「 IF ~あったかもしれないエピローグ~ 」

 あの日から三年ほどの月日がたった。何とか大学への進学を決めこうしてアパート暮らしをすることになったわけだが、今日は大学は休みだ。休みどころか今日から夏休みなわけで、もう今日はゆっくり寝てようと思う。

「ヤッホー!起きてるー!?」

 どう考えてもこの場にあってはいけない明るい声が聞こえる。…お隣の鶴田さんだ。

「…ぐーぐーぐー。」

「って寝たふりするなー!」

 狸寝入りを決め込もうとすると布団をはぎ取られる。どうしよう、メンドクサっ!

「もう少し寝かせてくださいよ。今日は休みなんですよ?っていうかどうやってここに入ってきたんですか?」

「もちろん合鍵作ったに決まってるじゃん!お母さんから頼まれてるんだからお姉ちゃんがしっかり管理するのは当然でしょう?休みだからってたるんだ生活はだめだよ?」

「ええー。」

 そこまで管理されても正直困る。いつもちゃんと早起きして頑張っているのだ。たまにはゆっくりしたい。

「千明。おはよう。」

「ん?咲か。」

 玄関の方からやってきたのは鶴田さんと同居しているつまりお隣さんの咲だ。咲はこちらにやってくると俺の寝ている隣に横になった。

「千明今日は朝ご飯作ってある?」

「いや今日は作ってないな。遅起きするつもりだったし、まあ冷凍で作り置きはあるけどな。」

「そ。なら私は作ったからあとで一緒に食べよう。」

「わかったよ。じゃあ御馳走になるな。」

「ん。」

「あ、ちょっと二人でまた寝ないでよ!私も混ぜて―!」

 仲間外れになった鶴田さんが二人に覆いかぶさるように落ちてきた。そしていつもの怪力で抱き締め上げる。

「…お姉ちゃん重い。」

「重い以前に肋骨折れるんで力緩めてください。」

「ひどいよ二人だけでイチャイチャして!のけ者にしないでよー。」

「「いやしてない(です)」から。」

 まあこれが平常運転である。


 身支度を整え咲たちの部屋に向かう。これがまた広い部屋なのだ。というのも俺が大学に進学するにあたり鶴田さんがお金を一部出すから近くのアパートに住みたいといってきたのだ。俺も勉強面でお世話になっていたこともあり、親との親睦も深かったためか、両親は喜んで承諾した。そして咲も鶴田さんと一緒に住むことに決めたらしくこのような状況になったわけだ。まさかお隣さんになってこんなに広い部屋に住むことになるとは全く思ってなかったわけだが、鶴田さんが実は偽名でそのうえ大層お金持ちの家のお嬢様でこんなことはお茶の子さいさいだったらしい。たぶん俺が都会に行くことに際して咲と離れ離れになることを懸念したという感じだが、正直近くに仲の良い知り合いがいるとすごく安心して生活できるので、俺としてもありがたかった。

「こんな感じだけど良かった?」

 咲が出してくれたのは生鮭の塩焼きに味噌汁、ホウレン草のおひたしに納豆とごはんというもう和食のザ・朝食という感じのものだった。ちなみにこの生鮭は俺の祖父が買って送ってくれた脂ののった美味しいものを俺がおすそ分けしたものだ。田舎にある塩じゃけとかってあんまりおいしくないけど、これは本当にうまい。

「じゃあいただきます。」

「いっただっきまーす。」

「ん。おあがりなさい。」

 まずは味噌汁を飲んでみる。鰹節とみその良い香りがして出汁がしっかりとれている。市販の出汁をこっそり使っているのはまるわかりだけど、美味しい。

「前より腕を上げたな咲。美味しいよ。」

「そう?ならよかった。」

 俺は大体無言でご飯は食べてしまうタイプなのだが、しっかりと感想を相手に伝えるのは大事だと鶴田さんに何度も諭されそれを心掛けている。咲は高校に入ってから料理もし始めみるみる腕を上げている。このまま行ったらいい奥さんになれそうな気がする。それにしてもそれを教えたのが鶴田さんだというのが意外だ。なんせ俺はあの人が料理をしているところなんて見たことはなかったし、こっちに来てからも俺が作った素人料理をわざわざ食べに通ってくる始末だった。いまだ謎が多い人である。

「「ごちそうさまでした。」」

「お粗末様。」

 朝食を食べ終わり片付けをした。さて、早起きをしたはいいが別にこの後何か予定があるわけでもない。何をしようか?二度寝したいけど食べてすぐ寝るわけにもいかないし…。

「…。」

 これからのことについて考えていると、咲がくっついてきた。腕をまわして抱きついてくるので好きにさせておく。

「千明の匂い…。」

 どうもこの子ことあるごとに俺の匂いを嗅ぎたがるのだが、そんなに俺匂うのかな?今のところ苦情はないけれど気を付けたほうがいいかもしれない。この子と言ってももう十八歳か。女性らしくなってきたので抱き着かれるのはいいのかどうか迷うのだが、嫌がれない。

