ボイルドエッグ特急殺人事件

留確惨

灰色の筋肉細胞

 私はポワロマン。

 灰色の筋肉細胞の異名を持つ名探偵レスラーである。


「楽しみですね、先生! いや~~~っ! ついにボクたちもボイルドエッグ特急に乗れるんですね!」


 楽し気に乗車するのは助手のアレックス・フィード君。いつも私についていてくれる探偵にはお約束の相棒だ。


 寝台列車ボイルドエッグ急行。「女房を質に入れても乗りたい列車」として有名な超高級列車だ。

 季節はずれにも関わらず満席に近い車内。高級セレブ向けの観光列車として開発されたその列車には、出身国も性別も年齢も様々な筋骨隆々としたレスラーが乗り合わせている。


「ロン。メンタンピンイーペードラドラで180000」

「はっはっはっ、またトビだなラージボディよ」

「違うんだぁ~~~っ! 剛力の神にそそのかされてムリヤリこれを切らされたんだ……」

「いけないなァ、神のことを悪く言っては」


 4人麻雀をしているのは4人の覆面をかぶった男たち。全員に多様なデザインのマスクをかぶっているがそれぞれ特徴がある。

 今しがた親ッパネを振り込んでトビ終了の憂き目にあっている男はアメフト風のプロテクターと、モトクロス用ヘルメット風のマスクをしていて、ほかの男たちより一回り大柄。

 トンだラージボディを爽やかに笑っているのが茶褐色の肌に立襟半袖のショートスーツに身を包んだ青と白のデザインのマスクをかぶった男。

 そのラージボディを飛ばしたのが全身が白黒のシマウマ模様の男。


 そして最後が顔や体には幾何学的なライン状の模様がある、額に翼を広げた鳥が描かれたマスクの男。

 名をスペシャルフェネクス。

 私はこの男に「脅迫状が来て命を狙われている~~~っ! 私を守ってほしいのだぁ~~~~っ!」と依頼をきいてこの列車にやってきたわけなのだが、本能的にこの男には邪悪な何かがとりついている様な気配があったので依頼自体は断った。

 だが私としてもこの列車を乗り過ごすと足がないので同乗せざるを得ない。仕方なくボイルドエッグ特急に乗り、私はハンガリーに向かう。


 ハンガリーはいいところだ。特にチェイテ城。

 あれは吸血鬼カーミラ、血の伯爵夫人エリザベート・バートリーが処女の生き血風呂につかって若返ろうとした伝説を持つ城跡と言われているが、実際は違う。

 血なまぐさいファイトを行う残虐レスラーたちが行った、血で血を洗う拷問ファイトの負の遺産なのだ。多くの血が流れ、多くの市民たちを巻き込んで大殺戮になったレスラーたちのリングの跡地。

 まさに「城跡や強者つわものどもの夢の跡」といったところ。

 更に古代には超人格闘城と呼ばれた姫路城や、古代超人が覇を競うために作られた決戦の舞台のピラミッドもそれに融合していたといわれている。


 ああ、なんとヒストリカル。


 そんな気分で車内に作られたバーに向かうと二人のよく似たレスラーが仲良く歓談している。


「フォ~フォッフォッフォ、ディクシャーよ、ついにこの時が来たな」

「ああ、兄者。ついに我らシグマの悲願が……」


 ジェイソンのようなホッケーマスクに背中に巨大な手のようなものを背負った二人の男たち。双子の兄弟だろうか。兄のほうはホッケーマスクの穴の形が尖っていて左手を背負い、弟のほうは丸い穴のマスクで右手を背負っている。


