夏を告げる雨が降って、僕は部屋で一人ぼっち

水瓶と龍

夏を告げる雨が降って、僕は部屋で一人ぼっち

「外は春の雨が降って 僕は部屋で一人ぼっち


夏を告げる雨が降って 僕は部屋で一人ぼっち」



 古いCDラジカセから歌が流れている。


 何度も何度も繰り返し聞いた。もう20年位前になるのか。

 暖かくなって雨が降ると必ずこの歌を思い出す。


 3ヶ月前に両親が死んだ。

 車での事故だった。居眠り運転のトラックに突っ込まれ、二人とも即死だったそうだ。


 俺は高校を卒業してから田舎を離れ、東京の大学を出て、東京で就職し、東京で暮らしていた。

 この田舎に帰るのは盆か正月の年に1、2回位だった。


 両親は一人っ子の俺が自立した事から割と悠々自適に暮らしていたようだ。

 親父のはカメラマンで俺が自立してからは仕事は程々にし、お袋との時間を大切に過ごせるようにしていた。

昔からの顧客や、学校などのイベントに同行する様な仕事だけをしていればこの田舎では楽に暮らせる位の稼ぎにはなっていた様だ。

 一人息子の俺に残す財産なんかはあまり考えておらず、今まで行けなかった旅行や、コンサート等をお袋と2人で行くのに時間を費やしていた。

 お袋はお袋で、前から誘われてて興味のあった出版社の推敲等をする仕事を半ば趣味の様な形でパートとして行い、他に書道や花道などの習い事を楽しんでいた様だ。


 2人とも子供の目から見ても仲が良かったし、まさに2人が目標としていた様な生活を送っていたのだ。


 後は孫の顔が見れれば、と何度か言われたが、それだけは叶わなかった。


 そんな、2人の自由な時間は一瞬にして終わってしまった。



 俺に残されたのは、両親の貯金と、この田舎にある木造二階建ての家だけになった。


 俺は、両親が死んでしまった時の事はよく覚えていない。喪主としてやる事があったし、心の準備も無く2人いっぺんにいなくなってしまったので、どこか夢の様な、現実を上手く受け止められなかったんだと思う。葬式でも涙は出なかった。


 そして49日が終わり、俺の東京での日常が戻って時間が過ぎていくごとに、両親との思い出や、笑顔や、田舎から送られてきた旅行の土産や、小さい頃に叱られたことや、今年の正月に帰った時の両親の顔など、少しづつ思い出が溢れてきて、やっと2人がもういないという喪失感が、俺の心を締め付け始めていた。


 両親が残してくれたこの木造二階建ての家は手放す事にした。


 東京での生活を抜ける気は無いし、こんな田舎では借り手もつかない。何よりもこの家がある事で、俺はずっと2人を失ってしまった喪失感から逃れられなくなり、深い所で苦しんでしまう様な気がして、早々に手放す事を決めた。


 そして、俺はこうして月に何度かこの田舎の家に来て、荷物の整理をする様にしていた。


「思った事があっても何か行動を起こさなければ、その気持ちは腐ってお前の事を邪魔するんだ」


 そう教えてくれたのは親父だった。1人でカメラ会社を建て、家族3人を養うために生き抜いてきた男の教訓だろう。俺は何か悩み事がある時に、いつも思い出す。


 実家の自分の部屋の整理をしていて、昔の文集や卒業アルバムや、自由研究で作ったガラクタや当時のおもちゃなど、自分でも驚くほど昔の思い出が残っていた。


 そんな中から高校生の頃に使っていたCDラジカセを引っ張りだし、音楽をかけた。



 外は雨が降っていて、部屋にはカセットテープからブルーハーツが流れている。


 俺は窓の外を見ながら

「一人ぼっちってこんな時の事を言うのかな」


 なんて、ぼーっと当時の自分と雨音を聞きながらこの家で過ごした「家族」を思い出していた。


 玄関の引き戸が、ガラガラ!っと勢いよく開き、「おっすー!」というよく通る声が一階から聞こえてきた。多分幼馴染の凛が来たんだろう。


 二階にいるよ、と自室から声をかけると、とっとっと、とテンポよく階段を上がる音がして凛が「おじちゃんとおばちゃんに線香上げに来たよ〜」と明るく話しながら入ってきた。


