不死鳥の箱庭

@happy1321

不死鳥の箱庭

これは西暦二〇五一年。清華元年の春、ある大学で極秘裏に進められている計画である。国は成長戦略の一環として、世界最高峰の医療技術の開発を掲げた。

難病治療。延命技術の向上。新薬や医療機器の開発。そして、生殖医療。これによりヒトの寿命は大幅に伸びることになる。しかし、それと同時に新種の病原菌や、さらなる薬害。そして、異常なまでの発がん率。そう。一昔前に撲滅された「インフルエンザ」と同等の。いや、それ以上の罹患率にまで高めてしまったのだ。

そして今、ある事件が起ころうとしていた。



一章 鼓動


月曜午前九時。病院長室。

目の前に座る初老の男性は日本海を背に険しい顔で腕組みをして俺を見つめている。

小野田正春病院長がおもむろに口を開いた。

「今回、君に来てもらった理由は、自分でもおおよそ見当はついているのでしょう?」

夜勤明けの俺はぼんやりしていて、病院長の問いかけに我に返った。

一体、今度は何をやらかしたというんだ。

いやいや、やらかすも何も、心当たりはない。と、言う事は・・・

また何か厄介ごとを押し付けられるのだろう。

畠山千明医師はげんなりした表情で口を開いた。

「例のプロジェクト絡みですか?」

俺がそれを言い終える前に

「ご名答」

予感的中だ。

そう、人間の「寿命」という概念を無くす。要するに不死の身体を研究しているプロジェクトだ。

「実はですね、このプロジェクトをあなたに監査して頂きたい。

プロジェクトチーム。チーム・レーベンの監査を」

はぁ?院長は何を言っているんだ!?

「どういうことです?」

それが精いっぱいの返事だ。

話しを聞いていると、大体の内容は分かった。主任教授の東脳神経外科部長が違法な人体実験を始めたらしい。

いや、それ以外にも何かあるのだろう。病院長の事だから…。

引き受けなければ最後だ。

「見事に調査を完遂していただけた暁には…。」

この手は何度も何度も…

「分かりました。できる限りはやらせていただきます。」

院長は話が通ると、まるでお菓子を与えられた子供のようにはしゃぐ。

もうどうにでもなれ!




   二章 チーム・レーベン


 ここは西研究棟。俺の根城である中央診療棟から歩いて5分くらいの場所に位置する。

本来なら今頃外来で優雅にお茶している時間だ。

そんなことを考えていると憂鬱な気分になる。

「失礼します。」

まずは臓器統合外科の和泉教授。

彼は人工臓器開発の第一人者だ。

「例のプロジェクトについて教授のご意見を伺いたいのですが。」

この手の話は素直に聞くに限る。

教授は植物に水をやりながら答える。

「素晴らしいプロジェクトだ。まさに神の御業ともいえる挑戦だろう。

寿命という概念が無くなる。要するに永遠の命を我々は手に入れることになる。

我々は神になることだってできるのだ。」

俺がしかめた顔をしているのを見ると教授は言った。

「何か問題でも?」

俺は何かが引っかかる感じがした。

なんだろう。この感覚。恐怖か…

「いいえ、なんでもありません。ありがとうございました。」

早くこの部屋から居なくなりたい。

和泉教授の部屋を後にして俺はエレベーターホールへ向かう。

エレベータで3階に上がる。研修医時代に俺も利用した懐かしい実験室。

精神医学研究センター。ここのセンター長である氷室教授への聞き取りだ。

俺は教授室のドアを3回叩いた。

「入りなさい。」

懐かしい穏やかな声だ。

「失礼します。」

部屋に入ると温和そうな老紳士が座っていた。

「お久しぶりです。氷室先生。」

おっと、再会を懐かしんでいる余裕はない。俺は一刻も早く仕事を終わらせたいのだから。

「フェニックスプロジェクトの事で私に聞きたいこととは何かな?」

相変わらずの口調で彼は言った。

「先生はどう思われますか、このプロジェクトを」


「私は正直反対だ。命は限りがあってこそ美しい。永遠の命など、神への冒涜にも価する。どんなに医学が進歩しようと、命の終わりから逃れることはできないだろう。

それに、もしこの技術が軍事目的に使われたら、犯罪に使われたらどうだろうか。

世界各国で不死身の兵士が生まれたなら、それほど悲しいことはないだろう。

肉体は生き続けてもやがて心は死ぬ。肉体を替えることなど今の医学では実にたやすい。しかし、人間の意志や心はどんな処置を施しても交換できない。そう。それは神にでも無理な領域だろう。

人間に本当に必要なのは不死身の体ではなくその人自身の個性ではないだろうか。」


なるほどチーム内でも反対派はいるのか。でも確かにその通りだな。

長寿だけが人間ではない。

派閥の中にいると自分の考えも塗り替えられてしまう。それが嫌で派閥を抜けたのに、いつの間にか俺の色も塗り替えられていたのかとちょっと恥ずかしくなった。

俺は教授に深々と頭を下げて部屋を出る。




   三章 脅迫


 おっと、もうこんな時間か、一回休憩しよう。

教授室を出て、右に曲がる。そこから渡り廊下を歩き北診療棟へ向かう。

北診療棟の8階のレストランで昼飯にしよう。

のんびりと昼飯の月見そばをすする。教授たちはみんな高級そうな飯を食すのに助教の俺ときたらワンコインの月見そばか。

なんとなく淋しさを感じる。

テレビでは今日も「発がん予報」なるものが放送されている。厚生労働省の医学研究所の放送だ。詳しくは分からないが、空気中の発がん物質や電磁波。放射線。医療機関からのデータをもとに発がん率を求めるのだそうだ。

