第10話 その少女、舞い踊る(前)
「感謝するわ」
「私が連れて行けるのはここまでよ」
彩玉最大の暗黒街と評されるN地区、その一角にある雑居ビルの前。二人の人影があった。
それは、バイクにまたがる美女、ナターリア。そして、バイクから降りて雑居ビルのほうへと歩き出す機械の美少女、セリスの姿。
「さすがにここから先はつきあう気はないわよ」
「わかってるわよ、……ああ、つきあわせる気はないけど、一つ頼み聞いてくれる?」
思いついたような表情を浮かべて戻ってきたセリスは、ナターリアに耳打ちする。
それを聞いたナターリアはため息一つ。
「わかったわ、わかったわよ。それぐらいなら……」
ため息交じりの言葉に、セリスはにっこりと微笑み。
「それじゃ、行ってくるわ」
「ま、せいぜい気をつけなさい」
ナターリアの声を背に、彼女は雑居ビルの中へと入っていった。
雑居ビル自体、セキュリティはないに等しいものであった。
ビルの中に入ったセリスは、何事もなくエレベーターにたどり着き、目的階層のボタンを押す。そして、エレベーターの中に設置された監視カメラに向かって、にこやかに手を振る。
「順調順調」
にこやかな表情のまま口にする。
それは当然である。これから向かう先は、黒龍宝会が運営する闇カジノであるため、来る客を拒むはずがないのだ。
もし、拒むところがあるとすれば。
「お客様、当店は紳士淑女の社交場となっております……。ですので、その服装は……」
エレベーターを降りた直後。
カジノの入り口、そこで見張りをしていた係員の男たちに止められたのであった。
「な、なによ、私は客よ!」
「ですが、当店は学生様には……」
問題は服装であった。
ブレザーという完全に高校生そのものの服装のせいで、セリスは止められていたのである。
「ちゃんと掛け金とか持ってきてるのよ!」
「ですから、そういう問題ではなく……」
少し厚くなった折り畳み式の財布を見せつけながら喚きたてるセリス、そしてそれをなだめる係員の男。
こうなると、どう見てもセリスのほうが悪質なクレーマーである。
そして、しばらくの問答のうち、クレーマーは業を煮やしたのか。
「えい」
「グホォ!」
なだめる男の腹部に、拳を叩き込んだのだ。
見た目は女子高生ながら、戦闘用サイボーグにも劣らない出力のでる彼女の身体。その拳が生身の人間の腹部に突き刺さる。
あまりの衝撃に、嘔吐しながらその場に崩れるその男。
「な……」
あっけにとられるもう一人の見張り。彼女はその隙を見逃さなかった。
「とうっ!」
まるでヒーローのような声を上げ、男の側頭部にチョップを叩き込む。
しかしだった。
「ぐあぁぁぁっ! 痛いっ! すごい痛い!」
痛みのあまりに転げまわる男。
「あれ? 映画だったらこれで意識失うはずなんだけど……。もう一回」
「ぐぎゃぁっ!」
再び男の側頭部に一撃を入れる。
しかし男の意識は途切れず、痛みに悲鳴を上げる一方だった。
「うーん、ま、いっか」
腹を殴られうずくまる男と、痛みに転げまわる男。
彼女はそれを無力化したと納得し、ドアノブに手をかける。その時だった。
「なんだなんだ!」
「明らかに外の様子がおかしいぞ!」
「サツの手入れか!? 野郎、準備しやがれ! お客様はこちらに」
ドアの奥から聞こえるあわただしい声。
男の悲鳴が中に状況を伝えてしまっていたのだ。
「あー、もう……」
いらだちを隠せない表情を浮かべるものの、ここまで来た以上はもう引くこともできない。
意を決した彼女はドアノブを回し、扉を開く。
「いらっしゃいませ」
開いたその先、そこはどこにでもあるようなカジノの光景であった。
ブラックジャックやバカラ・ルーレットなどのテーブルと各台に立つディーラー、壁際に並ぶスロットマシーンの筐体。そして入ってきた彼女をうやうやしく出迎えるバニーガールやウェイター。
だがしかし。
「誰だか知らねぇが、歓迎……学生ぃっ!?」
ブラックジャックのディーラーが銃を向ける、が、入ってきた彼女の姿に驚きの声を上げる。
外の様子から、警察やもしくは何かしらの対抗組織・ヒーローなどが入ってくると想定していたのだが、いざ実際に来たそれは傘一本持っただけのブレザー姿の女子であったのだ。
驚く男をよそに、セリスは今しがた入ってきた扉の鍵を閉め、手に持った傘の柄をテーブルにあったグラスにひっかけると、それを振りぬく。