「あ、そうだ千明君。これから四日間ぐらい旅行に行こうと思うんだけど、千明君も一緒に行くからね。」

「はい?」

「だからね、今日から千明君は私たちと岩手県に行くのです。ちゃんと課題は持ってくるんだよ?お姉ちゃんがしっかり見てあげるから。」

「………あはははわかりました。」

 もはや乾いた笑みを浮かべるしかない。鶴田さんはいつも唐突だ。そして強制が強すぎる。まあこちらの予定がないことを承知の上でのことなのでいつもとやかく言わないし言ってもどうしようもないのだが、もう少し余裕をもって伝えて欲しい。

「ほんと、あの人は自由すぎる。」

「ん。でも千明にはそのくらいがちょうどいい。」

「俺はもう少しゆっくりしたいんだがな。」

「ならもう少しこうしてよ。」

 ああ全く、いくつになってもこいつは可愛らしくて困る。


 飛行機で約二時間経たないうちに岩手県に着いた。東京ほどではないがやはり夏であるだけあって嫌になるほどの暑さだ。

「うー。」

「まさか車酔いならぬ飛行機酔いとはな。よっこらせっと。」

 着陸するときにだいぶ揺れたし仕方ないか。咲をおぶって荷物を持ちホテルに向かった。今日から四日間お世話になるホテルだという。

「それにしても千明君力持ちだね。咲ちゃんと荷物一緒に持つだなんて。」

「もともと筋力はありましたからね。まあそのせいか背は伸びませんでしたけど。それに、鍛えろって滅茶苦茶俺を嬲ってくれたのはあなたではないですか千歳さん?」

 鶴田さんの本名は「天照院てんしょういん千歳ちとせ」というそうだ。金持ちというやつは結構何でもありで、親の名前を名乗りたくないから偽名に変えたらしい。天照院とか普通にかっこいいしもったいない気がするけれど。

「いい加減千明君もお姉ちゃんって呼んでくれればいいのにー。意地悪。」

「嫌です。」

 ホテルに着いた後は咲がぐでっていたので千歳さんとマリオで時間をつぶしていた。観光は明日からになりそうだ。


 岩手は海鮮の国らしい。いくら、うに、マグロ、マンボウなど、美味しい魚介類がわんさかいる夢の国だ。さらに今回は千歳さんが奢ってくれるというのでめいっぱい楽しんでやろうじゃないか。

「実はね、この場所には天国があるんだよ。」

「天国?」

「平等院鳳凰堂みたいなあれですか?」

「ちっちっち。そうじゃないんだなー。まあ百聞は一見に如かずだよ。その天国っていうのはここだ!」

 岩垣に隠れていたところから場所が開け海が見えた。マリンブルーというのがまさに当てはまるような透き通った青い海。日本とは思えないその幻想的な流紋岩の立ち並ぶ様は確かに極楽かのように思える。

「すごい綺麗。」

「ここは浄土ヶ浜っていう場所でね、この場所を見た霊鏡和尚っていう人が「ここは極楽浄土みたいだ」って感動したからついた名前みたいだよ。」

「確かにものすごくきれいな海ですね。修学旅行で沖縄の海とか見ましたけど、ここよりきれいな場所は見れませんでした。」

「気に入ってくれてよかった!ここは日本有数の絶景の海水浴場だからね。じゃ、泳ぎにいこっか!」

「え?いや俺水着とかもってないですし…。」

「もちろん千明君のサイズの海パンも持ってきてるに決まってるじゃん!咲ちゃんと選びに行ったもんねー。」

「ねー。」

 どこまでも俺の意思関係なく話が進むんですね。本当なら一喝いれるべきなんだろうけど、

「変なやつだったら着ませんよ?」

「大丈夫だよそんなところでもめたくないからしっかりいいの選んだもんね。」

「サイズもばっちりだと思う。」

妙に気が利くせいでできないなやっぱり。そして水着に着替え浄土ヶ浜へ乗り出した。

「はあ海に入るなんて何年振りか…。」

 修学旅行でも沖縄に行ったといったが海には入っていない、それに高校で水泳の授業もなかったものだから水に入るのももう五六年ぶりなんてものじゃないかもしれない。そのうえ…俺はあんまり泳げない。およぐと疲れる上に息継ぎができないので酸欠に陥るため25メートル泳ぐのにさえほとんど無酸素でやった思い出がある。率直に言えば水泳は嫌いなのだ。

「まあ、別に競泳に来たわけじゃないから大丈夫か。」

 くだらないことを考えていると二人がやってきたようだ。

「あ、いたいた。千明くーん。どう?似合ってる?」

 千歳さんはオレンジ色のビキニという大胆な格好をしてきた。分かってはいたけれれど本当に見栄えのいい体形をしているものだ。日本人でこういう服を着て違和感がないというのは本当にすごいと思う。

「ええ。似合ってると思いますよ。やっぱり千歳さんってモデル体型ですね。」

「えへへそうでしょー!なんせこの国でも有数の美女だからね!でも咲ちゃんもかわいいよ!ほら!」

 千歳さんの後ろに隠れていた咲がおずおずと出てきた。水色のこれもビキニというのかはわからないが腰のあたりがフリルスカートになった水着だ。胸のあたりはサラ̪シのような感じの隠れ方である。

