恋愛に奥手な少女たちが互いに互いを惚れさせようとしてわちゃわちゃした結果、幸せになる百合
虹星まいる
いち
私、
小町は可愛い。私の胸元ほどの背丈も、肩口で切りそろえた人形のような黒髪も、ぽやーっとした柔らかい目元も────私の貧相なボキャブラリーで表現できない、筆舌に尽くしがたい魅力を持った少女。それが小町だ。
幼馴染というのだから文字通り付き合いは長い。
知り合ったのは幼稚園だった。手を繋ぎ合って「しょうらいは、こまちちゃんとけっこんするー」などと所信表明をしていた記憶があるので間違いない。
以降、小学校、中学校、高等学校を共にするという驚異の縁を見せている。実質結婚していると言ってもいいのではないだろうか。いや、ダメか。ダメか?
兎にも角にも長い時を過ごしているうちに、人間とは不思議なもので、特別な感情を抱いてしまうらしい。
私が初めて恋心に気が付いたのは中学二年生の時だった。
二次性徴中、絶賛思春期の私たちは当然、恋バナに花を咲かせる。誰と誰が付き合った、別れた、キスをした。恋愛話に一喜一憂するのが楽しくて仕方が無かった。
他人の恋愛体験談を聞いただけでマイスターになった気分でいた私は当時、何の気なしに小町に訊いた。
「ねえねえ、小町は恋愛しないの?」
「……七瀬ちゃんは気になる人とかいないの?」
「いないかなー。相手が中学生って子供っぽいし。恋なんてムリ」
「そっか……私はいるよ、気になる人」
「えっ────」
その時の私は衝撃で身を固めていた。小さい頃から常に一緒に居て、親友だと思っていた少女の口から紡がれた「気になる人」の言葉。
『私は恋愛に興味ないよー。七瀬ちゃんがいればいいもん』、『さすが小町! がっはっは!』というアホみたいな会話を期待していた私は勝手に裏切られたような気になっていた。
「気になる人って、それ、好きに発展する系?」
「今は分からない。でも、好きになるんじゃないかな。恋の予感ってやつ」
「へ、へぇ。大人だね」
ずっと手を繋いで歩いてきた小町は、私の知らない間に数歩先を歩んでいたというのか。
その事実が悔しくて────でも、悔しいのはそれだけが理由ではなかった。
────私の小町なのに……。
胸をチクリと刺した痛みが「独占欲」で「恋」なのだと、この時の私は初めて知った。
◇
そして現在、高校二年生の私はどうなったのかというと────
「今日も小町がかわいすぎて勉強ができんっ!」
バカになっていた。厳密には小町バカだ。
私の小町に対する好感度はマックス。前段階である「恋人になってください」という告白が成功したら、その場で土下座して求婚してしまうまである。やめろ、フラれるわ。
しかし、小町のことが好きで好きでたまらないにも
「はぁ~……」
自室で溜息を吐く。
もう恋に恋するお年頃ではない。玉砕覚悟で告白なんてしてみろ、フラれたら私もうお嫁さんにいけない。独身貴族ルートまっしぐら。どれだけ一途なんだ私。
つまり、告白をするにしても確実な勝算がない限り手を出したくない。小町に好きな人がいるだとか恋人がいるだとかいう話は聞かないので、小町は現在フリーなのだろう。
しかし、思いを告げるのが怖い。たぶん、告白する場所を提供されても私からは告白できない。おちゃらけの皮を被ったヘタレなのだ私は。
小町の心が、考えていることが分かればこんな思いをしなくていいのになぁ、などと現実逃避することがすっかり日課になってしまっていた。
宿題をしようと机に向かったのに考えることは小町のことばかり。最近では夢の中にまで小町が現れるのだから、寝ても覚めても小町のことばかりだ。小町がゲシュタルト崩壊してしまう。小町ってなんだっけ?