「ぐはっ!」
傘にひっかけられたグラスがそのまま一直線に飛び、男の眉間にと直撃。
割れるグラスに倒れる男。
「テメェ!」
一拍おいて激昂する他の男たち。しかし。
「う、うまくいった! 練習しててよかったぁ! 映画で見た時からやってみたいと思っていたの!」
そんな男達に目もくれず、一人恍惚の笑みを浮かべるセリスの姿。
この一連の流れ、夜な夜なプラスチックのカップと傘を使い練習していた成果が出た瞬間であった。
「かっこいいでしょ? ねぇ、今のすごいかっこよかったでしょ?」
「な、なんだこのガキ……」
男たちに向かって狂ったような笑顔を向ける彼女に対し、男たちは不気味さを感じたのか、銃を向け。
「やっちまえ!」
一斉に銃が火を噴いた。
その音に、バニーガールやウェイターたちはいっせいに床に伏せ、セリスも我に返り、近場のテーブルを立て、そこに身を隠す。
「せっかくうまく行ったのに、これじゃイマイチ格好がつかないわね」
貫通はしないものの銃撃を受けるテーブルの裏でそう呟き、彼女は一呼吸。
そして、銃撃の途切れる瞬間を狙って飛び出す彼女。まず狙いをつけたのは、一番近いポーカーのテーブルであった。
「こ、この……!」
飛び出してきたセリスに対し、銃で狙いをつける。
しかし、狙いをつけられた側はそれを理解しているのか、狙いが定まらないようジグザグに走りながら迫り、テーブルの上にと飛び乗って。
「グフッ!」
男の側頭部に向かって振りぬかれる右足。鈍い音と共に倒れる男。
そして、セリスは倒れた男の首根っこをつかみ上げ、それを盾にしてほかのテーブルににじり寄る。
「汚ぇっ!」
「卑怯だぞ!」
「これだから、最近の若い者は!」
男達から飛び交う罵声にも涼しい顔のセリス。
正義の味方でもヒロインでもなく、悪の秘密結社の首領を自称している彼女からしてみれば、むしろその罵声は心地いいものであった。
気をよくした彼女は、さらに目立つように男を盾にする。
「ほらほら、どうしたの?」
仲間意識があるのか、ほかのテーブルからの銃撃がピタリとやむ。
こうなると、セリスの独壇場であった。
「いっくわよー!」
左手で男を盾にしたまま他のテーブルに走りこむと、うろたえる相手に右ストレート。
倒れる相手には目もくれず、次のテーブルに走りこんではテーブルごとディーラーの男を蹴り上げる。
宙に舞うチップの中、不敵な笑みを浮かべる彼女に。
「も、もうかまうことはねぇ! 撃て! 撃つんだ!」
悲鳴のように号令をかける一人の男。
そこにだった。
「そこら辺にしていただけませんかな?」
奥から響く男の声。
その声に、銃を持っていた男たちが一斉に改まる。
「貴方……」
盾にした男をポイ捨てし、苦虫を噛み潰したかのような表情と声でセリス。
姿を現した黒いスーツの男、その顔に覚えがあった。
「お元気そうで何よりです、あれだけの電流を食らわせたというのにもうピンピンしているとは、流石機械人間といったところですかな」
にやけた顔で黒スーツの男がいう。
それは先日、エリーを狙っていた男。そして、戦闘の末に彼女にスタンガンを喰らわせ、病院送りにした張本人。
「エリーはどこよっ!」
そんな彼を前に、最初に出た言葉はそれだった。
自らの恨み言でもなく、奪い合っていたぬいぐるみでもなく、彼女が真っ先に問いただしたのは行方が知れない少女のことであった。
「そんな怒声を上げずとも、彼女なら無事ですよ。ほら、この通り」
「お姉ちゃんっ!」
引っ張られるように連れてこられた少女が声を上げる。
黒髪のツインテールに浅黄色のワンピース、そして手に持ったクマのぬいぐるみ。それは、まぎれもなくエリーであった。
特に異常もない少女の姿に、セリスは安堵の表情を浮かべ。
「無事だったのね、なにもされてない?」
「私は大丈夫。でも、お姉ちゃんが……」
セリスがやられる現場を目撃していたエリーは、彼女の問いかけに申し訳なさそうに答える。
そこに。
「我々が保護したのだよ、感謝していただきたいところですな」
と、黒スーツの男。彼は続けて。
「我々としてはそのぬいぐるみだけでよかったのですよ、中に入ってるデータに用があるのですから。貴女もそうでしょう?」
