おわりっ!
敗者に待ち受ける
私が言いだしたことなので報いと言えば報いである。
現在、私と小町は隣り合って座り、外の景色を眺めていた。人が何たらのようだという感想よりも、私の家って何処らへんだろうという探求心の方が勝る。暗くてよく見えないのだけどね。
私たちの間に言葉はない。早々に「お願い」をしてくると思ったのだが、小町は黙って私の隣に座っただけだ。焦らしプレイは私には早いよぉ……。
夜景が綺麗だね────なんて言葉が陳腐に思えてしまうほど、私たちの間に流れる空気は心地いい。きっと、この居心地の良さに甘えている間、私たちの関係は変わらない。
「幼馴染で親友」っていうのも悪くないね。寧ろ、甘んじているべきなのかもしれない。決定的な何かに触れてしまうくらいならば。
しかし、尻込みする私よりも先に幼馴染は決心がついたらしい。
「七瀬ちゃんに『お願い』。七瀬ちゃんのキモチを聞かせて」
私と反対側の小窓から外を眺めながら小町は切り出した。
私のキモチ。
それは、さっき小町にカマを掛けられてバレたはず。小町は頭の回転が速いから、たったあれだけのやり取りで私の事なんてすぐにお見通しなんだ。
改めてキモチを聞かせろ、つまり、告白してこいと小町は言っているんだ。
だから今更、嘘をついたってどうしようもない。
「…………」
だが、私の口は重たかった。
本当は分かっているんだ。なんとなく二人とも察しているんだ。疑心が確信に変わったのは、ついさっきの事だけれど。
私たちはお互いに惹かれ合っている。
恋に恋する乙女ではなくて、一人の女として。
ヘラヘラと笑いながら誤魔化せたら、どれだけ楽だろう。この期に及んでも私は自分の気持ちを前面に押し出すことに怯えていた。
私が告白をしてフラれたらそれで終わりなんだけど、きっとその展開は無い。想いを告げて、遂げて、その後は?
これまで共に過ごした十数年よりもこれから過ごす年月の方が長いのに。こんな一時の感情で、愚直なまでの恋慕で関係を変えてしまってもいいのだろうか。
親友から恋人に発展するのではない。親友という関係を破壊してから、恋人という関係を構築するのだ。私は今、その生殺与奪権を握らされていた。
私の言葉はクサいだろうか?
私の考えは青いだろうか?
今まであれだけ好きだ好きだと言っていたくせに、両想いであると分かった瞬間、関係の崩壊を懸念し始める私はおかしいか?
私だって人間だ。人生を左右する決断なんてしたことのない小娘だから、目の前に来て初めてその恐怖を知るんだ。
私は、薄く唇を噛んで想いを口にした。
「小町ってさ、ハッピーエンドって何だと思う?」
私はそんな導入で、語るように聞かせる。
怖くて小町の顔を見れやしない。だから私は夜景に向かって言葉を放つ。
「私には分からないんだ。物語のハッピーエンドは最高の終わり方をする。でも、その先は描かれない。その人にとっての幸せが訪れたところで一大目標達成。シャットダウンしたみたいにブツ切りで終わるの。私たちは置いてけぼり」
きっと、小町は困ったような顔をしていると思う。何を言い出すんだ、って。
私はヘタレだ。散々、結婚したいと心の中で愛を叫んでおきながら、幸福が目の前に降りてきたら怖くて手を出せない。
「きっと、物語の登場人物の人生はそこで終わりなの。良かったねって笑いあって、そこで時が止まる。でも、私たちはそうじゃない。現実を生きて、現実に生かされて、人生を歩いてる。死ぬまで止まれない一本道のハッピーエンドって何? どうすれば見つけられるの?」
こんなこと言われたって、小町はどうすることもできないだろう。結局、私は逃げたのだ。
小町のことは好きだ。愛している。彼女に愛されるなら、人生を全力で駆け抜けられると信じている。でも、嫌われるくらいなら────死んだ方がマシだ。
「ねえ、小町。私たち、これからもずっと友達でいるべきなのかも────」
「────私たちはっ!」
私の言葉に小町は叫びを挟んだ。
私はビクリと肩を震わせて、口を閉ざした。
「私たちはさ、まだ十六年かそこらしか生きてないよ。大人の人たちに比べれば世界なんて狭くて、ちっぽけで……でも、それでも私たちの世界は輝いてる」
今度は私が小町の言葉を待つ番だった。
