第50話
ゴールデンウィーク初日。
山奥のオートキャンプ場へと俺たちはやってきた。
「にーに、見て! カニ、カニがいる!」
沢のそばにしゃがみこんだ茉菜が目を輝かせながら興奮気味に指を差している。
「恥ずかしいから、あんまりはしゃぐなよ」
ガキかよ。まあ、メンバーの中では一番年下なんだけど。
ちなみに、今日の最年長は、伏見パパこと経久さん。その次が母さん。
さすがに子供だけで行ける場所でもなかったので、伏見家と高森家で車を出して、保護者同伴でのBBQと相成った。
「茉菜ちゃん可愛い……」
はぁぁ、と伏見がうっとりしていた。
どっしりと重い荷物は俺と経久さんで運び、女子連中は食材などを運んでいた。
「諒くんは、おじさんと炭で火を起こそうか」
「うす」
オートキャンプ場だけあって、水場もそばにあり道具もそろっていた。
「茉菜ちゃん、あんたが一番戦力になるんだから、カニさんと戯れてないで、こっちおいでー」
一服を終えた母さんがカニに夢中になっている茉菜を呼ぶ。
おほん、と伏見が咳払いをした。
「じゃあ、お父さんと諒くんは、火きちんと起こしててね。わたし、お料理してくるから」
腕まくりしてどや顔だった。渋面をする鳥越がその肩を叩く。
「伏見さんは他のことをしてて。こっちは人数足りているから」
「そ、そう?」
カニと遊ぶことをやめた茉菜も真剣な顔でうなずいていた。
カボチャの煮物以外は生ごみに変える錬金術師だって話だもんな。
有限の食材を別の個体に変えられちゃたまらない。
「……で、篠原は座ってるだけかよ」
「私はいいのよ。タカリョーを扇ぐ役だから」
「扇ぐんなら炭のほうを……」
そばに座った篠原は、ぱたぱた、と団扇で風を送ってくれる。
涼しい。
気になって調理場のほうを見てみると、伏見はトングと金網を入念に洗っていた。
「小学生以来かな。姫奈がこうして誰かと休日に遊ぶのは」
しみじみした様子で経久さんは言う。
俺とは最近もちょくちょく遊んでいたけど、俺はその『誰か』の中には入っていないらしい。
火種から燃え移った炎が、炭をオレンジ色に染めていく。
パチパチ、と乾いた音が小さく繰り返される。
「網です」
伏見が綺麗になった金網をのせた。今日は、ファッション警察の指導の下、動きやすいアウトドアな格好をしている。キャップを被って、髪の毛を後ろでくくっていた。
「眠れなかったらしいよ」
経久さんが伏見を見ながら言う。
「おまえ……遠足前の小学生じゃあるまいし……」
「ち、違うから。たまたま準備してたら遅くなっただけで……」
切り分けた食材をボウルに入れた茉菜がやってきた。
「とか馬鹿にしてるけど、にーにもじゃん」
「俺は違うから。眠れなかったんじゃなくて、寝つきが悪かっただけだから」
「一緒だって」
くすくす、と笑って、茉菜がまた調理場に戻っていく。
「子供」
嘲笑するような眼差しの篠原だった。
「うるせえな、中二病。運命の導きに従わせんぞ」
「元だから! 今はノーマルよ」
べしべし、と団扇で何度も叩かれた。
「? ……なんかいつの間にか仲良くなってる?」
不思議そうに伏見が首をかしげた。
「仲良くなったわけじゃないけどな」
「タカリョーは意地っ張りのツンデレ野郎だから素直に認められないのよね?」
「おまえな……誰がツンデレだ」
肉の準備~、肉の準備~と電車のアナウンスのように繰り返しながら、経久さんがクーラーボックスの中を確認するため席を立った。
「あのときも、素直に好きだって言ってくれればもっと長く付き合ったかもなのにぃ」
いたずらっぽい顔をしながら、つんつん、と篠原が団扇で突いてくる。
「やめろ。付き合ってねえだろ」
罰ゲームで告ったくせに。
「え? 何それ」
伏見がきょとんとした。そういえば、言ってなかったっけ。
「篠原が、中二のときに告ってきて」
「そう、なんだ」
伏見が「ちょっとトイレ」とつぶやき席を外した。
キャップの下の横顔は、少し悲しそうだった。
真顔で篠原が尋ねてくる。
「ねぇ、言ってないの?」
「いちいち言わねえよ」
「あー……もう……。私も迂闊だった」
天を仰ぎながら篠原がこぼす。
「天におわします我らが神よ。どうかこの男がこのBBQで食中毒になりますように」
「ヤメロ。何不吉なこと願ってんだ」
篠原がもぉ、とため息の塊を音と一緒に出した。
「伏見にあのことは言ってなかったけど、あれは罰ゲームで、俺がからかわれたってだけで」
「罰ゲームじゃ……ないからよ」
え?
