僕はアナタのナレーター
園田 海渡
僕とご主人の物語
──僕は素敵なご主人に出会えた。
僕が物心ついた時には、目の前に暗闇が広がっていた。なんだか、妙に体が気だるかったし、生きる気力が湧かなかった。
でも、僕はとにかく、前足を伸ばしてみた。
すぐに硬い感触が僕の肉球に広がった。
後から、分かったけどこれは『だんぼーる』という耐久性に優れた紙らしい。どうやら、僕はそれに四方八方囲まれていたようだった。勿論、当時の僕はそんなこと知らずにとにかく引っ掻いた。
「ここから出たいよッ!」
そう訴えながらに。
すると、闇に閉ざされていた僕の視界に生まれて初めて光が注いだ。真っ二つに分かれるようにして、僕の頭上の闇が離れていったのだ。
僕はペタリと座り込んでから、好奇心から頭を持ち上げた。
すると、見慣れない生き物が僕を覗きこんでいた。
これも後から知ったことだけど、アレは『にんげん』という動物らしい。
そのにんげんは僕を見て、何か口走った。その人の言葉は理解できなかったけど、辛そうな顔をしていた。
その人は僕をだんぼーるの中から取り出した。
そして、僕の頭を優しく撫でつつしばらく歩き、大きな箱の中へと連れていった。
その箱はだんぼーるとは違って、壁を押せば明かりが点いたし、僕が走るには充分な広さがあった。
この人はこの空間を『いえ』と言った。
「いえ!いえ!いえ!」
僕はさっきまでが嘘のようにキャンキャンと吠え、その人の腕の中で押し潰された尻尾を無理やり振ろうとした。これまで振ってなかった分を、取り返すかのように。
その人は声を出した。
楽しそうに身体を震わせ、僕に笑顔を落とした。
どうしてだろう。
この人の笑顔はなんだか暖かかった。
僕は初めて、暖かさをこの時感じた。
──僕はその日から、『いえ』の一員となった。
朝にはご主人と一緒に外へ行き、昼には家を空けるご主人を待ち、夜は帰宅したご主人にめいいっぱい甘えた。『いえ』の一員、『かぞく』としての務めを僕はきっちりと果たし続けたのだ。
そんな『いえ』はご主人一人だけではなかった。
ご主人のお母さん、お父さんがいた。
二人ともとっても優しかった。
毎日、僕を撫でてくれたんだ。
でも、やっぱり僕にとってはご主人が一番だった。
ご主人は他のにんげんと比べて小さかった。
病気などではなく、単純にご主人は僕と同じで『こども』だったワケだ。
だから、大好きだったご主人と肩を並べて育ってきた僕は彼の人生の物語をアルバムを見るように語れるはずだ。
僕を拾ったご主人。
友達と僕を連れて、町の探検に行くご主人。
うんどーかいに参加するご主人。
遊園地ではしゃぐご主人。
ピクニックに行った公園で無邪気に走るご主人。
友達と喧嘩し、泣いていたご主人。
仲直りし、会心の笑顔を見せるご主人。
卒業し、ちゅーがっこーに入ったご主人。
坊主にしたご主人。
土まみれになるまでやきゅーをするご主人。
てすとの出来が悪くてお父さんに怒られるご主人。
夜遅くまで内緒でゲームをするご主人。
また、怒られるご主人。
最後の試合を終えて、泣いていたご主人。
昔の髪型に戻ってきたご主人。
机に向かって睨めっこするご主人。
卒業し、こーこーに入学したご主人。
キンキラな髪の毛になっちゃったご主人。
毎晩、ご両親を悩ませていたご主人。
よく分からない、ちょっと怖い友達と遊ぶご主人。
お母さんに号泣されながら、ぶたれるご主人。
涙を流すお父さんに叱られるご主人。
昔の真っ黒な髪の毛に戻ったご主人。
今度は、ぎたーを練習し始めたご主人。
けいおんがくってヤツを頑張るご主人。
可愛い女の人を連れて帰ってきたご主人。
また、机にかじりつくご主人。
ご両親の支援を受けて、勉強を頑張るご主人。
意を決して、寒空へと出ていくご主人。
その場にうずくまり、涙を流したご主人。
卒業できなかったご主人。
ユウウツになったご主人。
それでも、必死に努力するご主人。
一年後、やっとじゅけんに合格したご主人。
もしゃもしゃの髪の毛になってオシャレするご主人。
お母さんに照れ臭そうに笑うご主人。
お父さんと恥ずかしそうに喋るご主人。
そして、「ありがとう」と僕を撫でるご主人。
夜遅くまで帰ってこないご主人。
すーつを着て、どこかへ行くご主人。
ないてい、とか分からないことで喜ぶご主人。
卒業し、『おとな』になったご主人。
目を潤ませながら、家を出ていったご主人。
女の人を連れてきたご主人。
けっこん、と言うご主人。
白いすーつを着て、笑うカッコイイご主人。
また、しばらく女の人と家を出ていくご主人。
心配そうに僕を覗きこむご主人。
声を震わせながら、僕を撫でるご主人。
起き上がれない僕に泣きじゃくるご主人。
鼻水を垂らしつつ、無理に笑うご主人。
「今までありがとう」と言うご主人。
──ゴメンね、ご主人。
アナタの物語、僕はここまでしか記録できない。
でもね、今度はその女の人、おくさんがアナタのパートナーとなってアナタの人生を物語ってくれるはずだよ。だからね、僕はそろそろ交代するね。
彼女に、筆を託すね。
僕はゆっくりと目を閉じた。
僕に降り注ぐご主人の声を聴きながら、まるでぬるま湯に浸かっているような気分のまま目を閉じていく。
僕の目の裏には、かつてご主人と出会う前のだんぼーるの中のような暗闇が広がった。
下手をすれば、その闇のまま終わるはずだった。
でも、アナタは僕に光を見せてくれた。
とても暖かい光だった。
僕はそれをずっと忘れない。
アナタがくれたものを、僕にくれた物語を紡がせる機会を僕は永遠に忘れないよ。
では、キリも良いので、このへんで。
僕は筆を置き、まどろみの中に沈むことにするね。
ありがとう、ご主人。
アナタの物語の登場人物になれて良かった。
大好きだよ、だって当然じゃないか。
僕はアナタの親友なんだから──!!
僕はアナタのナレーター 園田 海渡 @sonoda_kaito
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