雑語りのアリス

青猫あずき

第1話 三種の神器

「勾玉いらなくないですか?」


この前 疑問に思ったことを聞いてみたが、その質問では他の2人に何も伝わらなかった。

頭の中の思考をすっとばして口走るのは私の悪い癖だ。


「いや、何の話だよ」


服部から当然の疑問が返ってきたので、自分の思考を説明する。


「今日は令和に入って最初のお茶会じゃないですか。 この前、令和になったときに三種の神器を次の代へ継承する儀式みたいなのやってたの見ました? それを思い出して三種の神器について考えたんですけど」


一息ついて元の質問を切り出す。


「…三種の神器に勾玉いらなくないですか?」


服部は呆れた顔をしているが、宇佐美さんはうんうんと深くうなづいて聞いてくれた。



___


さて、きっと読んでいる人にも私の語りだしでは何も伝わらないだろうから。

紹介しよう。


私は有栖川りでる。

大学1年生。趣味はくだらないことを考えること。


休日はいつも叔父さんの経営してる喫茶店で、紅茶を飲みながらおしゃべりして過ごすことにしている。


今日はゴールデンウィークも終わる5月5日は子供の日。

ここがその叔父さんの喫茶店『わんだーらんど』


机を囲んでいるのは常連さんで私のおしゃべり仲間。


眼鏡の男が服部。

服部、えーっと。下の名前は忘れた。とにかく服部。

同じ大学の学生。学年も同じく1年。

同じ講義を受けてた彼がたまたまここに来てたので私が声をかけて、それ以来のつきあい。



少女にしか見えないサイドテールの女子が宇佐美 弥生さん。

私よりも先輩。未だに信じられないけどマジ。

先輩なのは学生証を見せてもらったので間違いない。

年齢は知らないのでもしかしたら何かの制度を使って飛び級してきた天才幼女かもしれない。


というわけで大学生3人、喫茶「わんだーらんど」に集まる茶飲み友達だ。


あっ、山根さんが紅茶を運んできてくれた。

山根さんはひょろっとした長身の男性。

ここの喫茶のアルバイト。

別に毎日働いてるわけじゃないんだろうけどシフトが私たちがおしゃべりする日と同じなので何度も会ってる。



「お待たせしました。『今日のお茶』3つですね。」


山根さんが私たちの前に紅茶を並べる。


「今日の紅茶は何ですか?」


メニューにも書いてあるんだろうけど、私は山根さんから聞きたいので読まないことにしている。


「水だしのハーブティーです。氷を入れて冷やすんじゃなくて、最初から水で抽出する淹れ方ですね。普通にお湯で淹れるよりも茶葉の成分が出にくいんです」


「それっていいことなんですか? それとも悪いこと?」


「コインの裏表ですね。茶葉の成分が薄いのでお湯に入れるより香りの点では劣りますが、逆に渋み成分も薄くなるので口当たりがよく飲みやすいというメリットもあります」


透き通った淡い色。確かに紅茶の香りは弱くて、意識しないとわからない。


「これから暑くなってくるので清涼感がある水出しを試してみたとのことです。それでは、ごゆっくり…」



___



「で、三種の神器の話だったな」


服部が再び話題に出したことで三種の神器に話題が戻る。



「そうそう。勾玉っていらなくないかな?って話」


私は再び最初の疑問を口にする。


「どうして ありすちゃんはそう思ったのかなー?」


宇佐美先輩に聞かれ、私は説明を始める。


「えっと、三種の神器って剣と鏡と勾玉じゃないですか」


「クサナギの剣。ヤタの鏡。それからヤサカニの勾玉だな」


「服部、それぞれの神器の謂れとかって知ってる? まあ、知らないと思うけど」


なにせ私は全部知らなかった。今回調べて、初めて知ったからね。


「馬鹿にするなよ。それぐらい知ってるよ」


えっ。マジ…?


