さんっ

 頭の天辺てっぺんから足の爪先まで満遍なく手入れをしてきた。ワインレッドの勝負下着も着けてきたし、準備は万端。オールオッケー。

 なあ、人類七十七億の同志。見ていてくれ、私の勇姿を。今日、私は勝者になる!


 駅前で待ち合わせをしていた私は、小町の告白の予感に心を躍らせていた。保健室での一件が私のグランドスラム。なーんだ、小町も私のこと好きだったんだ~。

 だったら自分から告白しろという話なのだが、念には念を入れよと昔の人も言っている。私が調子に乗って「好きです! 墓場まで付いてきてください!」と告白をして「ごめんね七瀬ちゃん。私の好きは友達としての好きだから……」なんて言われた日には私が一人で墓に入ることになってしまう。それは寂しいから両親と一緒のお墓に入ろう。お母さんちょっとそこどいて、私の骨も入るから。まだお母さん健在だわ。


「七瀬ちゃん、お待たせ」


 私がお墓の継承について頭を悩ませていると、可憐な声が響き渡る。

 私はつられて視線を向ける。ライトブルーのチュニックブラウスとタイト気味のデニム、足元を白のスニーカーで纏めた小町が小さく手を振っていた。

 うわっ、可愛いの飽和だ。飽和溶液。私が溶媒で彼女が溶質ならば、最後に残るのは溶液の私と溶け残った彼女だろう。なんだこの例え。下手か。


「ごめんね、待ったかな?」

「ううん、私も今来たとこ」


 デートの定番やり取りを行う。三時間前に現地入りしてデートコースの下見に行ってたよ、なんて真実を伝えたら流石に引かれるので言わない。仮想小町エア・コマチと既にデートは楽しんできた。これが強くてニューゲームってやつね。


「それじゃあ、行きましょう」

「あっ……」


 私は小町の手を取ると、予約していたレストランに向かう。今日の私は凄いぞ。

 絶対に告白させてやる。そんな強い意志を持って、私はデートに臨むのだった。




 時刻は夕方をやや過ぎた頃。暮れなずむ空が夕闇色に染まり、意味もなく感傷に浸ってしまいそうになる。

 私たちのデートは上手くいっているとだけ言っておこう。始終ニヤニヤが止まらない。今も口の端が勝手に持ち上がろうとしている。

 そして、手を繋いだ私たちの目の前には巨大な観覧車が屹立きつりつしていた。私たちの周囲にはカップルらしき人たちがちらほらと見受けられる。私たちも彼らから見たら恋人同士に見えるのだろうか。いやはや、笑いが止まりませんな。


「七瀬ちゃん、楽しそうだね」

「ああ、うん。小町はどう? 楽しんでる?」

「うん、楽しいよ」


 小町の屈託のない笑顔を見て私は確信を得る。

 私の勝ちだ。この後、観覧車で愛の言葉を囁かれて大団円。その足で役所に婚姻届を出しに行こうね。くふふ。


「乗ろうか、積もる話もあるだろうし」

「…………うん」


 彼女の手を引いてゴンドラに乗り込む。係員の人が扉を閉め、私たちは外界から隔離された。

 さあ、最終決戦といこうじゃないか。


 ◇


 ゴンドラの中は薄暗いと言っても、それなりに視界は確保できていた。箱に取り付けられたネオンライトが照らしているからだ。

 私たちは暫く互いの顔を見つめ合って黙っていた。急かすようなことはしない。私は小町の言葉を待つつもりだった。

 しかし、この待ちの姿勢が一波乱を巻き起こすことになる。


「七瀬ちゃん、私に話があるんじゃないの?」

「……えっ」


 小町はそんな言葉で切り出した。てっきり「話があるんだけど」という言葉で会話が切り出されると思っていた私は、不意を突かれたような声をあげてしまう。


「いや、無い……ことはないけど、小町にも話したいことがあるんじゃない?」

「うん、あるよ。でも、先に七瀬ちゃんの話が聞きたいな」


 毅然とした態度で小町は私に微笑みかける。

 長年一緒に居るから分かる。これは、裏がある時の笑い方だ。


 ドクン。


 ここに来て、余裕を見せる彼女。

 まさか、小町には告白をするつもりがない……?

 私は何を要求されているんだ……?


「最近さ、七瀬ちゃんって積極的だよね」

「何の話を……」

「私、気づいちゃったんだよね。七瀬ちゃんのキモチ」

「なんで知っ……!」


 私は咄嗟に口を押える。「何で知ってるの!? 私が小町と結婚したいってこと!」と言いかけた。

 その様子を眺めていた小町は、ゾッとするほど酷薄な笑みを浮かべる。


 ────カマをかけられた。


 私が黙り込んでいると、小町も黙り込む。お互いの視線がバッチリとぶつかり合って、その表情の機微までもを読み取ろうとする。


「いいよ、聞いてあげるよ。七瀬ちゃんの話」


 小町の声が一段と低くなる。

 試されているのだろうか。暗に小町は私に告白を促している……?