ゆっくりと、錆びついた身体を無理やり動かして、私は小町の方を見遣る。小町の真っすぐな視線が痛かった。
「ハッピーエンドなんて私にも分からないよ。だから、探すんだよ。傷つけあって、愛しあって、模索していくの。二人で。私と七瀬ちゃんで!」
ああ、なんてカッコいいんだろう。
やっぱり無理だって怖気づいてしまった私の手を引っ張って、飛び込んでくれるのだ。その先が天国か地獄か分からないけれど、小町となら────この人となら、きっと悪い結末にはならないのだろう。
「小町、私も────」
「うるさい。もう、ヘタレな七瀬ちゃんの返事なんて聞きたくない。七瀬ちゃんは黙って私の後に付いて来ればいいの。私が無理やりにでもハッピーエンドに連れていくから」
ぐっ、と腕を引かれ、顔と顔がぶつかり合う。初めてのキスは前歯が衝突して、乱暴で、それでいて、有無を言わせない力強いものだった。
「ぷはっ────もう、結局、私が告白してるし。私だって怖かったのに、ヘタレな七瀬ちゃんを見てたら踏ん切り付いちゃったじゃん」
「ごめん…………ありがとう」
嬉しくて、悔しくて、不甲斐なくて涙が零れ落ちる。
未だに関係が変わってしまったことは怖い。でも、私には小町が必要で、小町にも私が必要なんだ。
そのことを、これから先の人生で分かち合っていけばいい。苦しんで、喜んで、少しづつ前に進んでいけるように。
二度目のキスは、涙で少ししょっぱかった。
◇
あの日から私たちの関係が変わったのかと聞かれると────イエスとも言い切れない。恋人になったのだという事実があるだけで、私たちの日常は変わらないからだ。
「んで、どっちが告ったん?」
「ウチはコマチーだと思うんだけどな~」
うるせー。
昼食の時間、英子と美位子はニヤニヤと質問攻めをしてくる。やれやれ、ここは一つ、カッコいいところ見せますか
「私からしたよ。小町さん、結婚を前提に付き合ってくださいって」
「おっ、ちょっと声が高くなったぞ」
「コマチーから聞いたんだけど、ナナちゃんて嘘つく時に声が高くなるんだよ~」
本当かい? それ、私が小町に対して嘘をつけないということになってしまうのですが?
音程でバレるというのなら、これからは歌うように嘘をつこう。ラップパートとか小粋に挟んじゃうぜ。
「七瀬ちゃんが告白するわけないよ。この人ヘタレですし」
「ナナちゃんヘタレなんだ~」
「ウケるね」
「…………」
ねーえ、小町さん。私これからずっとヘタレって呼ばれてしまうん?
将来、お酒の席とかで付き合い始めの話が出るたびにヘタレって呼ばれてしまうん?
汚名返上はプロポーズの時にさせてください。
「でさでさ、コマナナ? ナナコマ?」
「個人的にはナナコマが熱いな~」
やめろ。友人でカップリングするのはマジでやめた方が良い。コマナナだよ、言わせんなバカ。
友人たちの茶化しを意に介した様子もなく、小町はパクパクと食事を進める。
「小町も何か言い返してやれ!」
「事実だし。逆転できるといいね、七瀬ちゃん?」
「おいおい、逆上したヘタレ攻めは怖いよ?」
「ふーん……まだそんなこと言える余裕あるんだ?」
いや、嘘です。そんな妖艶な流し目で見つめないで。ゾクゾクしちゃう。負けました。
「コマチー雰囲気変わったね」
「導いてあげないといけないダメダメな恋人を持つと、女は強くなるんです」
「七瀬、尻に敷かれてるな」
「……座り心地の良い座布団を目指すよ」
私たちの関係は、これから変わっていくのだろう。
自分の気持ちにすら裏切られることがあるのに、増してや他人である恋人の考えていることを見透かすなんて不可能だ。
時には喧嘩をして、傷つけあって、その先にあるのは必ずしも幸せとは限らないのかもしれない。
だが、それも一興。人生だ。
私たちの物語は揺りかごから墓場まで続いていく。
過程がどうあれ、最期に幸せを掴めているのなら、それがきっとハッピーエンドなのだ。
「これからもよろしくね、小町」
「うん、七瀬ちゃん」
私たちは見つめ合って笑いあう。どうかこの幸せが、死ぬまで続きますように。
恋愛に奥手な少女たちが互いに互いを惚れさせようとしてわちゃわちゃした結果、幸せになる百合 虹星まいる @Klarheit_Lily
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