Steorra

とーらん

第1話

「なぁ…雑穀余ってねか…?」

「貸しちゃる麦も雑穀もねぇさ」

「そだなぁ…」

海岸沿いの建物で革鎧の男たちが話しこんでいた。石造りの建物には、《東岸警備隊第一櫓》と、彼らの言語で刻まれていた。

ここは四方を海に囲まれた、所謂島だ。…といっても、徒歩では島の横断には何十日もかかってしまうような大きな島で…名をトラ島と呼ぶ。

トラ島は中央部に島の25%ほどを占める巨大なカルデラ盆地を持ち、盆地の中央近くに首都ネア市を置いている。

ネア市は政治の中核であり、貴族院も民選院からなる二院制。そして、貴族と民衆は生まれながらにして分かれていた。


「せめて目が紫紺だったらのぅ…」

「はっは!そんなら手前ぇは貴族院さ」


貴族は、目の色が紫がかっているのだ。

元々紫紺の目はある分野に特化した者の目が変異して生まれたものであった。

魔法に長けた者である。


平民との混血が起こればすぐに失われてしまうその目は、まさに一目で貴族とわかる証として喜ばれた。

…平民との混血で失われてしまうはずの紫紺の目の人物がいくつもいるということは、つまりそういう近親間のドロドロの話も珍しくないという事でもあるが…

その結果、貴族院に名を連ねる人物は軒並み紫紺の目をしている。

貴族たちは元々はその出でたちから魔法に秀で、ただの穀潰しではない。

しかし、元々は貴族院は民選院に対し拒否権を持っていたため、政治は貴族のための物のように扱われていた。

「オラニエ首相の時は麦に困らなかったのになぁ…」

「全くだ…」

彼らが揃って讃える首相オラニエは、貴族たる紫紺の瞳に、余裕がある貴族のみが染め続けられる銀の髪(貴族は資産に余裕があるため、髪を染める習慣があったが、銀色は美しく染めるのが難しく、銀髪は大貴族の証であった)のまごうことなき貴族であるが、平民派としてこの国の民主化に貢献した名人物だ。何でも、南部に巣食う龍を山に追い込んだ雷魔法使いの筆頭だとか。

…しかし、その豪傑も、今は政界を退いている。


「賭博団ラウレイオンだっけ?あの族長が国民に煽られてこの国はおかしくなっちまったべ」

「んだなァ」


賭博団は国民を煽り、オラニエを首相の座から追い落としたのだ。最も、ラウレイオン団長は殺され、そこから衆愚政治が本格化したが。

オラニエはその才から魔法局に就いているが、その息子は…


「テューノ小隊長も大変だべさ…」

「…確かに…

豪傑の子息、しかも大貴族のだぞ?それが平民と同じここに配備されるとはなぁ…」

東岸警備隊。ここは隣島コメ島に近く、海賊や隣国の侵入の可能性が最も高いため、一番リスクの高い仕事であった。

首相の独り息子テューノ=オラニエは、(その人気から)そんな職業に流されていた。しかも、3人単位の班が5つ集まった小隊の隊長でしかない。

10小隊が集まった1中隊によって経営される東岸警備隊の小隊長など、本来は平民の仕事である。


「親父譲りで頭も切れる、魔法も出来るのに可哀想だべ」

「ほんになァ…」


平民たちの愚痴は続く。


「ラウレイオンは今の団長になった時に内部抗争で多少マシにはなったが、その分他のならず者が出てきやがったしなぁ」

「今の団長…ニュソスだったか」

「おう、末娘だったがウン十人いる兄弟姉妹を破った猛者サ」

「どっちにしろ賭博団だがなァ」

「全くだ…テューノ小隊長見習えよ、こんな流刑地みてぇな所でも銀髪銀鎧だぜ?しかも偉ぶってねぇときた。おいら達には首相様みてぇなもんだ」

と、

「おい下っ端ぁ!サボるな警備しろ!」

腹の出た髭男…東岸警備隊指揮官が椅子でマッサージを受けながら駄弁る男達に怒鳴る。

うへぇ、といいつつ男達は仕事に戻ることにした。


時は変わり。

トラ島、ある巣窟。

カーミラオオコウモリ…夜行性で、牛馬や人を襲って捕食する獰猛なコウモリ…のねぐらになるほど薄暗くはなく、正規軍から見付かるほど明るくもない、盗賊団『ゴネリル』の基地の1つ。

