愛は赦す

タッチャン

愛は赦す

 人物

神崎シゲル(サラリーマン、既婚者)

笹岡ユカリ(ショップ定員、独身)

神崎アユミ(専業主婦、シゲルの妻)


 エピソード3、シーン8

神崎シゲルとアユミが暮らす2DKのアパート、201号室にアユミの大学時代の友人、ユカリを招いて3人で食卓を囲んでいる。神崎アユミはミートソーススパゲッティーをひと口食べ、視線を落としながら問いかける。


アユミ:いつからなの?


シゲル:(狼狽えた様子で)その、あの、本当に申し訳ない。(深々と頭を下げる)


アユミ:(スパゲッティーを食べながら)そうゆうのいいから。で、いつから?


シゲル:2ヵ月前から…です。


ユカリ:アユミちゃん、聞いて欲しいの。シゲルさんは何も悪くないんだよ。私が悪いの。私から誘ったんだよ。本当にごめんなさい。


アユミ:(鋭い目つきを向けて)あんたは黙ってて。それに、あんたから誘ったにしても断らなかったシゲル君が100%悪いでしょ。僕は結婚してます。愛する妻がいますって。ねぇ、シゲル君?


シゲル:(黙ったまま目の前のスパゲッティーを見つめる)


アユミ:聴こえなかったのかな?まぁいいや、二人とも冷めない内に食べてよね。それ、私の手作りミートソースなんだ。早く食べてよ。早く。


シゲル:(ひと口食べて)美味しいよ…


ユカリ:(ひと口食べて)美味しいです…


アユミ:良かった!時間かけて作った甲斐があったよ。それで?シゲル君、何で浮気したの?この子が私より胸が大きいから?私より優しくて甘いから?あっ、髪の長さか!長い方が好きなんだ?なんだぁ、言ってくれれば伸ばすのに。それか、夜の方かな?付き合ってた頃から私が主導権握ってたから、それが嫌になったとか?私はシゲル君がMだと思ってたんだけど、本当はSなのかな?それかな?黙ってないで答えてよ。何?何で?教えてよ。


シゲル:(上目遣いで)これ言っても怒らない?


アユミ:(食い込み気味で)これ以上に怒らせる事があるの?前置きはいいから早く言えよ。


シゲル:ごめん…その、君の束縛が嫌になって…魔が差したんだ。付き合ってた頃は穏やかだったのに、結婚してから段々と変わって行く君の様子に耐えれなくて。


ユカリ:アユミちゃん、聞いて。その当時、私が付き合ってた彼との関係をシゲルさんに相談してたの。優しく相談に乗って貰っている内に段々とシゲルさんに惹かれて。本当にごめんなさい。


アユミ:(シゲルに視線を向けたまま)私が束縛?そんなのしてないよ?それ具体的に教えてよ。


シゲル:一番堪えたのが、仕事中に何度も電話をかけてきた事だと思う。それに、電話の最後に必ず愛してるって言わないと怒る所とか…会社を出てると君が毎日待っている所とか、上の人と付き合いで飲みに行く時も離れた席で僕を見張ってる事も、僕にとっては耐えれない事だったんだ。ずっと前に君にそれを止めて欲しいと頼んでも聞いてくれなかったし。


アユミ:(ひと口食べて)私はシゲル君の奥さんなんだから、それくらい当たり前でしょ?


ユカリ:アユミちゃん、聞いて。私、当時の彼から暴力を振るわれていたの。本当に怖かった。怖くて仕方なかった。でもそんな時、シゲルさんが助けてくれたの。アユミちゃんだって私と同じ立場だったら絶対に同じ事をしてたはずだよ。


アユミ:(シゲルに視線を向けたまま)私がしてた事がシゲル君に浮気をさせたのであれば謝るよ。ごめんね。でも私はあなたの妻なんだよ。心配だよ。当たり前の気持ちじゃない?だってシゲル君は格好いいし、優しいもん。他の女の子がちょっかい出すかもしれないからじゃん。私が守ってあげなきゃ。


シゲル:(勢いよく椅子から立ち上がって)それが駄目なんだよ!止めて欲しいんだよ!それって、僕の事を信用してない証拠だよ?僕が君から解放される時は、休みの日に釣りに行く時だけなんだ。それ以外は四六時中君に見張られての生活だなんて、誰だって頭がおかしくなるよ!誰だって他の女性に目を向けたくなるよ!


アユミ:(口元を拭いて)釣りに行くって嘘だったんだね。この子と会う為の口実だったんだ。


シゲル:あっ。(顔を歪めてゆっくり椅子に腰掛ける)


アユミ:それしかこの子と会う方法は無いよね。シゲル君、付き合ってた頃から本当に釣りが好きだったもんね。信じてたのになぁ。今の私の気持ち分かる?分からないよね。シゲル君には分からないよ。裏切られた人の気持ちが。悲しいな。


ユカリ:アユミちゃん、お願いだから聞いて。私、シゲルさんともう会わないよ。約束する。今後一切連絡もしないし、会わない。だからシゲルさんを許して欲しいの。お願い。


アユミ:(ミートソーススパゲッティーを食べきる)


シゲル:(手元のフォークを見つめながら)アユミさん、ごめん…これしか言えないよ。本当にごめんなさい。


アユミ:(立ち上がって空いた皿を流し台に持っていき、下を向くシゲルを見つめて)いいよ。許すよ。


シゲル:え?(困惑した表情でアユミを見る)


アユミ:(椅子に腰掛けて)許すよ。だって私、シゲル君の事好きだもん。だから許します。


ユカリ:アユミちゃん、それ本当?(微笑んで)良かった。あのアユミちゃん、本当にごめんなさい。約束通り、シゲルさんとはもう会わないから。


アユミ:(鋭い視線をユカリに向けて)あんたいつまで居座るつもりなのよ?何してるの?さっさと出てってくれない?ほら、早く。いや、食べなくていいから、出てってよ。警察呼ぶよ?そうだ、これだけは言っといた方がいいかな、勘違いしないで欲しいんだけど私はあんたの事許してないから。絶対に許さないから。さっさと消えてくれない?


(笹岡ユカリ、驚いた表情をした後、うつむきながら早足でドアへ向かい退場する)


シゲル:いや、その、本当に許してくれるの?僕が言うのもなんだけど、別れるとかはしないの?


アユミ:しないよ。それに今までの事は謝るよ。ごめんね。私がダメだったよね。反省するよ。


シゲル:うん…僕の方こそごめん。本当にごめん。


アユミ:(シゲルの隣に座り、彼の手の上にそっと手を置いて)頭おかしいと思われるかもしれないけどね、私ほんとに好きなんだよ?シゲル君の事。あなたがいないとダメになっちゃう気がするの。だから、これからは今まで以上にあなたを守らないといけないと思った。私、これからも頑張るから。


シゲル:(体を震わせて)それって…


アユミ:(笑顔を見せたあとシゲルを抱き締める)これから先ずっと、いっぱい愛してくれるなら浮気した事なんて忘れちゃうよ。勿論、私も沢山愛してあげるからね。


シゲル:(小さなため息を漏らす)


アユミ:(シゲルの耳元で囁く)これからもよろしくね。ねぇシゲル君、愛してるって言って。


ナレーション:ニーチェは言った。「愛は赦す。愛は、欲情することをも赦す」と。どの様に解釈をして、どう受け止めるかは、一人一人によって違うだろう。愛もまた、一人一人によって違う形を持つように。


エピソード3、シーン8 カット。

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