「うーん、そうね。乗りかかった船でここまで来ちゃったけど、そもそもエリー助けてそのデータで身代金ガッポリもらうぐらいの感覚ね」
答えるセリスに、黒スーツの男は笑みを浮かべて。
「では、これでどうです? 貴女が欲しがってる身代金相当額とこの子の身柄を引き渡しましょう。それでこの一件から手を引いていただけませんかね? 我々としましても、これ以上貴女に暴れていただくのは、いささか……ですね」
男はあたりを見渡す。
セリスが暴れた結果、ボロボロになったカジノを。
「ずいぶんな有様ね。客は巻き込まれなかったのかしら?」
と、やった本人が他人事のようにつぶやく。
「入口で貴女が随分と大声で揉めていらっしゃいましたから、避難も間に合いましたよ。我々としましては、警察の手入れも想定していましたが……。さて、それではそろそろ答えを」
「お姉ちゃん、だめーっ!」
「お静かに!」
少女を手で制し、黒スーツの男はセリスのほうに一歩近づく。
「確かに、悪くない条件よね」
「でしょう」
「お姉ちゃんっ……」
にこやかに笑む男と対照的に、泣き出しそうなエリーの声。
「では、交渉成立というこ……おや? どういうことですか?」
黒スーツの男の視線の先には、自分にと傘を向けたセリスの姿。
「武器を向けるとは穏やかじゃありませんね? 悪い条件ではないのではなかったのですか?」
「ええそうね、悪くない条件だわ。だけどっ!」
言葉と同時に、一足飛びに走り込むセリス。そして男に向かって振り抜かれる傘の一閃。
しかし、男は後ろに下がりすんでの所でそれをかわす。が。
「確かに、返してもらったわよ」
「お姉ちゃん!」
傘の一撃に気を取られたその瞬間、セリスはエリーの腕を引っ張り自分の方にと引き寄せたのだった。
そして、彼女の元に戻ったエリーは、笑顔を浮かべてセリスに抱きつく。
「お姉ちゃん、てっきりもうお金で諦めちゃうのかと……」
「うーん……、私ってそんなに信用ないかな……。あ、ちょっとこれ貸して」
エリーの言葉に頬をかき、ぬいぐるみを借り受けて、男の方にと向き直った彼女は。
「ついでにこれも、返してもらったわ」
見せつけるかのように、それをクルクルと回す。
「説明、していただけますかな……?」
そんな彼女に対して怒気をはらむ声でスーツの男。冷静そうな口調であるが、その手は怒りで震えていた。
しかし、そんな様子もどこ吹く風で彼女は。
「悪くない話、なんだけどね。よくよく考えたら、私って電撃喰らってひどい目にあってるのよ。だから決めたの」
ぬいぐるみを一回転、いたずらっぽく笑みを浮かべ。
「貴方たちが歯ぎしりして悔しがるところを見てみよう、ってね!」
「この、機械人間が……!」
吐き捨てるような言葉とともに男は懐から銃を抜く。
それと同時に、それまで控えてた周囲のディーラーやウェイターもまた銃をセリスへと向ける。
だが、セリスは眉一つ動かさず、ぬいぐるみをエリーに返し。
「じゃあ、エリー。走って! 下に私の友達がいるから、送ってもらって」
と、笑顔で微笑みかける。
しかし、エリーは不安そうな表情で。
「で、でも、お姉ちゃんは……?」
「大丈夫大丈夫、二度は負けない!」
「でも……」
「問題ないわ、走って!」
セリスに背中を叩かれ、エリーはぬいぐるみを抱え走り出す。
「テメェ!」
一人のウェイターがそれを追いかけようとする、が。
「はい、プレゼント」
ルーレット台にあったその本体、ホイールを軽々とつかんだセリスは、追いかけるウェイターへと投げつける。
「グボォッ!」
横から飛来したそれを男はかわし切れず、ホイールを腹に受け、そのまま壁にと突き刺さった。
「追いかけれると思ったら、大間違いよ」
そう言いながら彼女は次に投げる用にと、テーブル上のチップを自分のもとにかき集める。
「もうかまわん! その機械人間を廃棄場送りにしてやれ!」
「本性出たわねー」
声を荒げる男に、セリスはチップを一枚指で弾き。
「それじゃ始めましょうか、最低最悪のパーティーを」
自信満々な表情を浮かべ、落ちてくるチップを片手で取ろうとする。が、目測を誤ったのか、チップを取ろうとした手で弾き、軽い音を立てて床にと転がった。
「……始めましょうか、最低最悪のパーティーを!」
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