むさ苦しい男達が密談に興じていた。


「カレルヴォ公への支援要請はどうだ」

「あぁ、上々だ。革じゃねぇ、鉄鎧だ!更に私兵250人だぜ?大量大量!コメ島貴族様々だ!」

「そいつぁ良いなァ」

「そういうオメェはどうなんだよ、どっかから勢力ねだって来るって言ってたろ」

「ん?成功したさ」

「で?何十人なんだい?」

「てめえ俺をなめてねぇか?」

「…あん?いや、百人単位で貸してくれる盗賊団なんていねぇだろ…ラウレイオンはうちと敵対してるし…」

「聞いて驚け、180人だ」

「ハァ!?どこからそんな勢力出てきた!?」


「民選院から」


「な…………は?はぁ??」

「お前よぅ、考えてみろよ…オラニエの跡取りの所襲撃するんだぜ?あいつが生きてたら不安なオッサン達に相談したら180人くれたさ。もちろん東岸警備隊ぶっ潰すことは言わないでおいてあたかもオラニエの跡取りだけを殺すみたいに言ってな」

「あれか、政治の駆け引きってやつか…」

「そうそう。跡取り1人のために180人くれるんだ、助かるってもんよ」

「お偉いさんのことは良くわかんねぇが…とにかくゴネリル自身の100人ちょいを加えて…だいたい500人か…しっかし東岸警備隊を陥落させるのにそんな勢力いるのか?」

「あと跡取りの抹殺だな」

「貴族殺しか…なにしろ貴族ってのはとんでもなく魔法に優れてるらしいぜ!ま、どっちにしろこの数には敵わねぇだろうがな!!」

「ま…そうだな。あとは確実に実行にうつすだけだ」

「事前に潰されれば数は意味をなさねぇもんな」

「そうだ」


葡萄の月(第10月)2日。ワイン作成が盛んとなる葡萄の月に入り、東岸警備隊の隊員たちは倉庫に入らない下等ワインをちびちびと呑んでいたころ…

「おぅい…ありゃあなんだ…」

「んぁあ…」

東岸に近付く影が多い。

「…………あ?」

ようやっと兵士が酔いから醒め、櫓から見下ろすと…人、人、人、人………………


「…て…敵襲―――――!!」

慌てて櫓の兵士は狼煙を焚き、敵の接近を本隊に知らせる。

そして、

「おい弩だ!とりあえず牽制はしとこう!」

「わかった!…あの旗、ゴネリル盗賊団か!略奪者共が!」

弩の矢を倉庫からありったけ出し、

「こっから風魔法で送るぞ!椰子油も一緒だから注意しろ!」

「油ぁ!?…火矢ってことか!なんで油なんか持ってんだよ」

「物資ちょろまかしただけだ」

「はん!まぁ今は助かるってもんだよ全く!」

倉庫の男が紐で縛られた矢と紐にくくりつけた油を放ると、矢は横向きにも関わらず、弩のもとへ飛んでいった。

…風魔法は、風を起こすのが本質ではない。『物質に運動エネルギーを与える』魔法だ。…最も、魔法の才能に乏しい者は約70kg以上は持ち上げられない程度だし、速度も全力投擲とそうは変わらない。(風魔法に長けた貴族であれば、同じ速度なら2t程の岩石を飛ばすことができる。そうしたまさに桁外れというしかない力を持つ貴族が人々から畏敬の念で見られるのは必定であった)

そして利点として、1つは70kg程度でも普通に力を出すよりも遥かに効率がよい点がある。

もう1つは、身体的な負荷がない事だ。

…そもそも魔法の発動の本質は、計算なのだ。

自然界の法則は様々だが、例えば『炎を出す』事象を思えば、『燃える炭素などの物質がある』『酸素がある』『高温である』など、様々な条件がある。

魔法は、それらの条件に干渉し、条件を満たさなくても事象を発生させるのだ。

干渉にも種類はある。

『炭素などの物質がある』という条件がないから炎が出せない時、解決する魔法としては『周囲の物質を変化させ、炭素そのものにする』、『周囲の物質が炭素の性質を持つようにさせる』『そもそも炭素がなくても発火が起こるという条件にする』『一切の条件を無視して高温の炎を発生させる』など、様々だ。