「お、太一はまた随分と懐かしいもんを聞いてるね」

 と凛はラジカセの前に陣取る様に座った。

「あぁ、押入れ掃除してたら出てきたんだよ」

「そっかぁ、太一はいっつもそれ聞いてたもんね」

 と、昔から変わらない大きな笑顔で俺を見ながら凛が答える。


 じゃあちょっと行ってくる、と凛は喋りながら立ち上がり一階の今にある親父とお袋の仏壇へ線香をあげにいった。

少ししてから線香特有の匂いが二階まで香ってきて、少ししてから凛がまた、とっとっと、とテンポよく階段を上がって部屋に入ってくる。


「今日は何しに来たんだ?」

 と凛に聞くと、

「お線香あげにくるついでに太一の顔でも見とこうかなって」

と、短く切り揃えた黒髪を揺らしながら俺の横に座った。そして、あー、懐かしいね〜、と言いながら俺が押入れから引っ張り出して来ていたものを凛は眺め回している。

「あっ!これ覚えてるよ!確か小5の時に太一が自由研究で作ったロボットだよね!」

 と、凛はダンボールを細かく切り合わせて作った拙いロボットを持ち俺の方を見る。

「この胸のとこに<ロボ>って書いてあるのがなんか可笑しくてさ、よく覚えてるよ!」

 とロボットの胸を指差しながら笑う。

確かそれは、夏休みギリギリで作った自作のロボットで形があまり上手くいかなくてロボットだという事が伝わらないかもしれないと思い、胸の所に<ロボ>と書いたのだ。

「あぁ、そんなん覚えてたんだ」

 殆ど捨てると思うからなんか欲しいもんあれば言えよ、と言うと凛は、えっ!?と驚いた様に目を丸くした。

 捨てちゃうなんてもったいないじゃん、と言いながら部屋中に広げてあるガラクタを凛は持ち上げては眺めていた。

「どうせもう使わないもんだよ。持ってったってしゃあねぇべ。過去のもんは過去のもんとして消えていくのがいいんだよ。思い出は自分の中でだけ生きていくんだから」

 と言うと凛は、口角を少しだけあげて

「また、太一はカッコつけてさ。おじちゃんとおばちゃんの葬式も時でも仏頂面で、  私の方が泣いてたじゃん。無理して背伸びなどせんでもいいのじゃぞ」

 と、凛は口角をあげたまま俺の隣に座って、それにさ、と話を続ける。

「この家だってこんなすぐに手放さなくたっていいじゃん!昔のさ、この庭で一緒にスイカ割りしたな、とか、家の中で隠れんぼしてて凛がタンスの上から落ちて大変だったな、とか色々思い出もあるじゃん!」


