烏
アスキ
烏
その屋敷は静寂に包まれていた。主人を失ったそれは、ただ朽ちていくのを待っているようだった。
しかし、その中に鼓動が一つ灯っていた。その命の主は、20代ほどの娘だった。
「こんなもの、遺されても‥」
彼女は、骨董品や魔術的儀式に使いそうな大道具に囲まれていた。その部屋は埃にまみれ、薄暗さを孕んでいた。今となっては、その部屋だけが主人の人となりを知る場所だった。
「御免下さい」
娘が窓の外に目をやると、そこには一つの命が立っていた。その烏は足に煤けたリボンを巻いていた。
「御主人はどうなさったのですか」
烏はそう尋ねた。
「他界したの。ずっと部屋に籠って死んだも同然の人だったけど‥」
「それは御愁傷様です」
烏はそれ以上かける言葉がないと、口を噤んだ。
「あなた、父の知り合いなの?」
「えぇ。昔、怪我をしていたところを助けて頂きました。」
烏はゆっくりと答えた。そして目を細めるような顔をした。
「それ以来、彼を毎日見守っていました。朝‥ 夕‥ 毎日です」
娘は少し驚いたような顔をしたが、存外落ち着いていた。
「父のこと、ちゃんと気にかけてくれる方がいたんですね」
安心したような娘を見て、烏は一人、部屋を見渡した。
「ここにあるものは、御主人の宝なのです。見守っていたから分かります。もし困っているのでしたら、私があるべきところへ」
「でも、こんなに多くて重い荷物‥」
遺されたものは、一人では到底どうにかできる量ではなかった。しかし、烏から明確な意思を感じた。
「私はもう、長くはありません。これを終えるのが最後の仕事です」
少し寂しさを感じながらも、娘は彼に託すことを決意した。
「あてはあるんですか?」
「これを心から欲している、新しい主人を探すまで。きっと見つかります。」
最後にそう言うと、全長よりも遥かに大きい羽根を広げ、彼は飛び立っていった。空の光に照らされ、煤けていたリボンは鈍い銀色を発していた。
「そっか。あなたの名前は銀なのね。ありがとう、銀。」
空は広く、全てを見守っていた。
烏 アスキ @13106
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