そして、人々がどれだけ強い魔法を使えるか。それは【魔法適性】により左右される。炎の例で言えば、(彼らは元素の存在を知らないが)元素を組み直して炭素を作り出す事は、他の物質が炭素の性質を持つようにさせるよりも容易なのだ。よって、後者は条件への干渉が強いため、要求される魔法適性は高い。一切の条件を無視するなど、とんでもない魔法適性が必要になるだろう。

また、より高温の炎に変質させたり、一度の発動で長い間炎が発生するようにするためにもやはり高い魔法適性が必要だ。

…そして、ただ炭素を生み出すだけでは炎は起きない。

温度を炭素の発火点まで上昇させて初めて火は起こるし、それを前方に放射するためには風を前に出さなければならない。

それらを満たすために干渉を積み重ねる、これが魔法だ。


「狼煙は伝わったか!?」

「おう!つーかどうすんだべ!?門に取りつかれたらどうしようもないさ!」

「そんなら逃げりゃいい!今どれだけ痛手を与えとくかを考えよう!」

「だな!…食らえ蝿野郎ども!」

弩が引かれ、発火点まで温度を引き上げられた木を火種にした火矢は人の海を撃ち抜くが、人は撃ち抜かれても燃えない。

…遠くに干渉をもたらすのもやはり魔法適性をかなり必要とするのだから、火魔法を使う際には普通至近で魔法を発動する。よって、まず自分の体を焼かないために自分に耐火魔法をかけるのは当然の事だ。

耐火魔法に包まれた盗賊団はビクともしない。恐らく、自身への熱対策も万全なのだろう。

「ち…」

弩を持つ兵士は狙いを変え、砂浜の少し向こうにある木船を撃ち抜く。木船は呆気なく発火する。兵士が使うような『発火反応が起こりにくくなる』魔法には限界があるため、兵士は燃える船から離れていく。

「すまん!火矢はいいが、燃えるもんがない!」

「油撒け!結構あるだろ!」

「なら発火用に数発残して全部撒き散らすぞ!」

「褒賞で油くれねぇかなぁ…」

「諦めろ!」

瓶に入った油をまるごと下に撒き、火矢で油を撃つ。

「よし!…これ以上は無理だ、ずらかるぜ!」

「おうともよ!」

梯子をかけ直し、迅速に櫓を降りる。櫓が利用されにくいように物資は頂戴したし、高台の床を解体しておく。木材は腐りぎみで頂戴するほどではないが、焼いて高台の床を無くしておけば高台の意味は為さないだろう。

油による混乱が収集する前に安全な西側へ退却する。第2櫓からも狼煙が上がっているし、とりあえず陥落の心配はなさそう…と考えたが、違和感に気付く。

「おうい…第3櫓から狼煙が上がってねぇべ」

「あん?…マジか…行くぞ、本隊に伝わらんとさすがに陥落する!」

二人は全力で第4櫓へ向かう。しかし、

「…さすがにおかしいな。人がいない」

「知るか!狼煙上げるぞ!」

「だな」

第3櫓の狼煙はなかったので建物の一部を剥ぎ取り狼煙にする。…さすがに緊急事態だからこのくらい仕方ない。

第4櫓から狼煙が上がったのを見て、とりあえず第3櫓で休息を取る。第4櫓は本隊に通じているので、ここまでくれば安心だ。しかし。



(おかしい…?結構時間は経ってるのに、増援の声がないぞ…)

10分ほどして、まだ増援が来ないことに焦る。

テューノ小隊長がそんな遅いはずがない。…嫌な予感がする。

「ちょっとここにいてくれ!一旦本隊に催促してくる!」

「わーった!生きてろよ!」

「てめえもな!」


…本隊は、閑散としていた。

(あ?)

