第8話 もういい下がれ、後は俺がやる


「こ、これが、グランジオ……っ!?」


 一茶は驚愕した。

 龍だ。一茶にとっては漫画やゲームなど、創作物の中でしか馴染みのなかった龍がここにいる。巨大な翼に鋭利な爪牙。樹木の幹よりも太い尻尾。壮大で偉大なる龍という生物が今、一茶たちの目の前に降り立った。


『驚いたか。これが我の、真の姿だ』


 グランジオの厳めしい声が、龍の口元から聞こえた。

 グランジオは鎌首を持ち上げて遠くを見る。


『ふむ。あれが敵か』


 グランジオが言うと同時、木々の先から無数の山賊が現われた。

 山賊たちも大量の精霊を使役している。


「グ、グランジオ様。相手は国際指名手配されている凶悪な山賊――『ライオンズ』です。構成員のひとり一人が強い精霊と契約しています。その、くれぐれもご注意を」


『ふはははははっ! 見くびるなよ、小娘!! あの程度の雑魚、我が一掃してやるわ!』


 シルフィアの忠告に対し、グランジオは上機嫌に言う。

 一方、山賊たちは、目の前にいる巨大な龍を見て立ち止まった。


「な、なんだ、この精霊は!?」


「まさか……大精霊グランジオ!?」


 山賊たちの混乱はあっという間に広まった。

 だが、その中心にいる一際大きな男が、彼らの混乱を抑える。


「怯むな! 大精霊グランジオは、四世紀もの間、誰も契約できなかった伝説の精霊だ! その精霊が、こんな急に現われるわけがねぇ! そいつは偽物だ!」


「そ、そうだ、親分の言う通りだ!」


「うおおおお! ぶっ飛ばしてやる!」


「どんと一発、殴り込み!!」


 山賊たちが威勢を取り戻し、次々と精霊を差し向ける。


「行け、サラマンダー!」


 赤い蜥蜴――サラマンダーが、山賊の命令を受けて、口から火を吹き出した。

 炎は一茶とシルフィアのもとへ向かう。だがグランジオが、太い爪を地面に突き立ててそれを遮った。


『ふん、品がない戦術だ』


 グランジオが大きな双翼を羽ばたかせて爆風を生む。

 山賊は愚か、その精霊たちも纏めて後方へ吹き飛んだ。


「きゃーっ! 流石、グランジオ様! その力、まさに伝承の通りです!」


「……シルフィ、ちょっとテンション高くないか?」


「はっ!?」


 一茶の指摘に、はしゃいでいたシルフィアが我に返る。


「す、すみません。実は私、俗に言う精霊オタクでして……」


「……そうなんだ」


 一茶は複雑な顔をした。

 精霊オタクなら、自分のことを精霊ではなく人間だと見抜いて欲しかった。


「しかし、これが精霊術か……」


 一茶は大暴れするグランジオを、他人事のように眺める。

 グランジオの力は圧倒的だ。四方八方から一斉に攻撃を受けても、傷ひとつつかない。しかし山賊たちも伊達に指名手配されているわけじゃない。彼らが呼び出した精霊たちは、グランジオの攻撃を掻い潜り、なんとか活路を見出そうと抗っていた。


「……あれ?」


 数分ほどグランジオの戦いぶりを観察していた一茶は、ある事実に気づく。

 遅い。「一掃してやる」と意気込んでいたわりには時間がかかっている。


「イッサさん、どうですか!? 精霊術って、とても素晴らしいでしょう!?」


「うーん……」


 シルフィアの言葉に、一茶は苦虫を噛み潰したような顔をした。


『中々やるではないかっ! だが、その程度では我を倒せんッ!!』


「ぐああああああっ!?」


 グランジオは山賊たちと激闘を繰り広げている。

 だが一茶にとってそれは、よく見れば――派手なだけで、効率的とは言えなかった。


 このまま傍観に徹していても、そのうちグランジオが山賊たちを殲滅してくれるだろう。しかし時間をかけてしまうと、また新手が現われるかもしれない。一度倒れた山賊たちも、再び起き上がろうとしていた。


 これ以上、時間をかけるのは面倒だ。

 一茶はそう判断する。


「グランジオ、もういい下がれ。後は俺がやる」


『は?』


 一茶の指示に、グランジオは耳を疑った。

 硬直するグランジオに山賊たちは「好機」と見たのか、一斉に精霊をシルフィアのもとへ差し向ける。

 グランジオの両脇を抜けて迫り来る精霊たちに対し――一茶は力強く拳を握り締めた。


「ふんん゛ん゛ッ!!」


 目の前に迫ったサラマンダーを、一茶は思いっきり殴り飛した。


「ふんん゛ん゛ッ!! ふんん゛ん゛ッッ!! ふんん゛ん゛ん゛――ッッ!!」


 黒い怪鳥を空の彼方まで殴り飛ばし、巨大亀の甲羅を破砕し、飛び掛かってきた白い虎を遥か先にある樹木へと叩き付ける。


『ひょっ?』


 グランジオが変な声を出した。


(……精霊、いらんな)


 やっぱり自分がやった方が早い。

 確信を得た一茶は、深く地面を踏み込んだ。

 一歩で50m先にいる山賊たちの懐に潜り込み、傍にいる精霊を片っ端から殴り飛ばす。


「う、うわああああああああっ!?」


「化物ぉぉぉぉっ!?」


 山賊たちは、グランジオを目の当たりにした時とは比にならない混乱っぷりだった。

 その間にも一茶は確実に山賊の精霊を倒していった。


「くそっ、撤退だ! こ、こんな精霊、勝てるわけがねぇ!!」


 山賊のリーダーが撤退を告げると、山賊たちは一斉に踵を返し、脇目も振らずに逃走を開始した。


「待て!」


 背後にはシルフィアがいる。彼女の護衛を優先するなら深追いはできない。

 しかし、それでも、これだけは告げなければならない。


「俺は――人間だッ!!」


「お前のような人間がいてたまるかッ!」


 山賊のリーダーが大声で叫んだ。




 ◇ ◇ ◇




 山賊に化物扱いされた一茶は、肩を落としてシルフィアのもとへ戻った。


「イッサさん……」


 落ち込む一茶に対し、シルフィアは熱い視線を注ぐ。

 その顔にはどこか色気が漂っていた。


「私、私……っ」


 シルフィアは頬を紅潮させ、興奮気味に伝えた。


「私も――筋肉を鍛えます!」


 シルフィアの決意に、一茶は目を丸くした。

 だがやがて、一茶は小さく笑みを浮かべる。

 化物と言われようと。精霊と勘違いされようと。自分の筋肉を見てくれる人は、しっかりいるのだ。

 なら、それでいいじゃないか。たった一人でも理解者がいれば救われる。


「それがいい。じゃあまずは、腕立て伏せから始めよう」


「はいっ!!」


 こうして一茶は、ローゼリア王国の第三王女シルフィアに、筋肉のいろはを叩き込むことにした。

 そう遠くない未来。シルフィアは魔王討伐に大きく貢献することになる。拳で。


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世界観を間違えました! ~精霊を使役して戦う世界で、俺自身が強くなってどうする~ サケ/坂石遊作 @sakashu

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