にい

 私、桜川さくらがわ小町こまちは恋をしている。相手は幼馴染の少女、春風はるかぜ七瀬ななせ

 七瀬ちゃんは可愛い。私より頭一つ分高い背丈も、長くて艶やかな黒髪も、キリっとした気の強そうな目元も────私の陳腐な語彙力では表現できない、伝えきれないほどの魅力を持った女の子。それが七瀬ちゃん。

 幼馴染というのだから、その付き合いはとても長い。

 知り合ったのは幼稚園。手を繋ぎ合って「しょうらいは、ななせちゃんをおよめさんにするー」などと供述していた記憶があるので間違いない。

 恋心を自覚したのは中学二年生の時だった。いつも隣に居てくれて、優しくてカッコいい七瀬ちゃん。この時から私は「七瀬ちゃんと一生一緒にいるんだろうな」という漠然とした思いを抱いていた。これが恋のきっかけ。

 ときどき喧嘩もして、でもすぐに仲直りして。お互いの嫌な部分を見せ合っても絶対に揺らぐことのない関係って、すごく幸せだと思う。

 だけど、私は不安だった。私は七瀬ちゃんのことが大好きだけど、七瀬ちゃんはどうなんだろうって。同年代の子は年上のお兄さんが好きだとかカッコイイ人に憧れたりだとか、そういう話ばかり聞くから七瀬ちゃんもそうなんじゃないかって。背が小さくて「小動物みたいだね」ってよく言われる私なんかじゃ、告白してもフラれるのがせきの山なんだって苦しかった。


 だから、私は七瀬ちゃんを恋に落とすことにした。


 私のことを好きになってもらって、告白させればいいんだ。その時に、大手を広げて七瀬ちゃんを抱きしめるんだ。

 私も大好きだよって。


 ◆


「っつあぁ! 今日も小町が尊すぎて眠れんなあっ!」


 夜。掛け布団に顔をうずめて叫ぶ。私の声帯から発された愛の疎密波そみつはは綿に遮断されて空気を伝播することは無かった。

 告白させるぞ大作戦を決行してから二週間。

 髪型とか眉の処理の仕方で見た目に変化を付けたり、授業中に積極的な発表をして知的さを醸し出したり、母からくすねたオーデコロンを使ったりして色気を出すなどしている。あ、コロンの語源ってドイツのケルンなんだって。知ってた?

 以上、アピールを続けている私だが、はっきり言って手ごたえが無い。何の成果も得られておりませぬ。助けろ。

 幼馴染という知識アドバンテージを活かして小町の好きな料理を弁当に入れて食べさせたりもしているのだが、私の料理が上手とは言い難いので効果があるのかは分からない。それよか、小町から貰う弁当のおかずが美味しすぎてつらい。結婚しよう、私のためにこれからもご飯を作ってくれ。小町の裸エプロン、たまらんな。


 小町の妄想をしていたら目が冴えてしまった。上体を起こし、ぼさぼさの髪を撫でつける。


「勉強でもするか……」


 数学でもしていれば邪念が払われるだろう。そういえば明日提出の課題やってなかったし……最近、小町の事ばかり考えているから日常生活がおろそかになっている気がする。

 私は黙々と三角関数に注力する。おお、やはり数学は偉大だな。だ。

 気が付くと、私は課題部分どころかワーク一冊を終わらせていた。

 そして、朝日が私を迎えていた。




 徹夜なんて人生で初めてしたものだから身体がヤバい。頭はボーっとするし、脚は重いし、心臓はぶっ壊れるんじゃないかってくらいバクバクしてるし、顔が熱い。だけど、心は穏やか。不思議。

 フラフラしながら学校へと向かう。今日はだるくて髪の毛をあんまりいじれてないから小町に会いたくないな、と思いながら教室。


「七瀬ちゃんおはよう、今日もかわ────どうしたの、そのくま!?」


 朝一で小町とエンカウント。フラグ回収が早すぎる。

 見つかっちまったもんはしょうがねえ、誤魔化そう。


「これね、新しい化粧」

「ごめんね、その冗談は笑えないかも……本当に大丈夫?」


 天使~。

 お嬢さん、今日ヒマ? お姉さんと結婚しない? 放課後は婚姻届けを出して指輪を買いに行こうね。ハネムーンはヨーロッパがいいな。ノルウェーのフィヨルドとか見に行きたい。


