【沈む街】

 私はとあるビルの階段に座り込んでいた。お尻も冷たいし、硬い。居心地はいいとはとても言えないが、もうすぐこの街は沈んでしまうのだ。

 階段のすぐ下の階で黒い液体が大量に湧いている。まだここまでは来ないがそれも時間の問題だろう。私は沼地のように広がるその黒いものをただじっと見ていた。それは時々ゆらりと小さく波が立つと思えばぼこりと気泡を出すときもあった。中に何かが居るのだろうか。だが真っ黒なそれは私に中を見せることはなかった。

 私はこの街の住人じゃない。言ってしまえばこの世界の人ではない。それは何となく感じている。だけど何か理由があってこの沈んでいく街に居る、でも思い出せない。住人は一人もいなくどうやら避難したのか、全員飲み込まれたか。もしくは元々この街には誰もいなかったのかもしれない。

 となるとここには私とこの街を飲み込んでいる黒い液体だけだ。なんとも寂しい時間だなぁと言葉を持たない、生きているのかも分からない相手を見ながら考える。どうせなら私がこの街に思い入れがある人ならよかったのに、そしたらこの何かに向かってもっと沢山色んな言葉をかけたりや激しい感情をぶつけてあげることが出来たかもしれない。

 街を壊されないようにと必死に抵抗して、この黒いものがなんだったのか何故こんなことになってしまったのか色んな謎を解いてあげることが出来たかもしれない。だけど私はここの人じゃない。沈む街のことも「あぁ沈んでいるな」としか思わない。かといってそれに関して罪悪感も勿論ない。



 流石に飽きてきて屋上の方に進むと、黒い液体は私をまるで追い掛けるようカサを増したかと思ったがすぐに静かな水面に戻ってしまった。何か他に変化があるかと思ってそのまま少し観察をしてみたが、何も起こらないので歩みを進めた。

 屋上に上がると街に広がる黒と空に広がる青が広がっていた。こんな光景は中々お目にかかれないなぁもっとしっかり見たいと屋上の手すりに向かおうとすると何かにぐいっと引っ張られた。そこには顔面のパーツが剥がれ落ちた、今にも壊れそうなロボットがいた。今も部品をボロボロと落としているがしっかりと直立している。私の肩を掴んでじっとしている。

 そこで私は思い出した。ここに来るのに半壊、そして私を元の世界に戻せば完全に壊れてしまうロボット。どうやらお迎えの時間が来たようだ。そう思っているうちに

「おかえりなさい」

 帰ってきたようだ。私は柔らかなベッドに横になっていた。別世界に居たからか気だるく意識は朦朧としている、眠りに落ちてしまいそうだ。

今もきっとあの街はゆっくりゆっくり沈み続けているのだろう。


                                  おわり

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猫成の◯な話 猫成 @nekonari74

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