でも来やがった奴は仕方ない!本陣を動かせ!真ん中に動くぞ!」
…これがラウレイオンやテューノの小隊であれば迅速に動いただろう。不利ゆえの警戒だ。
しかし、先ほどまでの膠着で苛立ち、現在は有利であるゴネリルにはそういった警戒はない。
「何言うんです団長!折角銀が来たんだ、なぶり殺すのが筋でしょうが!」
優勢に浮き足立った軍勢は統率が取りにくくなる。結果、
「お前ら!退け、退けぇぇ!」
ゴネリル団長が呼び掛けるが、効果はない。
雷撃が迸る。慌てて兵士たちは雷耐性魔法をかけ、電撃の威力を打ち消そうとするが…
「がッッ!」
…本来、耐性魔法を破る際は、同種の魔法をかけ続けて耐性魔法の容量を超えるのが鉄則だ。他にも多彩な魔法を使い何種もの耐性魔法を同時にかけさせて一種あたりの容量を下げる(ただし、劇的に下がるわけではなく、効果的とは言い難い)方法や、脳震盪だとか不意討ちで耐性魔法のない状態に持ち込む方法がある。
しかし、眼前の敵は前方に拡散する…つまり収束せず威力も不十分な雷撃で、前方の6人の雷耐性魔法を破ってみせた。
彼の本領は剣術である。とりあえず突撃に邪魔な敵兵士を凪ぎ払っただけ…
これが貴族。これが、紫紺の目の証。
銀が動く。
駆けながら飛び上がり、後ろに雷撃を放ちながら前転して前の敵兵に突っ込む。
敵兵を盾にして迂闊に攻撃出来なくしてから、敵兵を踏み台に飛び上がる。
ゴネリルも黙って見ている訳はなく、槍や竹と氷の投槍が銀に襲い掛かる。
彼の対応は初めはシンプルだった。
前に雷魔法を撃ちだし…氷を砕き、竹を撃ち落とした。
しかし、そこからは神業となる。
体を捻りながらまだ残っている槍の一つに狙いを定め、氷魔法で槍の穂先を包み、無害化する。
氷に包まれた穂先を掴み、雷魔法をかけた。追加した干渉の条件は、『柄の通電性を上げる』。
雷が容赦なく槍兵の意識を刈り取る。
槍兵へ石衝…槍を地面に刺すための柄の端が刺さる。
そのまま、銀は高跳びの要領でさらにまた飛び上がり、槍兵部隊に雷魔法を撃ちだした。槍兵部隊は一瞬で壊滅に追い込まれる。
…圧巻だった。30秒程で20人以上が一瞬で制圧されたのである…。
漸く浮き足立っていたゴネリルは事態の重大さに気付いた。
今更ながら、銀への恐怖が浸透してきたのだ。
しかし、遅すぎた。軽く恐慌状態に陥ったゴネリルに銀を止められる者はなく、ガタガタの指揮系統はどうにもならず本陣にあっという間に辿り着かれる。
しかし、ゴネリル側も本陣は一番注意を払っている。
(本陣の防衛を担う者は魔法に長けている…ラウレイオンを破って進攻することで逃げるしか仕方がないか…!)
防衛隊が慌ただしく銀との交戦準備を進める。
対するテューノは、ただ細剣を抜いた。
(細剣…?儀礼用でしか見たことねぇけど、なんで細剣なんだ?)
そして、何らかの魔法を唱え…斬りかかる。
バヂ、という音が聞こえたため、雷魔法だという予想は立った。
しかし、…腕をしならせ高速で放たれた斬撃が、そう、斬撃が防衛隊の兵の胸を裂く。
意味が分からなかった。細剣自体実戦で見るのがまずないのに、どう考えても鉄より柔らかい銀の細剣の斬撃など自殺行為に等しい、筈だった。
しかし現に斬撃は鉄の鎧を、まるで粘土を裂くように一撃で破っているのだ。
眼前に広がる悪夢は進行し、侵攻する。
斬撃となれば防ぐ方法はなく、ただ防衛隊は出鱈目にテューノに魔法を撃つだけとなった。
テューノの足癖の悪さは相当なもので、銀の鎧は飛んで跳ねながら防衛隊を膾切りにしていく。
驚異的な戦い方を踊るようというが、銀のテューノには当てはまらない。…暴れすぎているのだ。
やがて、テューノは中心で動けなくなっている人力車…ゴネリルの本陣に辿り着いた。
「お…おい!早く奴の前に!殿を誰か!」
ゴネリルの団長や指揮官が切羽詰まり団員を牲に逃げようとするが、誰もが身を引く。誰だって一瞬で膾切りにされて無為に死にたくはないのだ。
人力車の後ろの扉…やはり鉄製だ…が切り開かれる。
コメ島の指揮官が飛びかかり、両手を一刀のもとに切り捨てられた。尚も体当たりを仕掛けるが、細剣の一突きを受け、背から剣が飛び出る。団長の服にも血が飛んできた。
民選院の私兵団隊長が周囲を焼こうとし、顎に雷魔法を纏ったらしい蹴りを受ける。「ひっ…」
護衛は勇あるものは散り、勇なき者は団長を盾に逃げようとする。
護衛がまた1人倒れ、銀を遮るものがいなくなる。
「ひぁぁぁぁぁ!!」
団長は人力車から飛び降り、そのまま自分で逃げようとする。
と、
「一番格上が逃げているんじゃあない」
その言葉と共に、テューノの銀の細剣はゴネリル団長の首を寸分の狂いなく一撃で刎ねとばした。
…
勝敗は決した。
団長を圧倒的な強さで切り伏せられ右往左往する残党は早々と鎮圧され、捕虜として労働所に送られたり、死体は鳥葬されることなく海に棄てられた。
テューノは真っ赤に染まった銀の鎧を軽く洗い、賭博団の方へ向かう。
「ラウレイオン側に改めて感謝を申し上げる!…一応、個人的な報酬は用意しておいた。受け取ってくれ」
テューノが籠から金貨を取り出し、団長の駕籠に渡しに行く。
「ああ、受け取ろう。」
駕籠から団長が降り、金貨を受け取った。
…
「…ん?」
「な、何だ…?」
「美人のお嬢さんじゃないか…団長…親父を貶めた時のオッサンだと思って損したよ」
「び…美人て…」
「まあ、あと賭博団なんだろう?違法賭博はあんまりやらないで欲しいな、助けて貰った奴に剣を抜きたくないんでね」
「…あ、ああ…いや、私達も浄化事業には取り組みつつあるのだ。
…それと、今回受領したこの金貨だが」
「何です」
「今回救われたのは私達だ。よって、」
「全額は受け容れないぞ」
「なっ」
出鼻を挫かれて団長は苦い顔をする。
「…あー、貴殿方も救援に感謝して私も感謝しましたし。二分するか全部棄てるかどちらかですね」
妥協案をテューノが出し、それで両者合意となった。
その遥か向こうの櫓跡。謎の少年は独り呟く。
「ふん、予想外に良好だ。
カリスマと個人の戦闘力に優れる青年、集団を率いる梟雄とは、この国の腐敗を直せるだけの人材に足るかもしれんな。…民選院の議員も私兵を出していたと漏洩させてやろうか」
「あ、申し遅れたな。私はテューノ=オラニエ、齢18の貴族だ。貴女は?」
「え?わ、私はニュソス・クレオン…歳は21、旧団長クレオンの末娘。平民よ」
「え?21…??もっと幼いみたいだ」
「失礼ね」
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