第2話 霊と人
慶永6年、9月。
突如として溢れかえる霊魔の群れに、夕京全土は崩壊の危機に瀕していた。
各地の守り手たる花守達は己が使命を全うせんと奔走する。
ある者は己が土地を守り、ある者は主上を守護せんと皇居へ向かい、ある者は元凶を絶たんと深山へと駆ける。
しかし、この男はそのいずれでもなかった。
『いいのか早馬、山郷の家に戻らなくて。』
鳥面の童子が語りかける。
「あたぼうよ、なんたって今日は土曜だからな。」
インバネスをはためかせ、左手の太刀で魔を斬り伏せる。
『それとこれと、何の関係があるんだ?』
童子が疑問を投げかけると、男は右手で十字を切ってからこう言ってのけた。
「このチキンヘッドめ!つまり明日はお祈りの日ってことさ。
だったら、俺がこの場所を守らなきゃあなるめぇよ。」
男の名は
山郷家の養子にして、ここ夕京復活大聖堂を死守せんとするキリシタン花守であった。
――――――
『なんてかっこつけといて、結局大聖堂は全壊してしまったんだけどね。』
一週間前の出来事を振り返り、鳥兜は嘲るように笑う。
それは死んだ男の無謀に対してか、己の無力さに対してか。
『わかるかい?いまさら刀の一振りや花守の一人くらいいなくたって、なにも変わりやしないのさ。だったらお互い、好きに余生を過ごそうじゃないか。』
鳥兜の無気力な言葉に対し、
「……なるほど。つまりこれよりは、夕京を守護するという大義ではなく、奴の弔い合戦という私情の戦いをしたいというのだな。」
『全然なるほどじゃない。何も伝わってないよ高鹿?』
「俺は花守としての務めを放棄するわけにはいかんが、守る為だろうと弔いの為だろうとやることは同じ。ならば、各々の目的のために共闘する他あるまい。そうだろう鳥兜。」
『お前も大概人の話を聞かないね。そういうところだけは早馬にそっくりだよ。馬と鹿とはよく言ったものだ。』
馬と鹿、と聞いて高鹿は顔をしかめる。
「……その括り方はよせ。奴と一緒にされてはかなわん。
しかし鳥兜よ。実際のところ、ここで燻っていてどうなる?俺とて早馬とは旧知だが、奴と共に過ごした時間はお前の方が長かろう。本当に奴の仇を討ちたいとは思わんのか?」
高鹿は腕を組んで鳥兜に問いかける。中々引き下がろうとしない高鹿に、鳥兜は不機嫌さを隠さない。
『仇ねぇ。霊魔といえど元は人の魂。憎むべきものではなく救うべきものなのだー、って。早馬はそう言ってたけどね。』
故人の受け売りで乗り切ろうとする。が、高鹿の表情を見るに、まるで納得した様子はない。
『はぁー。わかったよ。正直に言うよ。
お前みたいな頑固者に、下手な誤魔化しは通じないからね。』
「む?」
それまで宙に浮かんでいた鳥兜が、くるりと姿勢を正して地に足を付ける。
『高鹿。お前の問いに答えてあげるよ。
アイツの仇を討ちたいか?NOだ。……否定って意味だよ、わかる?
何故ならアイツは、まだこの世にいるんだからね。』
馬と鹿は境界を駆ける 〈禱れや謡え、花守よ〉鳥兜回顧録 カシミヤ @kashimiya
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