重い制服

城崎

降水確率95%

一週間、程度の差はあれど降り続ける雨。あと3日は、この状態が続くらしい。梅雨時期なので仕方がないとは思うけれど、降り続ける雨を見て、しかもそれを感じるというのはとてもとても最悪だ。水に濡れ風が吹き、肌が冷たい。制服がじんわりと重くなっていくのを感じる。靴が水に染み渡り、足先が生温く心地が悪い。こんなことならば、靴を履いて来なければよかった。今の自分は、靴を脱ぐ時間すら惜しい。

早く行かなければならない。つらいけれど、走らなければならない。ここで私が足を止めてしまったら、もう2度と奴には会えない、そんな気持ちを胸に走り続ける。そんなのは御免だ。間に合ってほしい一心で、足を動かし続ける。車でも運転出来ればいいのにと思うけれど、私にはあと5年足りない。5年の月日は長く、それこそ一生と変わらないように思えた。今の私には、1分だって長く感じられるだろう。

『さようなら』

そんなメッセージを1つ入れてきたあのバカは、きっと2人でよく語らった夕日の綺麗な丘に向かっているんだろう。あそこは照りつける夕日が綺麗というメリットだけでなく、高くて『さようなら』には最適であるというデメリットもある。そんなデメリットが働くとは思っていなかったのだが、奴に対しては働いてしまうらしい。その足取りが重ければいいけれど、私と同じくらい早かったら、間に合いそうにない。間に合わないことを考えると、寒さとは別に震えてしまう。そっちは私とさようならするつもりなんだろうが、こっちはさようならをするつもりなんぞ毛頭ない。まだ話しておきたいことだってあるし、これからやりたいことだってある。私はお前に、まだ期待しているんだ。

瞬間、視界が降下する。どうやら、滑って転んでしまったらしい。目の前の道を走っていた車が、私の存在を確認して速度を落とした。転んだ姿を見られてしまったらしい。ガラスは曇っているが、止まったということは向こうからは見えているということなんだろう。

「……クソッ」

平常時ならば恥ずかしい行為も、今はなにも感じない。いや、転けるという行為が時間のロスになるということで焦りは感じた。急がなければならないというのに、どうして私は間抜けなのだろう。歩幅も成人男性よりはずっと小さく、歩きづらい空間ではより進んでいないように思ってしまう。

乱れた呼吸に揺れる身体を奮い立たせるように頬を叩き、私は立ち上がって再び足を動かす。

間に合え。

間に合え。

間に合え!

私はやっとの思いで丘に辿り着いた。そこに奴の姿はなく、私はおそるおそる丘の上から下を見下ろす。

すっかり水に濡れて重くなった黒い制服姿が、そこにはあった。

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重い制服 城崎 @kaito8

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