死ななかった魔女 side魔女
「病める時も健やかなると時も、愛することを誓いますか?」
「はい」
「では、誓いのキスを」
やっと、やっとだ。
やっと、愛しい人と結ばれた。
––––––––––やっと死ぬことができる。
●
私は、魔女だ。
恋に生きる魔女だ。
想い人と両想いになり、その人が死ねば魔女も死ぬ。それ以外では死ぬことはない。
私は生きながらえて、早数百年。幾多の生命の誕生と死を目の当たりにし、流れゆく時間の中で、私だけが何も変わらず生きている。
魔女、と言うものが他にもいるらしいのだが、生憎私は会ったことがない。出会っていれば、私の人生はもっと楽しいものになっただろう。
そんな永久な孤独の中で、私が感じたことは二つだけ。
恋がしたい。
早く死にたい。
恋を繰り返し、玉砕し、生き続ける中で、1人の男性と私は出会う。
その人が、私の夫となった人。
私の最愛の人。
彼と出会ってから、死にたいと強く思うことはなかった。
愛おしくて愛おしくて、仕方ない。彼と永遠に一緒にいたい。
恋に落ちた時、私はやっぱり魔女なんだな、と実感する。
想い人のことしか考えられなくなって、恋愛が何よりも大事で、同じ大きさの愛を返されたい。
私の愛した人は皆、この愛の大きさに耐えられなくなってしまったけれど、進は違かった。
私に同じ愛をくれた。私の重い愛を受け止めてくれた。
私は今、とても幸せだ。
●
「いってきます」
「いってらっしゃい。愛してるわ、進」
「俺も愛してるよ、
「本当に?」
「ああ、本当だとも」
「ならいいの」
「疑ってるのか?」
「そんなんじゃないわ」
「本当か?」
「ええ、本当よ」
「じゃあ、いってきます」
進は私の唇にキスを落とし、家を出て行って行った。
いつも通り、進を仕事に送り出した朝だった。本当は、仕事なんてしないで、ずっと私の側にいてほしいが、生きていくためには仕方ない。魔法で全て解決するのだが、彼に『私は魔女』と言ってないので、軽々しく魔法は使えない。
–––––––––でも、彼は側にいるわ。
少し膨らんだお腹を、私は愛おしく撫でる。
私と進の子。何よりも素晴らしい愛の証。
「さて、働きますか」
気合いを入れ、私は魔法で家事に取り掛かった。
●
「おかしいわ」
時計の針が進むごとに、私は不安に襲われる。
進が帰ってこないのだ。いつもなら、とっくに帰って来てるはずだし、遅くなる時は必ず連絡をくれる。
–––––––––何かあったのかしら?
連絡ができないくらい、忙しいのだろうか?
それとも、他の女と遊びに行っている?
不安に不安が募り、嫉妬で私はおかしくなりそうだ。
ただでさえ、私と進の時間を奪ってるくせに、まだ奪うつもりなの。
このまま進を返してくれないんだったら私、人を殺してしまいそうだ。
必死で自分の嫉妬と殺人衝動を抑えていると、電話が鳴った。
進かな、でもどうしてスマホにかけてこないんだろう、そう期待と違和感を感じながら、電話に表示された名前を見る。
そこには、進が務めている会社の名前があった。
ああ、きっとスマホの充電が切れたのかな。それとも、壊したのかもしれない。
私はそう納得して、受話器を取る。
「はい、神田です」
「進さんの奥様でしょうか」
「ええ、そうですが」
しかし、電話の向こうからする声は進の声ではない、男性のものだった。
「今から辛いお話をしなくてはなりません」
やけに重い口どりで、男性は言う。
嫌な予感がする。とてもとても嫌な予感が。
「神田進は、交通事故に遭い、先程息を引き取りました」
「え?」
「このような形の連絡になってしまい申し訳ございません……」
男性は何かをつらつらと言うが、私の耳には何も入ってこなかった。
進が死んだ?どうして?急に死ぬとか聞いてない。
いや、そんなことはどうでもいいのだ。
––––––––どうして私は死んでない?
進が死んだのにどうして私は死んでないの?
愛する人が死んだって言うのに。
私たちは思い合ってたのに。
どうして、私は死なないの?
……理由は分かっている。
進は私のことを愛してなんか、いなかったのだ。
いつからなの?子供を孕んだ時から?結婚した時から?付き合った時から?出会った時から?
わからない。
ただ、分かることはひとつだけ。
進は私を愛していない。
だから、私はまだ死ねない。
死にたいのに死にたいのに死にたいのに死にたいのに死にたいのに。
どうして誰も私を愛してくれないの?
ねえ、どうして?
理由が分からなくて、ただ悲しくてイライラして、何も考えたくなかったから。
私は泣きながら、自分の腹に包丁を刺した。
死にたくて死にたくてたまらなかったから。
私は笑いながら、自分の体を魔法で焼いた。
–––––––––それでも私は死なない。
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