第2章 盛夏
第13話
自殺を考えたことのある高校生と、考えたことがない高校生では、どちらが多いのだろう。
どこかで正確な調査が行われているかどうかは分からないけれど、おそらく多いのは後者だと思う。というか、そうであってほしい。自殺を考えたことのある高校生の方が多いなんて、あまりにも希望がない。
けれど、自分をどちらかに当てはめなければならないとしたら、僕は前者だ。本気で死にたいと思ったことはない。例えば安楽死だとか、一切の苦痛なく死ぬことができる環境が目の前に整えられたとしても、僕は「いや、実は死にたくないんですよ」と言うだろう。やっぱりそんなに死にたくなかったみたいです、と。僕の死に対する渇望はそのくらい曖昧で、質量の軽いものだ。
もしかすると、このくらいであれば誰だって感じているものなのかもしれない。僕と同じ学生だって、会社員だって、主婦だって。
たくさんの人の前で恥をかいた。死にたい。今日も満員電車に揺られている。死にたい。なんとなく生き辛いから、死にたい。生きる理由が特にない。だから、死にたい。
希望がないな、と僕は思った。
僕は、生きたいと思いながら生きていけるほど、前向きではないのだ。けれど、死ぬのは怖い。だから、死にたいと考えながら生きなければいけない。
蒸し暑く、憂鬱な朝だった。今日は夏休みにも関わらず学校に登校しているので、より一層その気持ちは強い。
僕が教室に着いたときには、既に生徒の自殺の話題で持ちきりになっていた。あちこちで様々な憶測が飛び交っている。クラスで浮いていたらしいだとか、誰かと揉めていたらしいだとか。
そんな彼らを横目に窓際にある自分の席に座ると、隣の席で喋っていた女子のグループから声をかけられる。
「おはよ、三枝君」
おはよう、と僕は返事をする。はっりとした声が出なかったのが自分でも分かった。声が出なかったのは、寝起きだからという理由だけではない。
「ねぇ、というか聞いた? 自殺の話」
「なにも」
「新地君と川谷さん、自殺しようとしたんだって」
僕はどう反応すればいいのか困った。
同じ学校に通う生徒がふたりも自殺を図ったことへの驚きよりも、誰のことを言っているんだろうという疑問の方が勝ってしまったからだ。けれど「新地と川谷って誰?」とは聞きづらかったので「そうなんだ」と僕は驚いたような表情を浮かべながら言った。うまく顔を作れていたかどうかは自信がない。
下敷きで顔を仰いでいた別の女子生徒が、口を挟む。
「でも、どれだけ愛し合ってたとしてもさぁ。一緒に自殺ってことはないでしょ」
「だよね。なんか小説とか映画の世界みたいじゃない? 心中とか。流石にそれは行き過ぎっていうか、引く」
心中。相思相愛の関係にある男女が、共に自殺すること。
言葉の意味はもちろん常識として知っている。けれど、高校生の男女が心中をする。その具体的な光景を僕は頭に思い浮かべることができなかった。
どんな風に生きていれば、ただの高校生が「この人と一緒に死にたい」なんていう考えに思い至るのだろう。
夏空に叫ぶ 鹿島 コウヘイ @kou220
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