 確かに凛とは物心ついた頃から一緒に遊んでいた。夏は虫取りに川遊び、冬はかまくら作りに雪合戦、よくいろいろと遊んでいたもんだ。

「いいんだよ、そんなもん。思い出は思い出で心にしまっておけよ。俺はここを管理するとか、どうするとか考えるのが面倒なんだよ。こっちで住む予定もないし」

 と言うと、ふーん、そんなもんかねぇ、と凛は少し唇を出して答える。


 凛が急に立ち上がり

「さぁ!行こうか、太一君!」

 と急に大きな声で俺をこの部屋から誘い出そうとする。


 あぁ、また凛のアレが始まったのか。


 凛は雨の中を傘を差さずに外出するという「癖」があった。よく小さい頃から付き合わされた。


「お前、まだあれやってんの?」

「最近はたまにだよ。でも太一が帰って来てて雨だったらやらなきゃいけないんさ!」

 と、偉そうに言いながら、さぁ立ちたまえ太一君、と腕を大きく広げながら俺を促す。

「日本人は自然を神と崇めて進化して来たのだ。そして、自然の最も大きな恩恵である雨を目の前にしてじっとしているのは失礼じゃないかね?」

 と、凛はまるでマンガに出てくる博士の様な口調で俺を誘い出す。

 こうなったら外に出るまでこの問答は続き、ましてや雨が止んでしまったら凛の口惜しい感情を凛が気の済むまで聞かなくちゃいけないのを知っていた俺は重い腰を上げた。


 財布やスマホなど、雨に濡れてはいけないものを部屋に残して、俺と凛は夏の初めに降る雨の中、傘も差さずに外へ出た。


「さぁ、今日は森林公園まで行こうじゃないか!」


 外へ出ると先に歩いていた凛はさっきよりもさらに大きな声になって、顔中に広がる笑顔を見せて俺へ振り返りながら声をかけた。

 外はさほど強くない雨が降っているが、傘を差さずに歩いている人などいない。もっとも田舎だから人自体が少ないのだが。


 俺と凛は森林公園へ続くガードレールもない道を、雨を浴びながら歩いている。車は殆ど通らず、道には2人きり。

 俺の髪先からさっきから雫がポタポタとゆっくり落ち始めている。

 凛は時折空を見上げたり、両手を大きく広げて雨を身体中に浴びながら、俺の先を軽い足取りで歩いている。


「なぁ、お前そういえば仕事辞めたんだろ?今は何やってんだ?」


 雨を謳歌している凛に何とは無しに話しかけた。俺は無言で雨を楽しめるほど濡れるのが好きではない。


「あぁ、仕事ね。いろいろやって、いろいろ辞めたよ」

 凛は後ろを振り返らずに答えた。

「あぁ、辞めたのか。なんだっけ、どっかの会社の経理かなんかの仕事だったよな?」

 俺は雨粒を目に入れない様に目を細めながら答え返す。

「そう、会社に行ってタイムカードを押して他の社員の退勤時間とか、交通費とか、雑貨の在庫の管理とか色々やってたけどね。そんな仕事をずっとしてるとさ、自分がどんどん会社の形にハマっていく感じがして、辞めた。」

 凛はそう答えると歩みを遅めて俺の横に並んだ。

「仕事はね、簡単なの。嫌な人もいないし、お給料もボーナスも結構出るし。でもさ、しばらく続けるとね、自分って言うパズルのピースがあるとするじゃん?それは色んな気持ちの変化とかさそんなんで日々変わっていくものなんだけど、私は仕事を、だいたい毎日同じ事をしているとその自分って言うピースが、会社って言う組織が準備した形にはめ込まれていく様にぎゅーって縮められて行っちゃうように感じてさ。どうしても、規律とかルールとか立ち位置みたいなもんが出来て来ちゃって、どんなに頑張ってもそのピースにぎゅーって縮められちゃうんだ。それは会社で生きていくにはしょうがない事なんだけど、そうまでして私はこの生活をしていきたいかなって考えた時に、私は嫌だなって思ってその会社を辞めたの。だって毎日同じなんだよ?給料が上がったってさほど暮らしには影響が無いし、役職が付いたって同じ。なんか自動で遊ぶゲームみたいでさ。それで次は飲食店に転職したのよ。客商売だと毎日違う顔が来るから、これならどうかなって。でも結果は同じだった。仕事に慣れれば慣れるほどぎゅーって縮められちゃう。その会社とか仕事が好きでそこで死んでもいい、って思える様な所だったらまた違ったんだろうけど、ただ仕事しなくちゃいけないからやってただけ。自分をぎゅーって縮められなかったんよ。」


 凛は下を向いて自分を見つめ直すかの様に思い出しながら話している。


「それで、私はこのまま死んでもいいかなって、考えたら、絶対嫌だって思ったの。だから、私はこのまま死んでもいいかな、って思える仕事を探して今にに至るわけさ!」

 凛は顔をばっ、と俺に向けてにっこり笑った。

「今はね、なんて言うのかな、ハンドメイドで色んな物を作って売ってるの。ほら、私ってなにかとモノを作るの好きだったじゃない?ビーズとか石とか銀とか皮とか、色んな素材で、私が作りたいなって思うものを作って売ってるんさ。大体アクセサリーとかが多いんだけど。自分でホームページも勉強して作って、作品作ってホームページにアップして色んなトコで宣伝して、それこそ2ちゃんとかでこっそりホームページのURLとか貼りまくってね。そんで今は結構買ってくれる人多くなって、やっと生活できる様になったの。」

 凛は前を向いて雨に目を細めながら口角を上げて話している。

「その内自分の店舗を持とうかな、とか、また違うモノを作って見ようかなとか考えるとワクワクするんだよね。知ってる?今はダンボールで作った財布が2万円位で売れちゃったりするんだよ?今度は何しようかなぁって考えるのが好きなんだよね」

「そうかぁ、それはよかったなぁ。それだと雨の日も自由に歩けるしな」


 と俺が答えると、凛がにっこり笑った。


 森林公園にはやはり人気はなく、いつもなら子供で一杯の遊具や広場など雨に濡れて今日は役目なく休んでいる。


 森林公園内にはくるぶしよりも浅く、細い小川が縦断する様に流れている。


 凛はその小川へと続く芝生の下り坂を転ばない様に、滑る様に降りていく。今は雨のせいか足首程まで水かさが増し、流れが強くなっている。

 転けると危ないぞ、と俺はまるで凛の保護者の様に声をかけながら、凛の行動を上から見ていた。


「太一君、君は知っているかね?」


 と、またマンガ博士の様に俺に問いかける。


「夫婦が離婚した時に、その夫婦がどんな生活スタイルかが非常に重要なのだよ。」

 凛は靴のまま小川に入り、じゃぶじゃぶと音を立てながら小川を逆走してゆっくり、水の感触を楽しむ様に歩いている。

「離婚した夫婦の内訳として、夫が決まったスケジュールの仕事をしている夫婦と夫が自由にスケジュールを決められる夫婦では圧倒的に前者の方が離婚した割合が多いのだ。これはどうゆう事かわかるかね?」