がらんどうだ。ただ、最上階だけは窓に鉄の柵がつけられ、階段も中から閉鎖されていた。

考えられる可能性はただ一つ。

「…クソ司令!てめえ買収されたな!?」

本隊は、カルデラ盆地へ通じる峠の終点に建てられている。ここが開いていたら盗賊団は都市に侵入し、最悪首都にもダメージが入る。

「すっ飛んでこないことを考えると、テューノ小隊長も任務か何かで追っ払われたか…くそ、小隊長に限って暗殺されてないことは確かだけど、どうしようもないぞ!?」

と、峠から誰かくる。一般人、しかも子供のようだ。

「…おっちゃん、どうしたの?」

みすぼらしい着物の少年が声をかける。

「なんだてめえ、ここは危険だ!去れ!」

「父ちゃんがこのへんの警備してるからどこも行けないよ」

「あん?…まさかゴネリルか!?」

「違うよ…父ちゃんに酷いことしないなら教えるよ」

「わかった、酷いことしない!」

「へへ、ラウレイオンさ」

…ゴネリル盗賊団はラウレイオン賭博団と非常に仲が悪く、武力闘争も幾度か起こっていたはずだ。

盗賊団を抑えるために賭博団を使うとか、怒られるだろうなぁ……とボヤくが、他に選択肢はない。

「家は!?ゴネリルを押さえたいから協力してほしいんだ!」

「あっちだよ…でも、父ちゃん、銀のテューノに殺されたり…しないよね?」

「小隊長はどっかいってるんだ!頼む!」

「わかった!あっちだよ!」


とりあえず木の門を閉める。燃えにくいし鉄の止め金があるが、かなり心許ない。しかし、ないよりましだ。

「間に合えよ…!」


首都近くの宿屋の地下、賭博団ラウレイオンの本拠地の1つ。

政治都市である首都ネアの近くというのは、経済都市に比べて人口は劣るが、人口の割りに悪漢が少ないのが特徴だ。その分警備は薄く、ラウレイオン団の幹部クラスと団長の守護部隊が議論、賭博、詩歌に興じていた。

と、中年の男が地下に現れた。

「やぁ。邪魔します」

部下が出迎える。

「ん?ツァーリーか!情報屋がわざわざ来るとは相当だな、何を売りに来た」

「今回は金は取らんよ、情報が情報だからな。…東岸警備隊の所に私兵を持って行きなさい、そうすれば素晴らしい利益が生まれる」

「は??何故??いやまずいつだ?」

「今すぐですなぁ。急いだ方がよい」

「…守銭奴とまで言われるお前が無料っていうのか…」

「…これは何よりも、信憑性がないのが問題でしてな…」

「…自分で言い出したか。そうだ、かなり怪しい。誰かに依頼されたと思う位だ」

しかし、奥から、

「なら私兵を多く集めましょう。…兵士が必要というのはどうも騙し討ちには変。交易にも変。…なら、確かめてみませんか?罠であればツァーリにでかい貸しが出来ますし」

女性の声が響いた。

「団長…!東岸に行くには細い峠を抜ける必要があるんですよ!?罠があったら…」

「だから罠を壊せるだけ私兵があればいいでしょう」

「まあ、そうですが…」

「反論はないわね?じゃ決まりね、私兵隊に連絡して」

「…はっ」


銀髪銀鎧の兵士が命令通り東岸を離れ使いっ走りに遣わされていると、少年が

「お…おい、銀のテューノ!」

と話しかけてきた。

「…何ですか、いきなり」

「何でこんなところにいるんですか!?東で戦闘が起こってるらしいのに!」

「…何ですって?」

「詳しくは知らねぇが、ヤバいらしいですよ!」

「…危機ですか。まぁ、東岸地域ですしね…小隊、整列!」

「「「ハイッ!!」」」

「今より全速力で東岸に引き返します!峠を越えますので、足を大事にしてください!」

「「「ハイッ!!」」」


締め切った城塞の上部で1人、司令はほくそ笑む。

「ひひ…テューノは俺が追っ払っておいたからゴネリル側も奪い放題、俺も金は貰って両方ウハウハよ!司令サイコー!!」


「未だにオラニエ信望派がいるが、オラニエの息子がいるのはかなり危険…民選院を追われるリスクを負ってでもあのウジ虫どもに兵をやった甲斐があればいいが」


それぞれの思惑、矜持が東岸で激突する…。

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