「凄いねー、服部くんはー」


「宇佐美先輩はご存知ですか…?」


「詳しくはないけど。一応はね」


ええー。知らなかったのは私だけか。


「そ、それじゃあ説明してみてよ」


服部に振ってみる。

これで服部の知ったかぶりが明るみに出るではず…!


「まずクサナギの剣はヤマタノオロチを退治した後にオロチのしっぽの中から出てきた剣だな。」


ぐぬぬ。


「それからヤタの鏡はアマノイワト伝説に出てくる鏡だ。太陽神アマテラスの姿を映すのに使った鏡だな」


くそぅ。服部のくせに…。


「で、勾玉は…勾玉は…すまん、ちょっと待ってくれ」


…おっ! どうやら出てこないらしい。


「あと10びょーう」


宇佐美先輩がカウントを始める。


「えっと勾玉は…」


「きゅーう」


「待て、待ってくれ…!」


「はーち」


「思い出した。ヤサカニの勾玉はヤタの鏡と一緒に設置した宝玉だ。」


思い出すんかーい!




「正解…くそ…服部のくせに…」


「いや、でも確かに…お前の言いたいことはわかった。勾玉だけ専用のキャラストーリーがない普通のアイテムみたいな設定だな」


「設定とかアイテムって言うな」


「でも、確かにそうだね。勾玉だけエピソードに乏しいねー」


「そうなんですよ。 調べた時に『えっ、じゃあ勾玉って鏡のオマケじゃない?』って。 だから最初の問いになるわけです」


「『三種の神器に勾玉いらないんじゃない?』問題かー。なるほどねー」


「一応ざっくりネットで調べてみるか…? 忘れられてるだけで勾玉使って何かした逸話があるかもしれないし」


というわけでしばしスマホで検索タイム。

まあでもやっぱり…。


「ないな…。それどころか勾玉が『脇役』であることへの考察とか出てくるな…」


「有栖ちゃん、服部くん。このサイト見て!」


先輩がスマホを机に置く。


そこに書いてあるのは…

「太陽神天照を映したので八咫鏡は太陽の象徴。勾玉はその形から三日月を表していて鏡のオマケである、か…」


「これも凄いね…『そもそも原文には剣と鏡しか書いてないから最初から二種の神器しか登場してない』なんて説もあるぞ…」


「ねっ? 勾玉だけ扱いひどくないですか?」


「勾玉の逸話、なんだか三種の神器であることに要点が置かれ過ぎてる気がするね」


「何か凄い業績があって三種の神器になったんじゃなくて、三種の神器だから凄い!…みたいな」


「それはおかしくないか…? だったら二種の神器でいいだろ」


「三の方が二よりも縁起がいいとかあるのかな?」


「割り切れないから縁が切れないくらいの意味じゃないか?」


「三大まるまる みたいに三つ名前を挙げると座りはいいよね」


「あー。俺わかったかも。もしかして、『勾玉は天皇が持つ物』って部分が大事なのか?」


服部が言ってるのはどういうことだろう…?


「『天皇が持つ勾玉』だから所持者が天皇陛下っていう逆転の理屈ありきで格が与えられてるってこと」


「それ剣と鏡でよくない?」


「ところが、だ。剣と鏡の所有者が天皇であるかは怪しいんだ。剣は遺失してるという説や鏡はそもそも神様のところに祀られているから天皇の元にはないとか…」


服部がスマホの画面に映したのは伊勢神宮。

八咫鏡はここに収められているらしい。


別のページには草薙剣が海に沈んだ話について書かれている。


「で、そんな中で勾玉だけはオリジナルが今なお現存する…とされている…って書いてあるけど」


怪しい書き方だ…


「されている…ってなんだか含みのある言い回しだね」


「ありすちゃん。そもそもオリジナルの三種の神器って何かな?」


オリジナルの…?