 その仮定が正しいとして、私に告白させる意味は何か。小町が私のことを愛しているというのなら、小町が告白すればいい話だ。まさか私の様に「不安だから相手に告白さーせよっ!」なんて考えているはずもない。

 ここで私に想いを告げさせることで、この関係をリセットしようとしている?

 ならば、保健室での小町の言葉はどうなる。まさか、私の不埒ふらちな恋心をいぶり出すためのハッタリだったというのか。或いは、からかっていただけか。それとも、本当に「友達としての好き」だったのか。

 ヤバい。分からん。恋愛初心者が初恋を成就させようとするからこうなるんだ。レベル一の初期装備でラストダンジョンの魔王に挑むようなものだ。あ、この例えは分かりやすいね。


「…………」

「…………」


 じーっ、と互いの言葉を待つ。何が悲しくて観覧車で幼馴染の少女と駆け引きをしなければならないのか。

 外の景色なんて一ミリたりとも視界に入ってこない。相手の出方を伺うのに必死でそれどころではない。これ観覧車じゃなくてもいいよね。


 三分、五分、先に集中力を切らしたのは────私の方だった。


「おーけー、小町。こうしよう、男女平等じゃんけん」

「……概要を教えて」

「じゃんけんに勝った方が、相手に一つ何でも言うことをきかせる権利を得る」

「それは人権にのっとりますか」

「則ってください」


 何を言い出すんだこの子は。お姉さん怖いよ。

 私が勝ったら、さりげなく小町の気持ちを聞き出すつもりだ。ねえねえ、私のことどう思うか教えてー、って。

 小町の合意を得た私は、必勝ルーティーンのために指を組んで天に祈る。

 お父さん、お母さん、その他人類の皆。私、勝つよ。

 緊迫した雰囲気に、私は生唾を飲み込む。他のゴンドラでは恋人たちがイチャイチャしてるのかな。羨ましいぜ、じきに私もそっち側に行くから待ってな。今日は無理かもしれないけど。

 行くぞ、乾坤一擲けんこんいってきの大勝負。

 いざ、尋常に────最初はグー!


「じゃんけん──」「最初は──」


「「待って!」」


 お待ちになって。私と小町様の発した掛け声が違いますわ。

 私がジトっとした視線を向けると小町はキュッと身を縮めた。


「何やってんの、私たちの間でやる時は『じゃん、けん、ぽん』だったじゃない。十何年も」

「……ごめん、緊張しすぎて間違えちゃった」


 恥ずかしそうな小町ちゃんは可愛いから許しちゃいます。

 仕切り直し。

 必勝ルーティーンの効果は切れちゃったけど、まあいっか。有って無いようなものだし。

 いざ────!


「「じゃん、けん────!」」


 腕を引いて、繰り出す!

 唸れ、私の右腕ッ!


「「ぽんっ!」」


 私────大地を砕き、天を揺るがす、常勝無敗の拳ッ。またの名をグー。

 小町────可愛いお手々がキュッと握られていた。グー。


 あいこだ。決着が次回に持ち越される。


「「…………」」


 そして、私たちは『あいこ』のコールを行わなかった。全身全霊の一撃に想いを込めすぎて、互いに反動で固まっている。

 二人の少女がゴンドラの中で拳を突き合わせていた。なにこれ。少年漫画か?

 じゃんけん後の残心に身を委ねていると、ガコンッ、とゴンドラの扉が開かれた。


「あ、すみません、もう一周で」


 ◇


 私たちは改めて向かい合う。

 もはや言葉を交わせる段階は過ぎている。拳で語り合うしかないのだ。

 別に観覧車でしなくてもいいよね、じゃんけん。でも、私はするよ。意地。


「七瀬ちゃん、確認のために言っておくけど、一回勝負だからね。後から三回勝負って言いだすのはナシだよ」

「…………はい」


 小町さんは私の性格を知り尽くしているなあ。逃げ道を塞がれちゃったよ。

 冗談はさておき、いよいよ決着だ。

 鋭く息を吸い込み、ゆっくりと吐いていく。心はなぎ。一切の波紋なき止水しすいの境地────負ける気がしないね。

 参ります。


「「じゃんけん────」」


 鋭く、相手の息の根を止めるように。

 切り刻め、私のハサミ!


「「ぽんっ!」」


 小町、グー…………二連続でグーを出せるのは強いなぁ。

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