第11話 その少女、舞い踊る(後)

 流れる静寂。

 乾いた音を立て、転がるチップが壁に当たり、倒れる音だけがその場に響く。

 誰もが気まずそうな表情浮かべる、その中で。

「ヒャヒャヒャヒャヒャッ!」

 大きな声で笑いだしたのは、一人のディーラー。

 静寂を破るその笑い声に、全員の目がそっちに集中するが、そのディーラーは全く気にすることなくセリスを指さし。

「アイツ、取れずに落としてやんの! あの場面で普通落とすかぁ?」

「お、おい……」

 不安そうに止めようと他のディーラーが声をかける。

 しかし。

「なぁ、お前らも笑ってやれよ、あのチップ扱いがへたくそな機械人ぎょ……ゲファッ!」

 笑うディーラーがセリスのほうを向いたその瞬間、いつの間にかに目の前まで迫っていた彼女の拳がその顔に深くめり込んだ。

「あー……」

 予想通りといった展開に、頭を抱える男たち。

 一方、大笑いした当のディーラーは、放物線状に鼻血を飛ばしながら、後ろにと倒れる。

 そして、セリスは手についた返り血を払いながら、その場にいる人間を一通り見渡し。

「今、何も起きなかったわ、いいわね?」

「おっと、そこまでです」

 拳を握り締めるセリスに逃げ腰の男たち。そんな彼女らに待ったをかけたのは、リーダー格の黒スーツを着た男であった。

 セリスのドジから男が倒れるまでの間に、多少冷静さを取り戻したのか、穏やかな口調に戻り。

「いくらやられているのが下っ端とはいえ、これ以上暴れられると、我々としても少々痛手でしてね。ここは我々も奥の手を出すとしましょう」

 そう言うと、男は奥の扉のほうへ目を向け。

「先生、お願いします!」

「ほほぅ、もう儂の出番かの」

 黒スーツの男の声に呼応し、奥から響いたそれは、低い男の声であった。

 それは若くなく、少なくても初老といった様子の声。

 その声に、黒スーツの男は満足そうな笑みを浮かべ、セリスのほうに向き。

「これで貴女の命運は尽きましたな、今のうちにスクラップ工場の手配でも……って、何平然と近づいて……」

 突如焦りの色を浮かべる男。

 それもそのはず、呼んだ先生がまだ来ていないこの状況で、何事もなかったかのようにセリスが歩み寄ってきたのだ。

「ちょ、ちょっと待ちなさい! これから先生がくるのですよ!」

「いや、なんか用心棒っぽいのが来るってわかってるし、先に片付けちゃおうかなって」

 焦る男に対してセリスは笑みを浮かべ、その腕をガシッとつかむ。

「き、貴様ぁ、こういう時は待つというお約束はどこにっ!」

 怒声を上げ、男は懐からスタンガンを取り出して、彼女に押し付けようとする。

 しかし、一度それを喰らった彼女には想定内であり、男の手が動くよりも早く、彼の腕を関節とは逆方向に曲げる。

「ぐわぁぁぁぁっ! 痛い痛い痛い痛いっ!」

 悲鳴のような叫び声、そして痛みのあまりに手にしたスタンガンを床に落とす。

 彼女はそれを踏みつけ、破壊したのちに。

「だって、ほら、私って悪だし」

 彼女は男を担ぎ上げ、そのまま頭から床にと叩きつける。

 安普請だったのか、彼女のパワーが規格外だったのか、はたまた男の頭が想像以上に固かったのか、鈍い音とともに頭から床にと男は突き刺さった。

 そして、新手のオブジェとなった彼は、その場でぴくぴくと痙攣を起こしていた。

「さーて、次は……」

 それを尻目に、次のターゲットを探すべく、瞳のカメラアイが音を立てながら周囲を見渡す。

 そこに。

「こんなに儂の出番が早く来るとは……」

 奥の扉が開き、現れたのは紺色の人民服を身にまとった老齢の男。

 痩身であるが、いかにも達人といった雰囲気を醸し出す彼は、視線の先にセリスを捉え。

「ほう、こんな小娘が……んっ!?」

 彼は気づいた。

 彼女の横に突き刺さっている異様なオブジェに。

 高級なオーダーメイドの黒スーツに身を包み、頭から床に刺さって痙攣しているそれは、自分を呼んでいた男性だということに。

「きょ、許さんー!?」

 叫ぶ老齢の男。

 そして、そこに立つセリスを指さし。

「貴様が許さんを、許さんぞっ!」

「なんでろう、特に聞いている分には問題のないのだけど、この紛らわしい感じ……。きょ、って言うんだ、この男……」

 首をかしげながらつぶやくセリス。

 だが、老齢の男はそれを無視し。

「儂の恩人たる許さんにこのような仕打ちを、生きて帰れると思うな!」

 猛々しく言い放ち、老齢の男はゆっくりと構えをとる。

「おおっ、劉さんが青龍の構えをとったぞ!」

「こりゃ本気だぜ! あのサイボーグ女をぶっ壊してくれ!」

「覚悟しとけ、こうなった劉さんはだれにも止められないぜ!」

 沸き立つ周囲。

「たとえサイボーグといえどもその脳は生身。儂の気は内部だけ破壊することも可能だぞ!」

「ご丁寧にどうも……」

 構える劉とよばれた老齢の男に、セリスが答える。

 そして彼女は。

「ここで戦うのもいいのだけど、せっかくだから外でやらない? そこのアレもなんかそこら中破壊されるの嫌がっていたし」

 と、床に突き刺さった男を指さす。

「許さんがそう言っているのなら。よかろう、死に場所ぐらいは選ばしてやろう」

「感謝するわ」

 劉の言葉にそう返すと、彼女は自分が入っていた入り口のほうにと歩き出す。

 そして、ドアを開け、自分が出たその瞬間。

「じゃあねっ!」

 声と同時に彼女は勢いよくドアを閉める、そして、そのパワーでドアノブが回らないように破壊して一目散にビルの出口へと走りだした。

「え……?」

 何が起こったのか理解できない様子で、目を丸くさせる男達。そして。

「あ、あのサイボーグ小娘、逃げやがった!」

 一人の男の声に、皆が我に返る。

「あ、くそっ! ドアが開かねぇっ!」

「くそっ、ぶちこわせ!」

「ちくしょうめっ!」

 数分後、男達がドアを蹴破った頃には、すでにセリスの姿はそこになかった。

 ただただ彼女が入るときに痛めつけた男だけがそこに転がっていた。

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封鎖都市の機械化令嬢 鳩ヶ谷沙織 @cyberceles

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