第4話

後にではあるが、この病院の建物は映画の撮影に使われた。それは1990年 カンヌ国際映画祭で 審査員グランプリを取った、小栗康平監督の『死の棘』という映画である。主演が松阪慶子と岸部一徳、原作が島尾敏雄の私小説で、数々の文学賞を取った代表作である。  

 ストーリーは主人公の男性は海軍魚雷艇の特攻隊員で出撃命令を受けたが、あくる日に終戦になり生き残る。恋に落ちていた島娘と結婚し、内地に引き上げ、子を二人儲けて暮らしていたが、主人公の浮気が分かり、妻は夫を責め、心因性の精神病にかかる。夫婦に危機が訪れるが、夫は贖罪を誓い、精神病院の一室で共同生活することで精神的な安らぎを得、復活の希望を見出す。暗い映画であるが、死を覚悟して生き残ってしまった男と、今生の別れを決意した女のその後の愛が伏線にあっての映画である。結構、病院は映画の中で重要な役割を果たすのである。

 映画を見た時点ではそれと分からなかったのであるが、後で資料を見て、監督はこの建物に拘ったのだと思った経緯がある。そしてその時には盆踊りの一夜のことは思い出したのである。


 踊りの輪の中にいた娘が私を誘いに来た。後についてみよう見まねで踊った。娘はしなやかな腰周りを見せて上手に手を振った。私は踊りながらも、建物の一角から注がれる視線が気になっていた。大谷石で頑丈に作られた建物の2階の一角に、鉄格子の入った窓が3つほどあった。そこから何人かが見ているのである。

 踊りの輪から抜け出て私たちは金魚すくいをした。赤い金魚をすくいながら、娘は私にそっと言った。

「さっき、窓からこっちを見てた人たちがいたでしょう。あの中に私の兄がいるの」と・・

それから、しばらくして娘は店からいなくなった。なぜ彼女が盆踊りに私を誘ったのかは分からない。多分、気安く声をかけられる相手が私ぐらいだったのだろう。近藤君に直井病院という名前が出されて、あの映画以来やっと思い出したぐらい、私は長く忘れていたのである。

「そういえば、あそこに若い娘がいた時期があったなぁー」と中村君が言ったが、私は黙ってその件には触れなかった。


 菅野君が近藤君の後の話を続けた。その5人の餃子会の店の一つに餃子を卸していたのがこの食堂の亭主であった。その亭主はある事件に絡んで店を閉めることになった。そこでその店の主に直伝の製法を教えたのである。その店主と親しかったのが他の5人会のメンバーであった。

 沼尾氏がその店主の店の味を褒めたとき、店主はその亭主の話を出したという。私が「その亭主が絡んだ事件とはどんな事件だったのかい」と訊くと、菅野君は「沼尾氏はそこまでは話さなかった」と言った。


 あくる日の昼食は、宇都宮で餃子を食べることになった。両君のお勧めは、市内中心にある『来らっせ』である。ここは、長年「餃子のまち・宇都宮」を支えてきた宇都宮餃子会に加盟する27店の味を、日替わりメニューで味わえる「餃子のテーマパーク」なのである。餃子専門店の醍醐味がいつでも味わえる5店の「常設店舗ゾーン」と、加盟店27店舗の餃子が毎日日替わりで楽しめる「日替わりゾーン」がある。他にも餃子作り見学や、餃子の手作り体験も開催しているのである。お土産には、加盟店の冷凍生餃子やオリジナルの餃子グッズなど、ここでしか揃わない商品がズラリとある。時間のない人はワンポイントで宇都宮の餃子名店めぐりが出来るというわけである。

 私の宇都宮土産は勿論餃子である。息子らは餃子を食べながら、私のうんちく話を聞かねばならない。


     了



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宇都宮餃子物語 北風 嵐 @masaru2355

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