「この列車、レスラーが多いみたいですね」


「ああ、このような季節外れにもかかわらず珍しいことがあるものだな」


 窓の外はヴァージンスノーといえるほどの足跡のない雪景色。

 寝台列車はガタゴトと音を鳴らし、銀世界を貫いて走っていく。

  すると、後方からなにやらドカンというもの音が聞こえる。積み荷の固定具でも外れたのだろうか。

 しばらくするとキキィー! というブレーキ音とともに前方に体が傾くGが発生する。あまりの強力なGで思わず倒れてしまう。手に持ったグラスワインが零れ落ちてしまう。小柄なフィード君に至っては吹っ飛んでいってしまう。

 それと同時に何回か発生する破壊音。列車事故だろうか。


「う、うわぁ~~~っ!!」


「!?」


「何の音だ!?」


「何だぁ───────っ! 何が起きたんだぁ────────っ!」


 私たちはおののきながらアナウンスを待つ。しばらくすると車内放送が流れてくる。


「え~~、ただいま雪崩でボイルドエッグ特急は雪の吹き溜まりにはまり、立ち往生しております。皆さん、しばしお待ちください」


 なるほど、雪崩によって列車は前に進めなくなっているのか。この時期ならばそう珍しいことではない。

 しかし気になってしまうのはあの連続した破壊音。あれは列車後方の個室から聞こえてきた。

 もし事故が起きたら前方のほうから音がするはずだ。

 私は好奇心に負けて列車後方に走り出した。


「ゲゲェ────────ッ! ス……スペシャルフェネクス!?」


 そこには私に脅迫状の件で依頼を出していた男、スペシャルフェネクスの無残な亡骸があった。


 車掌らしき制服の男が戦慄している。彼は失禁どころか脱糞までし、下半身から悪臭を、上半身からはニンニクの臭いを漂わせている。

 現場には先ほどスペシャルフェネクスとともに麻雀をしていたシマシマの男、色黒の男、そしてラージボディと呼ばれた巨躯の男。


「し……死んでる!?」


「誰だぁ────────っ! 一体だれがやったんだァ───────ッ!」


 間違いない。これは殺人事件。私の担当領分だった。


「皆さん、落ち着いてください! 私は探偵です。必ずやこのあふれる知性と灰色の筋肉細胞でこの殺人事件を解決して見せましょう」


 被害者には強力な力による頭部の打撲、股割り、背骨と足の破壊の痕跡が見られている。特に頭部の負傷が深い。何度も何度も打ち付けられて真っ赤を通り越して紫色に染め上がっている。

  死後間もなく、砕け散った脳天から血がどくどく流れている。

 明らかなオーバーキル。犯人は被害者に相当な怨恨があったに違いない。


 だが私は依頼人の氏素性を少なからず知っている。スペシャルフェネクスはレスラーだ。

 そのあふれる知性はあらゆる必殺技フェイバリットに運動方程式という名の解を出し、動かせるのが首だけであっても受け身によって威力を減衰する知的ファイター。

 そんな彼が脅迫状で警戒している状態で一撃をただで受けたとは思えない。


「うう~~、気持ちが悪い~~っ!」


 あんまりにも酷い死体を見たラージボディが悲鳴を上げる。

 スペシャルフェネクスの死体は列車の個室を突き破って穴に胴体が挟まっている。

 決まりだ。鉄製の列車の壁を貫くほどの破壊力。スペシャルフェネクスほどの男を倒す技の仕掛け。


「「なんだァ────────ッ! 一体何が起こったんだァ───────!!」」


 列車前方からホッケーマスクの兄弟がやってくる。これでこの列車に乗っているレスラーは全員。

 役者は揃った。これからは探偵レスラーの出番だ。


「これは明らかに何らかの必殺技フェイバリットで仕留められています! 犯人はレスラーに違いがありません!」


「な、なんだってー!」


「つまりあれか。スペシャルフェネクスは何らかの必殺技フェイバリットでこの壁を突き破ってやられたということか」


「その通りです。つまり────────犯人はこの中にいます!」


 名探偵お決まりのセリフ。この殺人は明らかにレスラーによる手口。スペシャルフェネクスの死に迫るにはその必殺技フェイバリットに迫る必要がある。


「失礼ですが貴方たちの名前を教えていただけませんか?」


「私は車掌のハリボテ・マッスル。まあもうレスラーはとっくの昔に引退しておるがな」


 最初に名乗ったのは車掌の人だった。小太りの車掌の男。この男はレスラーでなく、スペシャルフェネクスを倒せる実力はなさそうだが、車掌は各個室のマスターキーを持っている。共犯という点で容疑者に数えられる。