「大丈夫。ヤバくなったら寝るから」

「でも、一限は体育だよ? 先生に休みますって言ってきた方がいいよ」


 そっかー。確かバレーボールだったな。小町に良いところを見せるチャンスだ。

 私はポンポンと小町の頭に手を置き、耳元で囁く。


「小町は私の事、ちゃんと見てて」

「うん、倒れないように見張っておく!」


 そういうことではないのですけど、小町に見てもらえるんなら何でもいいや。

 その後、ボーっと突っ立っていた私の顔面にボールが衝突して私は授業中にぶっ倒れた。最後に聞こえてきたのは小町の悲鳴。なんか背徳感あるから、その悲鳴を録音させてもらってもいいですか────。


 ◆


 昼休憩。保健室を訪れた私は先生に挨拶をして、眠っている七瀬ちゃんの看病に向かう。先生によると七瀬ちゃんは寝不足で倒れたらしく、バレーボールは関係ないそうだ。怪我が無くて安堵すると同時に、私のイタズラな好奇心が顔を出した。

 先生が昼食のために部屋を開けるというので私は礼をして見送った。

 物音ひとつしなくなった保健室で、私は足を忍ばせて七瀬ちゃんのもとへ向かう。カーテンに仕切られた先には、寝息を立てる幼馴染の姿が。


「ななせちゃーん」


 声を潜めて呼びかけてみても目覚める様子はない。私は周囲を見渡してからカーテンを閉めきった。狭い空間には私と最愛の人の二人きり。

 思わず頬を綻ばせてしまうのを自覚しながら、そっと七瀬ちゃんの前髪を撫でる。


「綺麗な髪……」


 手でなぞると、サラサラと指の間を零れ落ちていった。最近は思うところがあるのか、丁寧に髪を整えてくる七瀬ちゃん。今日は寝不足のせいでいつもより跳ねた髪が目立つけど、それでも十分に手入れはされている。

 こんなに美しいあなたを、私が独り占めできたらいいのに。

 なんて、ポエムじみたことを思いながら、私は七瀬ちゃんの顔を覗き込むように覆いかぶさった。


「好きだよ、七瀬ちゃん」


 普段は言いたくても言えないようなことがポロっと口を突いて出てしまった。

 でも、私が言ったところで仕方がないから。七瀬ちゃんに言って貰わないと意味がな────


 ぱちり。


「えっ……」


 七瀬ちゃんの宝石のような双眸が、私を見つめている。


「おはよう、小町」

「うわあぁっ!?」


 私はびっくりしすぎてベッドから転がり落ちた。心臓があり得ないほどに跳ねまわって、全身が熱くなる。


「い、いつから起きてたの?」

「小町が『失礼しまーす』って保健室に入ってきたときだよ。音声認識で起きた」


 最初から起きてたんだ……!

 私の全身からぶわぁと汗が噴き出す。弁明したいことは色々あるのに、口をぱくぱくと開閉させることしかできない。


「それより小町。今さっき、好きって────」

「わああああぁっ────────!」


 言ってない言ってない! それたぶん七瀬ちゃんの聞き間違いだから! という意味を込めた絶叫と共に、全速力でその場から逃げ出す。


「ちょっ────」


 バレた、バレたバレた────!!

 絶対に私の想いが伝わってしまった。

 七瀬ちゃんの制止だって振り切る────けれど、結局、午後からの授業で共に過ごすことになった私は居た堪れない思いをするハメになってしまった。




 その日の放課後、完全に快復した七瀬ちゃんが私に告げてきた。


明後日あさっての日曜日。私と観覧車乗りに行かない?」

「……うん」


 何かを確信したように、七瀬ちゃんは私を遊びに誘った。

 嬉しい。でも、イヤだ。

 このタイミングで観覧車なんて、そうだとしか思えない。私の本心をさらけ出させて、その後は……。


 ────こんなところで終われない。


 私から告白した時点でフラれて終わりだ。負けだ。

 だから、明後日のデートで七瀬ちゃんを惚れさせて、向こうから告白させればいい。こっちから告白なんてしてやるもんか。


 一世一代を掛けた私の勝負が始まる。

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