ああ、もういっそ、小町が私に告白してくれればいいのに────
「あっ、それだ」
私は
彼女に告白させれば万事解決ではないか。私は一も二もなくオーケーを出すのだから。これが
「うおおおおおおおおよっしゃあああああ!!」
私が叫ぶと、リビングから母親の怒鳴り声が聞こえた。うるさくてごめんよ。
◆
翌日。いつも通りの朝。洗面所の鏡に映る私は寝ぼけた顔をしていた。ぼさぼさの黒髪、ぽかんと開いた口。
小町に告白をさせる。思いついたは良いものの、実践は困難を極めると予想される。
だから、私は変わらなければならない。
顔面に冷水を浴びせて気合を入れる。学校ではメイクが禁止されているから髪型だけでも全力で整えていこう。外見から変わっていくのは間違いではない筈だ。
最後に、髪型が崩れないようにシュッシュッとスプレーをして家を出る。いっけなーい、遅刻寸前!
結局、教室にたどり着いたのは朝のホームルームの三分前。セーフ。
血走った眼で想い人を探して────見つけた。彼女は自分の席で自主学習をしている。好き。
「おはよう、小町」
「おはよう七瀬ちゃん、今日も一段と可愛いね。オシャレな髪の毛がとっても素敵だよ」
「おひょっ……ありがとう」
天然の殺し文句~!
びっくりしすぎて変な声が出てしまった。まったく、罪な女ね。これ以上私の好感度を上げてどうするつもりなのかしら。連帯保証人? いいわ、サインしてあげる。
朝の挨拶を終え、ホームルームをやり過ごし、小町との老後について考えていたら終わっていた午前の授業。
私は弁当を持参して小町のもとに向かった。いつもは私、小町、
なーんてね、友達は大事だから後で二人には一言断っておこう。
「それじゃ、食べよっか」
「うん。あ、七瀬ちゃんは珍しくお弁当なんだね」
「今日は気合を入れて手作りしてきたよ」
料理できますアピールを欠かさない。玉子焼きは私が焼いた。あとは冷凍食品。お料理上手やんな?
「私も手作りなんだよ。七瀬ちゃん、タコさんウィンナー好きだよね」
「ええ、好きよ。愛してるわ」
「ふふっ、なんでキメ顔なの?」
プロポーズの予行演習さ。恋人になる時は小町から告白してね。結婚する時は私から告白するから。
「じゃあ、はい。七瀬ちゃんにあげる。あーん」
「あー……ん?」
小町が手作りタコさんを
私は誓いのキスのつもりでタコさんを口に含んだ。初めてのキスは塩の味──ファーストキスがウィンナーとかイヤだわ。
脳内で小ボケとツッコミをしながらも、私の舌は丁寧に小町の箸をペロペロしていた。だって間接キスなんだもん。
あーん、を終えた小町が箸を引き抜こうとするので、私は前歯で噛んで引き留めた。
「七瀬ちゃん?」
待ってくれ、この箸に私の遺伝子情報を残すまでもう少し時間がかかってしまいそうなんだ。その間、小町は私の箸で私の弁当でも食べていて。そのハンバーグ(市販)、結構自信作なの。
「箸が折れちゃいそうだから、やめてね?」
「ごめん」
私は叱られてしまったので大人しく口を離す。ちゅるりという擬音と共に出ていった箸を名残惜しく見つめる。美味しかったです、箸。タコさんは噛まずに飲み込んでしまったからよく分からん。のど越しは最高だったよ。
結婚の儀式を終えて再び昼食に戻る。私がミートボールをぶっ挿して大口を開けていると、小町が妙な動きを見せた。
私が先ほどまで
「────上書き、だね♡」
「ほっ…………!」
とんでもねえ、こいつは魔性の女だわ。好きが暴走して「私を奴隷にしてくださいっ!」と告白しそうになるが、グッと堪える。なるほど、奴隷ルートもアリだな……っとイケない。私は小町の恋人になりたいんだ。
危うく私は小町の謀略に嵌まりそうになった。
「私、今日なにかしたか?」
学校を終えて自室。回転椅子に座ってくるくると回る私は溜息を吐いた。
告白をさせる、なんてもんじゃない。小町に口説かれない理性を保つので精いっぱい。そもそも、私が「告白させよう」と意識する前から小町のアピールを耐え続けていたのだ。
「もしかして、小町も私のこと好きなんじゃ……」
実は小町も私のことが好きで、私の気を惹こうとしているとか────いや、そんな都合のいいことがあってたまるか。これで「告白失敗フラれたドン!」になったら私はもう一回も遊べないドン……。
「ちくしょー……好き」
好き。好きだよ小町。
ねえ小町、告ってきてよ。私、あなたの事なら全力で愛せるからさ。
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