「神話で実際に使われた剣とか鏡ですよね…?」


「うん、うん。じゃあさ、日本神話って『実在』の出来事だと思う?」


「えっ…いや、それは…」


科学の発達したこの平成の時代も終わり、時すでに令和。

まさか本当に日本列島は二人の神様が海を長い棒でつついて創造したとかを信じているはずもなく…


「でも先輩、神話という解釈でなく伝聞しやすいように誇張された歴史って見方もあると思いますよ」


「どういうことかな、服部くん?」


「例えば、クサナギの剣ですが。これってヤマタノオロチ退治と深く関係してますよね?」


「そうだね。ボスモンスターであるヤマタノオロチを倒した時のドロップアイテムだとされてるね」


ドロップアイテムって言い回しはどうなんだろうと思わなくもないが、まあ雰囲気は合っている。


「一説によるとヤマタノオロチは『氾濫する河川』の象徴で、蛇退治は治水事業のメタファーだとも言います」


なるほど。

誰々が工事を仕切りましたって話よりはドラゴンを退治する勇者の話の方が語り聞かせるのには向いてそうだ。


「この場合、剣はドロップアイテムでなくトロフィーなんですよ。工事完遂記念のトロフィーとして作られた剣」


それがオリジナルの草薙剣ってことになるのか…。


「そのパターンだと三種の神器の『オリジナル』が現実に存在する…ということになるわけです」


「でも恐らくそのトロフィーとしての『オリジナルの剣』は紛失しているんだよね?」


「ですね。だから勾玉なんです。鏡と勾玉がセットなんじゃなくて剣と勾玉がセットという解釈も出てました。だから紛失した剣の代わりとして勾玉が三種の神器に『格上げ』されたんじゃないでしょうか?」


つまり宝としては2つだったけど、1つをなくしちゃったからオマケを格上げしたってこと?


「なので俺は勾玉の一番の価値は結局『三種の神器であること』だと見ていいと思います」


三種の神器のうち、勾玉は三種の神器だからこそ価値がある。

それはなんだか本末転倒な気がする。


「勾玉は三種の神器だから三種の神器。トートロジーだね」


宇佐美先輩が言うトートロジーって何だろう?

私が聞くと教えてくれた。


「トートロジーっていうのはね同じことをそのまま言うことを指してるんだよ」


「りんごは赤い、みたいな話ですか?」


「ちょっと違うかな。赤いリンゴは赤いみたいなこと」


「AとはAである、みたいな言い回しのことさ。空っぽで中身がなくて、でも印象に残る。強調される言い回し」


「三種の神器の勾玉は三種の神器だから三種の神器である…」


悩んでいると山根さんが近づいてきて助け舟を出してくれた。


「別にそれ自体の意味はなくてもいいんですよ。トロフィーなんですから」


空のティーカップを指さして山根さんは言う。

「優勝カップとかってティーカップのように中に液体を入れることができる道具ですよね? でもトロフィーの価値って、そういう道具としての価値ではなくてそのトロフィーを得るということ自体が価値を持つでしょう?」


そのトロフィーを持つにいたるまでの出来事の方に価値があるってこと…


「いわば実績解除の証としての価値なんです。ほら最近のゲームとかだとトロフィーアイテムはそもそも完全にアイテムでなく『トロフィー』としてゲームの外部におかれたりするでしょう」


わたしの脳裏によぎるのはピロンという音を立てて画面上に出てくる「トロフィーを獲得しました」の通知。


「勾玉自体に価値があるのでなく、天皇の地位を得た…そのことに関する『実績解除の証』なんですよ。だから勾玉だけじゃなく3種の神器すべてがトロフィーなんだとも言えますね」


わかったような、わからないような…


「あるいは逆なのかもね。『天皇という称号』を実績解除するための条件が草薙の剣、八咫鏡、八尺瓊勾玉をすべて入手することなんじゃないかなー」


「それでも勾玉いらないのは変わらないんじゃ…」


「ううん。その場合は意味があるから。ゲームバランスの調整だよ」


なんだかすっかりゲームに例えて話が進む。

こういうのって不敬だったりするのかなあ…。

そう思いながらも私の脳内では既に剣はエクスカリバーで、鏡はラーの鏡に置き換わっている。

そして勾玉は…

やっぱり勾玉いらなくない…?





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