俺が目で確認するように篠原を覗き込む。
こっちは見ないまま、ぱたぱた、と団扇で炭を扇いだ。
「ごめんなさい。……罰ゲームだろうっていうあなたの予想に、私が乗っかっただけ。調子を合わせてたの。本当は、違う」
「違うって……」
「私のことはいいから。伏見さん探してきて」
「でもトイレに」
「じゃないわよ」
そうだったらどうすんだよ。
困惑している俺には構わず、篠原は、「私も、仲良くなれそうな人とは仲良くしたいし、嫌われたくないのよ」と小声で言った。
「伏見さんが知っていると思って、軽率に言ってしまったことは謝るわ」
「罰ゲームじゃないんなら……じゃあ」
「う、うるさいわね。三年前の話より今でしょ」
何度も小突かれて、俺は伏見を探すためようやく立ち上がった。
とりあえず、トイレの前で待ってみたけど、伏見どころか他の利用客もおらず人けがまるでない。
どこ行ったんだ、伏見。
茉菜が大興奮していた沢を上流のほうへ辿っていくと、小さな滝が見えた。石段を下りた先にキャップ帽を被った女の子がいる。
石段を下りていくと、伏見が叫びはじめた。
「りょーくんのアホーーーーーーーーー!」
滝の音で半ばかき消されていたけど、すぐ近くにいた俺には聞こえていた。
「ちゅー、したことないって言ってたくせにーーーーーーーーーーー!」
してないんだって。ほんとに。
「どうせ、いっぱいいっぱい、中二病女とえっちなことしてたんでしょーーーーーーーーー!」
中二病女って。誰も聞いてないと思ってこいつ、言いたい放題だな。
うぉぉぉ、と雄叫びを上げて、一抱えもありそうな岩を両手でつかんで滝つぼのほうへと放り投げた。
あんな細い腕にどんなパワーを宿してるんだよ。
「おーい、伏見さーん? もしもーし」
「りょーくんの、すけ、べ…………ん?」
またしても岩を放り投げようとしていた伏見は、ポイ、とそれをあっさり捨てた。
「ど、どうしたの、諒くん」
今さら普通の顔をしたってダメだからな。俺はゴリラみたいなパワーを目の当たりにしたんだから。
「ちょっとだけ、説明させてほしい。誤解をしてる」
「誤解?」
石段に座り、篠原とのことを話した。隣に座った伏見は、黙ってそれを聞いていた。
「……三日だけだったの?」
「そう。すぐに『無理』って言われてフラれたけど。だから……キスもしてないし、それ以上のことももちろんしてないし、手も繋いでないし、一緒に帰ったりもしてない」
「ダウト」
「はい?」
「諒くん、一回篠原さんと放課後一緒に帰ってるよ。二人きりでね。二人きりで」
唇を尖らせて、伏見は激むくれモードだった。
「うそぉん……」
「わたし、知ってるんだから」
「何で知ってるんだよ」
「たまたま見ちゃって。約束破った、と思ってショックだったから」
どんな約束だったのか、とか、俺はそんな約束をしたのか、とか、今訊くと火に油を注ぐことになりそうだから、ここはスルーしよう。
「まあ、ともかく。三日だけだから、親密な関係になる以前に終わったんだよ」
「そうなんだ……」
いじいじ、と足下の石ころを触っていた伏見が、聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声でこっそりと言った。
「まだ、誰ともしてないんなら……最初のちゅーは、わたしと、してほしい……」
痴漢されそうになっているS級美少女を助けたら隣の席の幼馴染だった ケンノジ @kennoji2302
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