「私はバタフライマン。私こいつら、それとスペシャルフェネクスを含めた我々はプロレスジム、マッスル・プリンシーズの皆でジムの皆で旅行に来ていた」


「俺は同じくマッスル・プリンシーズのメンバーのゼブラマンだ」


「オレも同様の身分。ラージボディだ」


 似た意匠のマスクマンたちはそれぞれ名乗る。なるほど、それぞれ同じプロレスジムのメンバーか。

 彼らは全員屈強で、当てられさえすればスペシャルフェネクスを倒せても何ら不思議はない。


「オレはアリステル。プロレスジム、シグマ・ランサーズのリーダーをしている。コイツは双子の弟のディクシャーだ」


「フォッフォッフォ、どうも」


 ホッケーマスクの二人組も同じように名乗る。

 この人たちもレスラー。ただし破壊音がしてからこの人たちは列車前方から来た。アリバイは存在する。

 これで容疑者は全部。バタフライマン、ゼブラマン、ラージボディ、アリステル、ディクシャー、そして車掌のハリボテ・マッスル。

 スペシャルフェネクスは壁を突き破って途中で引っ掛かり、脱出ができなくなっている。スペシャルフェネクスの足側の部屋にはカギがかかっており、密室になっている。


「どういうことじゃ~~~っ! スペシャルフェネクスは頭から壁に激突してやられたのではないのか~~~っ!」


 ハリボテ・マッスルが気づく。

 これは密室殺人だ。スペシャルフェネクスの頭部の負傷からして頭を壁などに打ち付ける必殺技フェイバリットなのは明白。なのに技を仕掛けたはずの足側の部屋は密室になっている。


「……まだ確定はしていません。それよりも見分の続きをしなければ。それとフィード君、列車前方を調べてみてください。特に外も念入りに」


 頭側の部屋、それと周りの部屋の窓ガラスは技の衝撃で割れている。それに足側の部屋に存在する金属片。

 頭側の部屋は広いスペースになっている。共用の談話室のような場所。個室よりかは広いスペースがとられている。

 さあ、フィード君が返ってくる前に各容疑者達を取り調べる必要がありそうだ。




 ────車掌のハリボテ・マッスルの証言─────


「車掌さん、事件発覚当時の状況、それと貴方の行動をお聞かせ願いたい」


「わしは事件発覚当時後方の通信室に追った。前方からの報告で雪だまりがあることに気付き、内線で機関室に停止を要請したのち、列車の状況を確認しようと前方に移動しようとしたらスペシャルフェネクスの死体を見つけたというわけじゃ」


「なるほど、では事件発覚当時のアリバイは?」


「無いな。強いて言うならばわしにはスペシャルフェネクスを倒せる力がないということだけじゃ」


「スペシャルフェネクスの死体を見たとき周りに誰かいましたか?」


「おらんかった。恐らく第1発見者はわしじゃ」


「ありがとうございました」



 ────バタフライマンの証言─────


「私はでゼブラマン、ラージボディとともに列車中央部の部屋でボードゲームを楽しんでいた。そうしたらなにかすさまじい衝撃音と急ブレーキがかかった。なんだと思って音のする方へ走ってみたらそこには驚愕する車掌とスペシャルフェネクスがいたわけだ」