 偉そうな顔をして凛が俺の方を向く。俺は両手を広げ、分からないと言うジェスチャーで返事をする。

「つまりはだね、決まったスケジュールの方がストレスが大きいと言う事なのだよ。決まったピースに馴染めない人が多いと言うわけだ。だから、人は決まった時間で行動を取るのではなく、己の好きな時間で行動するべきなのだ。」


 と、凛はこちらを向いて腕を組みながら大きな笑顔で言った。


 そしてまた後ろを向き、川を逆流しながら小さく、まぁそのデータは嘘なんだけどね〜、と呟いた。

 俺は小さく鼻で笑い、凛の後ろ姿を見守った。


 凛は、小川から上がると芝生の小さい丘へと歩みを進めた。


「お前、そんなにずぶ濡れで気持ち悪くないの?」

 と、俺が問うと、

「濡れても家帰って風呂入ればいいだけじゃん」

 と、小さい頃に言っていたのと同じ答えを俺に返した。


 丘の上に着くと凛はなんの躊躇もなく濡れた芝生の上に寝転んだ。


「お前よくそんなとこに寝転べるな」

 と、俺が呆れ顔で言うと

「これが醍醐味なのさ。天からの雨を直に眺めて浴びれるんだ。こんなに贅沢な事はないよ。」

 と、凛は腕を頭の後ろに組み、足を大きく広げて寝転びながら。

「ほら、太一君隣が空いてますよ」

 と俺にも同じ事をするよう促した。


 凛のペースにハマるともう抗えない事を知っている俺は、鼻で大きくため息をついて凛の横に寝転んだ。

 全身びしょ濡れだったが、芝生に寝転ぶとさらに水が全身に浸食して来てお尻から背中へ、頭から足先へと濡れている不快感がやってきて、もうこれ以上濡れる事はないからと、まだ若干あった濡れる事への抵抗をやめて、全ての雨を全身で受け止めた。

 しばらくすると濡れている嫌悪感が徐々に抜け、常識外の背徳感と開放感が俺の心に降りて来た。


 しばらく、2人は黙って天を見上げながら並んで寝転んでいた。


 凛がゆっくりと座り自分のズボンのポケットをゴソゴソと探し始め、ポケットの中からドロップ入れの様な缶を取り出した。


 何だよそれ、と聞くと、凛はふふふ、と笑いながら缶の中からタバコを取り出し一本口に加え火をつけた。

「お前、タバコなんか吸ってたっけ?」

 と俺が聞くと、ここでだけだよ、と答えながら俺にも吸うように、と缶を俺の方へ差し出してきた。

 俺は随分前にタバコをやめていたが、なんだかこの状況では吸わざるを得ないような気がして、俺も一本タバコを口に加え火をつけた。

 2人はまた並んで寝転びながら、タバコを吸い、天に向かって大きく煙を吐いた。


 凛は寝転びながらまた偉そうに話し出す。

「雨と煙と言うのは昔から密接なつながりがあるのだ。煙を焚き、神に乞い、雨を降らせる。そして煙と言うものは時として邪気を祓う効果もある。こうやって雨と煙とを自分の力で混ぜ、邪気を祓い、ここは神域となるのだ」

 と、凛は大きく天に煙を吐きながら言う。

 しかし!と、肩肘をついて俺の方を向くと、雨に濡れて吸えなくなったらダメ。と言ってからまた天を向いた。


 何故かと俺が問うと、私のルール、と呟き、また天に向かって煙を吐いた。


 俺たち2人は最後までタバコを吸ってから、森林公園を後にした。


 俺の家に戻ると、凛は自分のスマホなどを持って直ぐに帰っていった。


 俺は玄関で凛を見送ると、びしょ濡れのまま親父とお袋が眠る仏壇の前で寝転んだ。


 さっき凛が付けた線香の香りが残っている。


 畳は俺が付けてきた雨でゆっくりと濡れていく。


 俺は外から聞こえる雨音を聞いていた。



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夏を告げる雨が降って、僕は部屋で一人ぼっち 水瓶と龍 @fumiya27

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