恋を知った魔女③
次の日の朝。私はいつも通り学校へ行った。
何事もなかったかのように。
でも、実際昨日起きたことは全て現実だ。
魔女になったことも、友達の彼氏を好きになったことも。
はあ、と溜息を吐きながら、下駄箱のところで下履きから上履きに履き替えた。
「あれ、昨日の子だ」
すると、近くから英梨の彼氏の声がした。
朝一番に会うとか、ついてない。そう思いつつも、どこか嬉しかった。
「あ」
「おはよう」
「お、おはようございます……」
どくんっ、と心臓が跳ねる。
「……あれ」
何かに違和感を持ったのか、わざわざ近づいてきて、先輩は私の顔を覗き込む。あまりの顔の近さに、ドキドキと心臓が落ち着かない。体も心なしか熱い。
速く止まれよ、鼓動。
この快感に囚われたらだめなんだよ。
「どうかしました?」
先輩のもつ違和感の正体を知りながら、私は白々しく尋ねる。
「瞳の色が昨日と違うね」
「え、そうですか?」
「だって、昨日は綺麗な藤色してたよ」
「見間違いじゃないですか?」
「いや、確かに俺は見たよ。あんな、この世の物とは思えない藤色の瞳を忘れるわけじゃないか」
そう、今の私の瞳は黒なのだ。瞳を黒く見せる魔法をかけているのだ。
魔法がなければ、黒目が多い日本人の中で、藤色の瞳はかなり目立つ。
それ以前に、昨日まで普通に黒い瞳だった私が、今日いきなり藤色になっていること自体、おかしいのだ。
「カラコンですよ」
これ以上言い逃れはできない、と悟った私は、諦めて他の言い訳をした。
「今日の目が?」
「……はい」
あの吸い込まれそうな色をした瞳が、カラコンであるはずがないので、わたしはそう言うことにした。そもそも、藤色の瞳がカラコンなんかじゃないことを先輩も分かっていたし。
どっちにしたって嘘になるのだから、些細な問題だ。
「あの目、目立つからこうしてカラコンしてるんです」
「そうなんだ。でも、勿体ない。綺麗だったのに」
「そう、ですか?」
綺麗。
そのフレーズに私の心臓は反応した。
どくどくどくどくと、その音しか聞こえない。
なんなの、これ。やめてよ、やめてよ。
こんなの、私じゃない。
体に悪寒が走る。
でも、その違和感もだんだんと薄れている。
これが本来の私の姿だと主張するように、今の感覚が私の体に馴染んでいく。
もう、わけが分からない。
突然の変化に頭も体も心もついていけない。
「あ、亜里沙に先輩、おはよう」
「おはよう」
「お、おはよ」
そんなところに英梨が登場する。
「珍しい組み合わせだね」
「たまたま会ったから」
幸せそうな表情を浮かべて、英梨も彼も話をする。その様子を見て、私は少しずついらいらを募らせた。
「朝から先輩に会えるって嬉しい」
「俺もだよ」
「何気に初めてじゃない?」
「そうだな。朝は俺、朝練あるし」
「今朝はもう終わったの?」
「うん。大会近いから軽めにって」
私がいることを忘れているかのように会話をする。
邪魔者が誰なのか、はっきりしている。
悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい。
ずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるい。
醜い嫉妬心が表面に出てくる。
魔女特有の、激しい嫉妬。
––––––––このままならいっそ、この手で。
純粋な殺意がどくどくと湧いてくる。
でも、そんな思考はふと止まり、そしてまた、私は正気に戻る。
このままじゃ、駄目だ。このままこの場にいたら、どちらかを殺しかねない。
そんなのは嫌だ、やりたくないという気持ちが、そして理性がまだ残っている。私は、まだまともだ。
今なら、まだ大丈夫。
この場から消えれば、そして永遠に会わなければいいだけの話だ。
なにも、難しいことではない。
だって、私の命は永遠に続くのだから。
私が恋に狂う前に、さっさと消えよう。それが一番だ。誰も傷つけることはない。
「ねえ、英梨。私、先教室行ってるね」
「ああ、ごめん、亜里沙」
「気にしないで。じゃあ、またね」
そう言い残して、私はその場を離れた。
●
恋とは何なのか?
魔女になった今でも分からない。
そもそも、感情に明確な定義をつけるなんてことができないのだから仕方がない。
ただ、魔女になった今、言えることは。
恋は素晴らしいものだ。
そして、生きがいだ。
今日も私は、恋を探している。
いつか、恋に殺される日を夢見て。
ーENDー
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