第5話 最高の酒を飲む男

大学の寮の同窓会の席上、親友のKから「お前は人見知りが激しい、直せ」と指摘を受けた。あれは30代半ばの頃であったろうか・・同窓会は大学のあるU市で毎年開かれ、未だに続いている。

 地元か、関東近辺の者が多い。大阪くんだりから行くのは僕ぐらいである。旅費だってままならない。でも、学生時代の友はいいものだ。まして寮は寝食を共にした仲である。ツーといえばカーである。ツー、カーの仲で飲む美味い酒に釣られて、大枚の旅費を奮発するのである。


 Kに言われることは自分でも気にしていることであった。喋らないワケでもない。知り合えば、「お前は結構喋るんや」と思われ、付き合いが深くなると「お前は喋らん方がええ男に見える」になってしまう。

 初対面に弱いのである。そしてこのことが女子学生となると、ガールフレンドとは無縁の悲しい存在となる。理屈っぽい女子大生は好かんとうそぶいて、モテもしないのに夜の街に出かけることになる。

 少なくとも、お商売の女性は向こうから話しかけてくれる。ようはどう話して会話を成り立たせて行くかの技術がないのである。


 これから一人前に取引先との付き合いをしなければならないのに、そんな人見知りではいけないことをKは言っているのである。訓練あるのみ、習うより、慣れろとアドバイスされた次第なのだ。


 さっそく、帰りの新幹線の中で試してみた。横浜駅から隣の席にスタイルの良い女性が乗ってきた。窓際の席である。重い荷物を上げようとしたので手伝った。それを機に「どちらまで」と話しかけた。

「名古屋です」

「僕は大阪です。大阪は行かれたことはありますか、大阪は・・」と話を引き出そうとする。

 向こうから車掌がやって来たら、女性は立ち上がり、通路に出て車掌に何やら話しかけていた。「スイマセン、荷物を下ろすのを手伝っていただけません」と云って、その女性は違う車両の席に移って行った。煩さがられたのである。


 空振りだと思うと急に空腹を覚え、ビッフエに行った。今の新幹線は速くなったこともあるのだろうが、食堂車を無くしてしまった。お弁当に缶ビール販売と味気なくなった。白いクロスに、ビーフシチュウーに瓶ビール、どうして旅の楽しみを奪い、効率一辺倒の無機質なものにしてしまうのかと残念がるのは僕だけであろうか。


 4人席テーブルに50歳ぐらいの男性が一人でお酒を飲んでいる。日本酒である。ビッフエでは日本酒の客は少ない。ゆっくりと美味しそうにおチョコで飲んでいる。僕は例のビーフシチュウーに瓶ビールを注文し向かいに座った。いかにも美味しそうに飲んでいる。思わず、「美味しそうですね」と云ってしまった。

「そう見えますか。美味い酒なのです。実はいいことがありましてね」と云って、お銚子とおチョコを注文して、「一杯どうですか」と注いでくれた。


「長年研究してきた製品が、やっと取引先に認めて貰って採用になったのです。これを帰って会社のものに知らせたらどんなに喜ぶかと思うと、ついね。そう見たのですね」と話した。岐阜で電気関係の中小企業を経営しているとその男性は語った。

「それはおめでとうございます。どんな製品なんですか?」男性の雰囲気が良かったのか、自然に言葉が出て来た。「失礼ですが、あなたのお仕事は?」と訊かれた。「婦人服関係です」と返事を返した。


「服屋さんに、どう話したらいいのでしょう。センサーわかりますか?」

「熱を感知するセンサーぐらいはわかります」

「一番単純なセンサーですね。エーっと。例えばお豆腐屋さんが手でお豆腐をすくい上げてきますね。壊れぬように形状と重力を感じながら、水の抵抗を加減しながらね。例えば卵をロッボットの手で一個つまんで運びますね。形状と厚さを加減しながら壊さぬように。人間の手は最高のセンサーなのです。マー、チョット複雑なセンサーを開発した次第なのです。うちが上場会社ならあなたにウチの株を買うことを勧められるのですが、上場でないのが残念です」とにっこり笑って、「もう一杯どうですか」と僕の盃に注がれた。それを飲み干して「返杯」した。それから話が弾んで気がつけば名古屋についてしまった。

一人でゆっくりされていたところを、邪魔したのではないかと思ったが、

「ありがとう。話し相手があって美味しいお酒が余計に美味く飲めました」と男性は握手をして降りた。


 僕はそれから、機会があれば初対面の人に話しかけることにした。美人でスタイルのよい女性は避けたが・・。いつしか人見知りは直っていた。

僕も会社の経営に携わったが、このような最高の酒を飲む機会は作れなかった。最高の酒を飲んでいる男の姿は遠目にもいいものです。


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列車の中の忘れえぬ人たち 北風 嵐 @masaru2355

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