「なるほど、つまりあなたたちマッスル・プリンシーズはお互いにアリバイを証明しあっているというわけですね」


「ああ、身内同士での証言がどれほどあてになるかならないがな。……スペシャルフェネクスめ……いくらあやつとはいえ殺されるいわれはないはずなのだが……」


「ということは何かスペシャルフェネクスには殺される理由が?」


「あやつは自尊心の高く、傲慢で権力欲の強い男だったからな。恨みを買うことも多かった。わたしはそれを向上心だと解釈したが、良く思わない者も内外に存在していたのは確かだな」


「……ありがとうございました。捜査協力感謝します」



 ────ゼブラマンの証言───── 


「率直に聞くが探偵殿は俺を犯人として疑っているのか?」


「犯人の可能性のあるもののうちの一人と考えています」


「成程。うまくぼかしたな。バタフライマンから話は聞いているとは思うが、俺達3人は遊戯に興じていて、衝撃音を追って現場にたどり着いた」


「何か他に違和感のようなものは感じませんでしたか?」


「しいて言えばブレーキが急すぎたことくらいか。まったくスペシャルフェネクスめ、こんなところでくたばるタマではないだろうに……」


「怨恨の線についてお聞きしたいのですがよろしいですか?」


「ああ、やつはな、やつはな~~~っ!」


 怨恨について聞いてみたらゼブラマンは紳士的な態度を一変させ、体の白い部分を灰色にして怒りをあらわにする。……これ以上突っ込むのはいけない気がすると私の筋肉細胞が言っている。



 ────ラージボディの証言─────


「事件当時のは常にゼブラマンさんとバタフライマンさんとともにいた。それで間違いないですね?」


「ああ」


「失礼ですが何か持病でもお持ちなのですか? 具合が悪そうに見受けられます」


「大丈夫だ。ここは寒いから少し風邪でも引いたかもしれん」


「ご自愛ください。もう一つ質問させてください、スペシャルフェネクスさんに何か恨みを持つものなどは知りませんか?」


「この中で最も奴を恨んでいるのはオレだ。やつは何かにつけてオレを必殺技フェイバリットの実験台にしようとしていたからな」


「なるほど。ありがとうございました」



 ────アリステルの証言─────



「フォ~フォッフォッフォ、俺たちを疑っているのか? スペシャルフェネクスが死んだのは列車後方、オレ達が事件時いたのは列車前方、それは確かだろう?」


「ええ、それは確認が取れています。貴方たちが車両前方にいたことも含めて。ですが殺せる実力があるという点であなたも容疑者の一人とさせていただいています。よろしいですか?」


「むしろ光栄だよ。灰色の筋肉細胞のことは聞いたことがあってな、興味があったのだよ。それはもうファンといっても差し支えないほどに!」


「ありがとうございます。それでは事件当時の行動をお聞かせください」


「我々は二人でこのシグマハンドを使ってダイナミック指相撲をやっていた。その際にほかの乗客は存在しなかったから身内間でのアリバイしかない。衝撃音と急ヴレーキを聞きつけてこの場にやってきた。それだけだ」


