@aoimiyama

僕が今物書きとしてそれなりに生きていられるのは多分、あの軽薄で真摯な人のせいだと思う。


それは確か高校の入学式から何日もしない部活動紹介の時で色んな部活が新入生を獲得するためにアピールする中で一際奇抜だった。

「物語はそこにある、ここにも、あそこにもどこにだって。お前たちはそれを見つけだす目が無いだけで、つまらない佐藤の授業にだって物語はある」

恐らく佐藤先生と思われる人が怒りを声を上げるが壇上の軽薄な男は無視して続けた。

「そのための方法を、見つけるための目が欲しいやつは来い、待っている」

どこに行けばいいのか、そもそも何部なのか一切言わないままに男は壇上を降りた。

軽快に説教を食らわせようとする先生達をくぐり抜けて逃げるように講堂を出ていく男を、何故か僕はじっと見ていた。


「ほらきた」

軽薄な顔がこちらを舐め回す。

「いらっしゃい、そこの空いてる椅子にでも座って」

隣にいた女生徒に促されて僕は椅子に座った。

「ようこそ文芸部へこのバカが何も言わなかったから大変だったでしょ、お茶淹れるから少し待ってて」

女生徒が席を離れて男と僕が1対1で向かい合う。

「改めてようこそ」

そう言って男は何枚も束ねられた紙を差し出す。

「これは?」

「原稿用紙だよ、見れば分かるだろ?」

小馬鹿にするように肩をすくめる。

「とりあえず100枚、なんでもいいから書いてみろ」

笑うと一際人相が悪く見えた。

「いきなり無茶な事言わない」

両手で器用に3つのカップを持った彼女が男を睨む。

「全くの素人に原稿用紙100枚書かせるとかせっかくの新人に何するの」

原稿用紙の束から3枚ほど摘んでこちらに差し出す。

「じゃあ新人君と馬鹿にお題。お互いをイメージして小説を書くの、君は3枚、馬鹿は残りの97枚の分量で」

「お前が勝手に決めるな」

拗ねたように男が言う。

「あんたに聞いてない」

こちらに向き直る。

「初めてで難しいかもしれないけどやってみて」

「は、はい」

向かいの男の目が変わった。

シャープペンを握り視線が原稿用紙にフォーカスする。

鬼気迫る男の表情を見て僕は何か恐ろしくなった。

小説を書くというのはああも取り憑かれるのか。

違う、何より小説に、彼の言い方を使うなら物語に真摯なのか。

「あれを真似しようとしても無理、ああなったらてこでも動かせないわ」

呆れ返るような、それでも親愛が混ざった口調。

「長い付き合いなんですね」

「ええ、生まれた時からだもの。私の可愛い弟だから」

「それって」

「双子だよ、似てないけど」

言われて、2人を見比べる。

「目元が、真剣な時の目の形がそっくりです」

彼女は驚いたように目を見開く。

「いい目を持ってる、保証するよ」







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