第28話「披露宴」
「なんで私がこんな目に……」
「戦いの中で異国の王子が反乱軍の女王に一目ぼれして結婚する、というのはお前が書いたシナリオだぞ。もっと胸を張れ」
「被り物が重いのですよ。第一、隣に立つならもっと見栄えの良い者がいたはずではないですか?」
「そいつの口がこのマウロ城塞の門のように固くあれば、なお良いのであるがな。残念ながら部下の中には婚約に反対の者もいる。口には出さぬがな」
「だから私が適任だと? それだけなら私の部下に適任はいくらでも――」
「その中で私が指名したのはお前だ。以上だ。国民が見ているぞ。もっと堂々としろ」
「――はい」
マウロ城塞東の戦いにより内乱が終結して一週間。突然反乱軍の女王が同盟のために壁向こうの国へと嫁ぐと聞き、多くの国民が驚きつつも喜んだ。
国王派のピエス人は英雄的な勝利に湧き、女王派のノマデス人は女王の無事とロマンス溢れる結婚に手を叩いた。
両方の人種に配慮し、戦勝会は女王の結婚披露宴と同時に行われることとなった。ただ、そうなると問題がある。
いずれできるであろう花婿、その代わりを誰が務めるか、だ。
結婚披露宴を延期するという案もあったが、盛り上がった国民感情に水を差す行為は新たな火種となりかねない。そこで急遽、代役を立てる話になったのだ。
代役は兜で顔を隠す。これは最初から決まっていた。理由は戦いによる名誉の傷が披露宴を汚すことを避けるためだと、決定された。
これなら単なる顔の傷というより、王子の謙虚さを表せるので好印象だという考えだった。
さて代役は、というと簡単に決まった。口が堅く、この結婚の事情に精通している者。そんな人間は限られる上に、女王直々の指名が追加されたのだ。
その全ての要素が、ロクスレイに王子の代役をせよ、と言っていた。
ロクスレイは似合わないフルフェイスの兜と鎧を着て、マウロ城塞の街を一望できるベランダに立っている。
隣には純白のドレスが目に眩しい、反乱軍の元女王がいる。向こうが見通せるほど薄い白のベールを被り、筋骨隆々な肩や腕は裾の長い袖に隠され。逆に陶器のように端正な背中は、目立つように露出していた。
「ドレスは着なれぬが、似合うかな」
「似合わないと言った不埒な輩がいるならば、私が代わりに射止めさせていただくほどには」
「うむ。ご苦労」
軽口程度の冗談を真面目な風に受け取られると、ロクスレイの方が戸惑う。これならば、きっと結婚相手となる王子も元女王の尻にひかれてしまうに違いない。
「国民が見ているぞ。手を振ってやれ」
元女王の言うがままに、ロクスレイはベランダの下にいるアルマータ帝国の臣民へ右手を差し伸べる。
絨毯のように密集した彼らはその瞬間、ワッと歓声を響かせる。それは周囲に伝達していき、街は喝采に染まった。
「こんな光栄な任務。おそらく二度と味わえぬぞ。しっかりと咀嚼せよ」
「正直もうおなかがいっぱいですよ。二度目は御免で――いえ、何でもありません」
頬に突き刺さる元女王の視線に、ロクスレイは言葉を濁す。どうやらこの冗談はお気に召さなかったようだ。
ロクスレイは手をかざしながら、これからの推移を思索する。まず、派兵部隊を解体して三つの役割を与えることから始める。
一つはもちろん、元女王をフサール王国へ無事に届けることだ。二つ目は、フサール王国とアルマータ帝国の同盟と不可侵条約破棄の可能性を、モグリスタ共和国全土に伝播させる役割だ。
最後はもう一つの危惧であるタルーゴ共和国へ同じ内容の情報を拡散することだ。以上が完了すれば、一先ず戦争は終結の方へ進み、和平が結ばれるであろう。
「……ど変態」
ベランダの窓にあるカーテンの後ろから、恨みがましい視線と言葉が飛来する。
それはミリアだ。代役の決定の時も後も、不満そうな顔をしていて、今も同じ表情だ。
ロクスレイは後ろを見ず、言葉だけ返答した。
「私が好んで王子役に立候補したわけじゃありませんよ。無実です」
ロクスレイがそう言い放つと、今度は横からの圧力が強くなる。
「うぬ? 私の花婿役が不満か? ではこうしよう」
元女王は言うが早いか、ロクスレイの腕に抱きつき、その身を預ける。
ロクスレイは驚きつつも、元女王の身体を受け止めた。
「――っ! もう臣民への披露は十分でしょう。元、女王陛下」
ミリアは、元、の語調を強めて忠告を飛ばす。しかし、元女王は十分ではないらしい。
「嫌だ。私はもっと見せつけたいのだ。こんな面白いもの、そうそうに手放して堪るものか」
「お言葉ですが、元! 女王陛下。この後、教会での儀式がありますのでお急ぎ遊ばしてもらえぬでしょうか。時間は押していますよ」
「そうか? 思ったよりも早いのう。そうだ。誓いの場所でキスでもしてやろうか」
「元! 女王陛下!!」
ミリアの憤怒の形相に、元女王はケタケタと玩具を操る子供のように笑う。
ロクスレイは二人の争いに我関せず、どうにでもしてくれと、主導権を手放した。
色々あったが、これでフサール王国は救われる。苦労はあったが大事な部下の多くは助かり、同盟以上に強固な国の結束が得られる。何もかも、万事全て上手くいったのだ。
だから、ここは笑うところなのだ。
「笑うところじゃないでしょう! お二方!!」
こうして外交官の旅は一度終わる。おそらく、この後も多くの困難と希望を乗せて進むのだ。
即ち。四大国を巡る交わりは、まだまだ始まったばかりなのである。
異世界の外交官─四大国の使者― 砂鳥 二彦 @futadori
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