「なるほど、被害者への恨みは?」


「彼らと違いジムは違ったので直接的なかかわりは無かったが、尊大で他者との衝突の多い男とは聞いていたな」


「ありがとうございます」


 ────ディクシャーの証言─────


「事件当時は貴方はずっとお兄さんと?」


「ええ、兄とともに遊興にふけっていました」


「ということは身内同士のアリバイと状況証拠でしか守られていないと……」


「ええ。怨恨のことを聞いていらっしゃるみたいなので先に応えておきますが私に直接的な因縁はありません。兄についても同様です」


「……ありがとうございました」



 これで容疑者全員の調べがとれた。 しばらくするとフィード君が返ってくる。


「先生! 列車前方に4つの線のような痕跡が見つかりました! そして列車の天井に巨大な陥没が!」



 列車前方の痕跡、天井の陥没。突き破られた壁、足側の部屋以外の割れた窓ガラス。

 私の灰色の筋肉細胞が動き出す。


「……犯人が分かりました!!」


「本当か、本当なのかぁ──────っ!」


「この殺人事件の真相、それはです!!」


「………………!?」


 全員犯人。この殺人事件はあふれる知性と巧妙な技巧、そして凄まじい強力の力で計画された恐ろしい事件だった。

 静寂が空間を支配し、この場の全員が「何を言っているんだこいつ?」という態度で首を傾げる。


「明確なアリバイがあるのはシグマの二人。他の4人も密室なのでスペシャルフェネクスを攻撃できない。そうですよね?」


「ああ、そうじゃがまさか全員アリバイがあるから全員怪しいとかそういった雑な推理なわけではないんじゃろ?」


「ええ、探偵の名においてそんなことはしません。────────ですからアリバイはトリックです。犯人たちは巧妙な手口で犯行の前提条件をひっくり返したんですよ。文字通り69ように」


「何じゃと!?」


「まずは壁を突き破っているスペシャルフェネクスの謎から解いていきましょうか。これは密室殺人でも何でもない。解放された部屋で行われた事件なのですから」


「どういうことなんですか先生!」


「フィード君、スペシャルフェネクスは頭から壁を突き破ったのではないんですよ。彼は足から突き破って密室に入ったんです」


「な、なんだって────────っ!」


 前提の逆転その1。頭部の執拗な負傷からスペシャルフェネクスの頭が壁を突き破ったと勘違いさせるギミック。

  頭部のひどいダメージはカモフラージュ。鍵は脚の負傷だった。


「恐らく犯人は横からから相手に頭部に繰り返し頭突きを浴びせたのでしょう。相手は杭打ち機で打たれる杭のようにマットに埋まっていきます。それで壁を突き破ったのです」


「な、何を言っているんですか先生。その技は重力の力を利用した技です。とてもではないが横方向にはかけられません。8を横に返してインフィニティにすることはできないんですよ」


「はい。普通ならあり得ません。ですがあの時、あの状況なら8をインフィニティにできるんですよ。G


「な! なんと!?」


「フィード君、キミはあの時ブレーキ音を聞いたから列車はブレーキをかけて止まったと勘違いしました。ですがそれは違う」

「それにあのGはブレーキングによって発生したにしてはあまりにも強すぎる。ならレスラーの力によって行われたとみたほうがいい。本当は列車は人力で止められ、ブレーキ音はスピーカーから流れていたんですよ。そうですよね、アリステルさん、ディクシャーさん」


「そ、そうなんですか先生!」


「フォ~~~ッフォッフォッフォ。確かにレスラーの力ならこの列車を止められるだろう。だが止めたとどう証明する!? できるわけないだろ────────っ!」


「いえ、できますよ。だってあなたたちの足、しもやけになっているじゃあありませんか」


「!!??」


 二人は己の足元を見る。水分は丁寧に拭き取られていたが足は赤く染まっている。


「列車前方の4本の痕跡は貴方たち兄弟が列車を人力で止めた証。あとは遠隔か協力者の力でブレーキ音らしき音を鳴らせば乗客は列車が止まったと錯覚する。多少荒っぽいですがね」


「ぐ、ぐぅ~~~っ!」


「犯人はそのGの力でスペシャルフェネクスを足からその部屋に突っ込ませた。だから密室でも全く問題は無いんですよ。だって殺されたのは密室内からじゃないんだから」


「な、なんという冷静で的確な推理力なんだ!」


「じゃがそれほどの大掛かりな技、Gが発生するタイミングで都合よく食らわせられるものなのかのう?」


 車掌の指摘が入る。確かに不意打ちといえど必殺技フェイバリットはレスラーならば全力をもってあたる警戒対象だ。示し合わせても一定のタイミングでジャストに決められるものではない。


