猫成の◯な話

猫成

【肉】

 さて、困った。

 私は見知らぬ街で途方に暮れていた。時間はもう深夜二時をまわってはいたが駅前のこの場所にはまだ人が多くいた。その殆どが今夜は眠る気のなさそうな様子に見えたが私にはもうそんな元気は残ってはいなかった。

 駅前の地図にある宿泊施設へ一通りかけたが今夜はどこも満室のようで自分の運の無さを嘆いていた。仕方ないので今晩は漫画喫茶にでも泊まることにしようと周りを見渡した。これだけ人のいる街なら駅前に漫画喫茶の一つでもあるだろう。

すると駅前の壁に漫画喫茶の看板を見つけた。知ったことのあるところでそこにしようと続いていくと地下へと通じる階段があった。地下の漫画喫茶などはじめてだったが穴場なのかもしれない、それに自分以外にもこの階段を降りて行く人影が見えた。それが自分を安心させたのだ。

 しかし、階段を降りた先は狭苦しい空間だった。薄暗いにも関わらずそこに何十人もの人々が詰め寄っている。若い男女のカップルが居ると思えば、杖をついた老人やスーツを着た会社員までいる。自分は彼らを不思議に思いながらも階段を降りて来る人々に押されてその場所に入り込んでしまった。

 すると暫くして行き止まりかと思っていた壁が開いた。そしてその上にあった看板がライトアップされその周りの装飾が光りだした。周りから嬉しそうな声が聞こえる、自分はその古びた赤い看板に書かれた文字をなんとか人混みの中から見た。文字は見たことのない言葉だった、漢字のような文字が使われているとことはわかった。並んだ四文字の中から自分が唯一読めた文字は。

【肉】

 配色なんて考えてないとってつけたような明かりに照らされ私はそのまま人混みと共に扉の奥へと入っていった。




 私は乗り物に揺られていた。電車やバスではない。テーマパークにあるような一台で何人も乗れるやつだ。知らない人々が楽しそうに一緒に肩を並べてそれに乗り、一人でいる私などまるで目に入っていないようだ。私も彼らが不思議と気にならなかった。それよりも辺りに漂う匂いが気になっていた。何処かで嗅いだことのあるが、すぐに乗り物は自動で動き出してしまった。

 先に進むとそこにあったのは人形の山だった。壁一面かと思いきや天井や床。乗り物が進むのに邪魔にならない場所に大小様々な人形がみっちりと敷き詰められたいた。人の形をしたものが目立つが中にはぬいぐるみや動物の形のもの、新しいのから古いものまで世界中の人形を集めてきたようだ。私はそれらの異常な光景よりも先程から鼻をつく匂いばかりに気を取られていた。

 次の部屋に進むとそこでは先程の人形たちが処理されていた。水につけられ綺麗にされ、何かを塗られ粉のようなものをまぶされているかと思えば丁寧にナイフを入れられていた。原型がなくなるまで千切っているものもあった。それらを処理している何かがそこにいるはずなのだが、私にはその真っ白い手しか見ることが出来なかった。人にしては大きなその手が、人形たちを器用に扱っていく私はそれを呆けたように見つめていた。

 そこでふと気がついた。とても静かだ。先程まで楽しげに騒いでいた人々は今は沈黙していた。いや、よく耳を済ませると息遣いと時折じゅるじゅると水音のようなものが聞こえる。人形を料理する部屋を抜けると乗り物は止まり、皆が降りていった。

 私はここにいてはいけないような気がして、人の群れから外れ緑に光る非常口を見つけた。飛び込むようにそこに入ると暗い路地へと出た。

「あれ、あんたどうした。」

 すると上から声が聞こえた。私を見下ろすのは作業着の姿をした初老の男性だった。手には掃除道具を持っていて不思議そうに私を見ていた。私の表情を見て彼は上に来るように言った。錆びついた階段を上がるとそこは部屋のようになっていた。壁は無いが流しや風呂があり、畳が五畳ほど敷かれその上にちゃぶ台が置かれていた。私は彼の出したお茶を受け取った。美味しい緑茶だった。

「ここはまだ出口じゃない。」

 そう言うと彼はここから出る方法を教えてくれた。私は安心したがまだあの匂いが私の鼻に残っていた。そこで気がついたあれは肉の匂いだ。あんなに色んな調理をしていたはずなのにどうしてもその匂いだけが残っている。私が自分の服や体を嗅いでいるのを見ておじさんは笑った。

「あぁやって皆、食欲を誤魔化してんだよ。」

 あぁなるほど。私はその説明に納得した。そして彼らがここに来た理由が分かって満足だった。だから彼らがあのあと何処に行ったのか聞く気持ちにはならなかった。

気がつけば私はあの駅前にいた。朝日が登り始め、もうすぐ始発も動き出すだろう。色々考えることはあった。やるべきことも沢山あるはずだ。だけど私はお腹が減っていた。

                                  おわり


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