「本当にあてになるのかね、こんなのが。」

「なりますよ」

後輩の島津が言う。こいつは本当にどこでもいるな。

「本当にこんな技術があるならお目にかかってみたいもんだね」

俺は一昔前の、インフルエンザにかかって仕事を休んでいた時代の人間だ。

だから最近の技術はどうも嘘くさく感じる。

そばの汁を飲み干し根城に帰ろうとしたとき、またもや横やりが入った。

「あ、そうそう。先輩あての手紙が僕の診察室に届いてましたよ」

それを一番最初に言えよと心の中で抗議しつつ、封筒を受け取る。

封筒の中身は…。


「警告。これ以上例のプロジェクトに干渉するな。次はない。」

お世辞にも穏やかとはいいがたい一文があった。

さて、どうしたものか。

ま、脅迫状通り次が最後だ。ここは強行しよう。病院長も「反社会勢力には屈しない」と言っていたからな。

 ひとまず、俺は根城に戻り食後の日課を果たしてこなければ。

そう。診察室で買っている金魚に餌を与えねば。

俺が診察室に戻ると、腹をすかせた金魚たちが跳ねる。

「よしよし、いま餌をやるからな」

診察室で一人の時はこうして金魚に話しながら過ごす。

天気のいい日には屋上で昼寝することもある。

「じゃあ、行ってくるな」

白衣に着替え、部屋を出る。

これから最後の聞き取りに向かう。脳神経外科の東教授の聞き取りだ。

彼は中央研究棟の7階フロアを自身の研究所としている。

俺は診察室を出て中央エレベータで4階の集中治療センターへ向かう。

そこからが一番近いからだ。

集中治療センターの入り口を右に曲がり、渡り廊下を渡りエレベータで7回まで上がる。

だが、そこで誤算を見つけた。東研究室の扉は指紋認証式の電子ロックだ。と、いうことはphsで連絡を取り、東教授に開けてもらうしかない。もし断られでもしたら監査は失敗に終わる。ここは賭けだ。俺は東教授の番号をダイヤルした。無機質な呼び出し音が数回した後

「カギは開けた。入れ…」と、一言だけいかにも不機嫌な返事があった。

俺は不安を感じたので保険を掛けることにした。まさかその保険で命拾いするとは。

中に入るといかにも不機嫌そうな東教授の姿があった。

「君が例のプロジェクトを調べているのは知っている。不愉快だ。すぐにやめたまえ。」

この男は何かを隠している。直感的にそう感じた。少しカマをかけてみよう。

「教授、この研究であなたは違法な人体実験をしましたね?あなたは何をするつもりなんですか。こんなことが許されると思っているんですか?」

一瞬だが教授は顔をしかめた。

やはり不正はあったようだ。しかし教授は開き直ってこう述べた。

「それの何が悪い。表に出ない事実など、存在しないに等しいんだよ。

君は一昔前の医学が同進歩してきたか知っているか?それにはドイツのある独裁者が関わっているんだ。彼は弾圧した民族で残酷な人体実験をした。そして、たくさんの犠牲のもと今の医学の基礎を作り上げたのだ。

医学の進歩にはそれ相応の犠牲が必要なのだよ。そして、神への挑戦にもな。

私は神になるのだ。寿命という概念を捨てた人類を誕生させ、永遠の命を作るのだからな。

さあ、お喋りはそろそろ終わりにしよう。お別れの時間だ。」

教授の手にはトカレフが握られていた。

「東教授、あなたは間違っている。人が人の命を自由にしていいなんてことはない。

あなたは神にはなれない。」

「そろそろ逝ってくれないか。私も暇ではないのでね。」

俺は最後の保険を使わざるをえないようだ。

「今の会話は私のスマホを通じて病院会にも聞かせています。あなたはもうおしまいだ。自首してください。東教授。」

教授の顔が青ざめていく。

「そうか、はは、私もおしまいか。ははは…ならばこうするまでだ!」

教授は俺に向けていた銃口をおもむろに自分のこめかみに向けた。

俺は一瞬迷った。

東教授のこの人生。教授としての名誉や功績と共にこのまま幕を引かせてやるのも慈悲なのではないかと。でもすぐにそれは違うと感じ、教授が目を瞑った瞬間に彼のこめかみに向けてスマホを投げつけた。

直後に轟音が響き渡り、東教授は倒れた。が、彼は生きている。

弾は顔をかすり、壁に飾てあった集合写真に当たった。それも東教授自身の顔に。

「ふざけるな。あんたが今すべきことは死ぬことじゃないだろう・・・」

轟音で東教授は気絶しているようだ。今は何を言っても聞こえないな。

とりあえず俺はハンカチで東教授の銃を回収した。目が覚めて撃たれたりしたらたまったもんじゃないからな。

そして、デスクの電話から院長に事の次第を説明し、警察に通報してもらい、駆け付けた警官隊に東教授は逮捕されていった。





 最終章 不死鳥の最期

「今回もお手柄でした。」

院長は少し悲しそうに言った。

これで天下の西國大学も崩壊してしまうだろう。病院は、引き続き、N県の雪国大学医学部附属病院の管轄のもと、体制も立て直されるそうだ。

俺は人間の生きる道理を尊重し、医学の未来を潰した。

東教授と俺。根本的に罪は同じくらいなのかもしれない。

夕日が沈もうとしている病院長室の古びた机の前に、一羽の老いた不死鳥をみた。




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