片恋の魔女は死ねない

聖願心理

恋を知った魔女①

 私は17年生きてきて、恋というものをしたことがない。

 そもそも恋とは何なのか?という考えに辿り着いてしまう。

 少女漫画みたいに分かりやすい合図なんて、現実には存在しない。


 –––––––恋なんて所詮まやかしだ。


 これが私の持論である。


 ●


亜里沙ありさー」

「どうしたの、英梨えり


 全ての授業が終わり、帰りのホームルームも終わると、仲の良い友達–––––所謂いわゆる親友というやつだ–––––の英梨が私のところにかけてきた。


「今日は先輩と帰るね!」

「あ、そう」


 キラキラした顔でそう告げる英梨。

 先輩とは言わずと分かるだろう、彼氏だ。


「何でそんなにあっさりしてるのぉ?」

「別に普通だけど」

「さ・て・は、妬いてるな〜?私を彼氏にとられちゃうのが嫌なんでしょ」

「んなわけないでしょ」

「またまた〜、本当のところは?」

「どうでもいい興味もない」


 そんな私の枯れた言葉を聞いて、英梨は近くの椅子に呆れたように腰を下ろして言う。


「つまんないの。彼氏とかデートとか恋とか興味ないの?」

「あると言ったらあるけど」

「本当?!」

「でも英梨とは全くベクトルが違うね」

「えーどういうこと?」


 私は確かに“恋”に興味がある。ただ、同年代が浮かれるような、青春チックみたいなものじゃない。

 恋とは何なのか、哲学みたいな興味だ。

 恋は落ちた瞬間ピンと来るのか、いつの間にか自覚しているのか。いつまで続くのか、永遠の感情なのか。


 まあ、こんなことを英梨に言っても理解してもらえないはずなので、私は適当に流す。


「色々ね。そんなことより英梨、先生に呼ばれてたんじゃなかったの?」

「あ」

「忘れてたの?」

「やばいやばいやばいっ!」


 本気で忘れていたらしく、英梨は焦りを露わにする。


「何で早く言ってくれなかったのさ?!」

「私も今思い出したし」

「ああもう、完全に忘れてたっ!」

「てか、どうしてそんなに焦ってるの?」


 先生に呼び出しくらってたのを忘れるくらいでこんなに慌てないだろう。しかも放課後もまだ始まったばっかりなのだ。


「教室で待ち合わせしてたんだよ!すぐ来ちゃうよ〜」

「どんまい」

「冷たいよぉ、亜里沙」

「だって私関係ないし」

「ね、お願い亜里沙!先輩来たら事情話しといて!」

「私、帰りたいんだけど」

「私と亜里沙の仲じゃない!」

「えー」

「よろしくっ!」


 そう言い捨てると、英梨は慌てて教室を飛び出していった。


「言い逃げはずるい……」


 私は英梨の背中を見ながら、はあと溜息を吐いた。


 何だかんだ言っても、私は英梨が好きだし、私のせいで彼氏と破局するのはいたたまれない。だから、私は大人しく教室で英梨の帰りを、もしくは彼氏の訪れを待つことにした。


 ●


 しばらくの間、スマホをいじりながら待っていると、


「英梨?」


 と言う男子声が聞こえた。きっと英梨の彼氏だろう。

 やはり、英梨より彼氏の方が先に来た。

 どんな人なんだろうな、と少しばかり好奇心が働く。


 から、と教室のドアが開き、男子が顔を見せる。際立って特徴のない、普通の男子高校生だった。先輩、というよりは同学年に見える。


「英梨?」


 どきんっ。顔を見て、声を聞いて、私の心臓は何故だか高鳴る。


「……英梨なら、先生に呼び出しくらって、職員室にいます」


 どくんどくんどくんと心臓の音しか聞こえなくて、自分がまともに話せているのか不安になった。体中に熱が走り、気持ちがぽわぽわする。


「あ、そうなのか。ありがとう」

「いえ、英梨に伝えてくれって言われたので」


 どうしたの、私。なんか変だ。おかしい。

 身体も心も、私の物じゃないみたいだ。でも、嫌な感じはしない。むしろ、幸せだ。


 ––––––––もしかして、これが恋?


 まさかまさか、冗談でしょ。

 慌てて自分のうかれた感情を否定する。そんなこと、あってはいけないのだ。


 しかし。

 半ば冗談で出した結論が私の中にふっと落ちてきてしまう。


「……ねえ君、綺麗な瞳をしているね?」


 いつの間にか、近づいて来ていた英梨の彼氏が不思議なことを言う。

 私の瞳……?至って普通の黒だったはずだ。


「え?」

「綺麗なをしているね。カラコン、じゃないよな」

「え、え、ええ?」


 藤色の、瞳?私の目、藤色なんかしてない。この人、目がおかしいの?


 色々おかしい。今の私は何かおかしい。


「あの、私、帰るので、あとよろしくお願いしますっ」


 そう言って、私は走って教室を出た。

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