「ええ。だからもう一つ前提の逆転。スペシャルフェネクスが死んだのはこの部屋ではありません。車外で列車の天井に叩き落されて死ぬかそれに近い負傷を負いました」


 これが第2の前提の破壊。車内に残された凶悪な破壊痕と酷い状態のスペシャルフェネクスの遺体。

 これをつなげて考えてしまうこと。それこそが犯人たちが作った心理的トラップだった。


「だがスペシャルフェネクスは受け身の達人だ。相当な一撃でなければ倒すこともままならん男であるぞ」


 そう、今は死んでいるがスペシャルフェネクスはかなりの実力者で、その防御力はかなりのものだ。

 そんな彼を倒した必殺技フェイバリットだ。相当の威力がなければならない。


「ええ、ですから彼を倒したのは合体技です」


「合体技だと!?」


「ええ、まずラージボディががラ・マテマティカをスペシャルフェネクスに空中で仕掛けます。これを100パワーとしましょう。そしてゼブラマンがそれに弾丸回転を加えます。それで2倍の200万パワー」

「さらに二人もろともバタフライマンがパイルドライバーを仕掛けることで荷重は2倍に、速度も2倍。物体がぶつかる衝撃は速度の2乗になるのでさらに倍」


「つまり、16倍の1600万パワーの悪魔の矢となるのです!」


「ゲゲェ──────ッ!! な、なんという残虐な必殺技フェイバリットなんだ────────ッ!」


 うむ。本日もフィード君のリアクションは素晴らしい。

 これだから推理のしがいがあるというものだ。


「さらには着地時の衝撃で首折り・股裂き・背骨折りを同時に行えます」


「…………こ、こわい………………」


 技巧と強力と飛翔の3つが合わさった最強のスリープラトン。3人がかりの攻撃を受けて無事なものなどいるわけがない。

 まさに神の力と言える必殺技フェイバリット


「ラージボディさん、貴方は死体を見たとき『気持ちが悪い』とおっしゃっていた。ですがそれは死体を見たからではなく必殺技フェイバリットの反動だったのではありませんか?」


「なにが知性だ! そんなんで俺が犯人だというつもりか!?」


 ラージボディはわかりやすく狼狽する。全く分かりやすい犯人たちだ。


「ええ、必殺技フェイバリットは受けた側もそうですが仕掛けた側も何らかのダメージを負う。恐らくスペシャルフェネクスさんの次にダメージが大きいのはパイルドライバーを受けた貴方。だからあの時具合が悪そうだったんでしょう?」


「そして窓から車内に乗り込む。カムフラージュのため他の窓も割ったが、密室を維持するためにあの部屋だけは割ることができなかった」

「もちろん技を仕掛けた列車の窓は必殺技フェイバリットの衝撃で割れてしまいますからどこで殺害したのか分からなくするためでしょう」


「そして車掌さんがカムフラージュの車内放送で我々をごまかし、シグマ・ランサーズの兄弟の行為を黙認し、隣の部屋の鍵を開けて3人を外に出したら証拠は隠滅。そうでしょう? 皆さん」


 謎解きは終了。周囲の者たちは一言もぐぅの音すら上げることなく黙りこくる。

 全員犯人。まるでアガサ・クリスティーのオリエント急行殺人事件のよう。


「そうなのだ~~~っ! あのフェネクスは卑怯な手で我々に前科を課し、パワハラを働いてきたんだ。それに皆から集めたマッスル・プリンシーズの活動資金を着服していたんだ~~~っ!」


「我々シグマ・ランサーズの仲間は彼の手で死んでいったものたちが何人もいるんだ~~~っ! それも彼は巧妙にルールの裏を掻いたり弁護士をつけて罪から逃れていたんだ~~~っ!」


「そうじゃ、やつはまさしく悪魔フェネクスじゃ。悪魔のような男だったんじゃ~~~っ!」


 犯人たちから被害者への罵詈雑言が次々に上がる。彼らは共同でスペシャルフェネクスの殺害を計画していた。恐ろしく計画的な犯行。

 私の生涯でもこの事件を忘れることはできない。それほどの大きな謎だった。

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ボイルドエッグ特急殺人事件 留確惨 @morinphen55

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