「…どう?」

「いいと思うぞ。布面積が比較的多いのもグッドだと思う。」

「そ。そっか。」

「じゃ、ゆっくり海に乗りだそー!」

 それから三人でこの海を満喫した。泳いでみたり、浮かんでみたり、砂浜のシーガラスを捜してみたり、さすがにビーチバレーは人数的に無理だったけど、その時思いつきうる遊びをめいっぱい楽しんだ。そのあとは海鮮を満喫したり洞窟探検をしたりと一日がぱっと過ぎていった。

「日が落ちてきましたね。」

「綺麗。」

「そうだねえ。じゃあそろそろ帰ろっか。」

「…ねえお姉ちゃん。ごにょごにょ…。」

 咲が千歳さんに何か耳打ちするとみるみるにやけた顔になる。

「オッケー。明日ね。」

「ん。」

 何をたくらんでいるのかは知らないが嫌な予感しかしない。


 そしてまた次の日、車を走らせ中尊寺や農場などを回った。俺も咲もそう体力のある方ではないのでもうへとへとだ。有名な中尊寺の金色堂は本当にいくらするんだろう。金があるところにはあるものだ。そしてその絢爛さに目が疲れた俺たちは今動物によって癒されているわけである。

「千明食べた!」

「そうだな。」

 咲が馬に人参をやって喜んでいる。ああ田舎にもともと住んでいたので忘れていたが、咲はこうやって動物と触れ合う機会はあまりなかったようだな。初めての体験に歓喜する彼女の様子はいつまでたっても飽きないものだ。

「…ねえ千明、その眼…。」

「ん?あ…。」

 やばいコンタクトを気づかないうちに落としていたか。そういえば何か変だなと思っていたのだが、咲を見てたら忘れてしまっていた。

「それカラーコンタクト?」

「あ、いや違うんだ。」

 自分からは見えないが、俺の俺から見て左目はいま咲には青色の瞳に見えているのだろう。

「俺はオッドアイでな。このままだと変だからいつもは黒目のカラーコンタクトで隠してるんだよ。」

「本当に?…。」

「見てもいいけど目触ったりするなよ?」

 これで本当はカラーコンタクトつけているんでしょとか言われて目つぶしされる事態だけは避けたかったのだが、咲はじっとこちらを見つめるといった。

「空みたいで綺麗。」

「そうか?そりゃよかった。」

「でもなんで黙ってたの!?」

「別に言う必要ないかなって。」

「いつも起きた時もコンタクトつけてるの?」

「毎日つけてるから寝る前に外すに忘れて…。」

「危ないからダメ!」

「はい。」

 替えのコンタクトをつけようと思ったのだが、今日はもうつけちゃだめだといわれてしまった。黒目と碧眼の日本人男性って…完全に中二病だよな…。


 そうして夕日が沈み始めたとき、千歳さんはまた浄土ヶ浜に俺たちを連れてきた。

「じゃあ私ちょっと用があるからここで待っててねー。」

「はあわかりました。」

 もう疲れたしホテルでゆっくりしたいのだが、まあ少しくらいならいいか。海に沈んでいく夕日を眺めながら待っていると隣にいた咲が言った。

「綺麗だね。」

「そうだな。」

「…多分千明がいなかったら、こうして夕陽を見て綺麗なんて思うことなかった。ありがとね。」

「別に俺は何もしてないよ。」

「そんなことない。私が一緒に死のうって言った時…私が貴方を殺そうとした時、あなたが私を信じさせてくれたから、生きようって思えた。生きてきたから今があるの。だから全部千明のおかげ。」

 咲は俺にこちらを向けと俺の頭を自らの方に無理やり向けさせた。

「千明、えっと…あのね、一回しか言わないからちゃんと聞いてほしい。」

「ん?ああ。」


「私は千明のことが好き。友達としてじゃなくて家族としてでもなくて、異性として、千明のことが好き。だから、私と付き合ってほしい。」


 彼女は夕日のように顔を赤らめてそう言ってきた。綺麗だな。本当最初に出会ったあの日から彼女は成長した。これが俺が繋げたものだというのなら何てうれしいことだろう。

「ありがとう。すごくうれしい。だけど、


だけどまだ受け入れるわけにはいかない。」


 咲はその言葉を聞いて悲しそうな顔をする。そして涙をためて訊いてきた。

「私じゃ…やっぱり…だめ?」

 そんな顔しないでほしい。まったくちゃんと言葉は精査して聞いてほしいものだ。

「だめじゃない。ただな、ひとつ今は問題があるんだよ。何かわかるか?」

「ううん。」

「正解は俺たちがまだ学生だってことだ。」

「?」

 あははまだ子供だなこの子は。そこがかわいらしいのだがちゃんと伝えよう。

「俺はまだ一人じゃ生きていけない。お前もそうだろう?だが、誰かと付き合うってことは相手の人生を背負う準備をするってことだ。自分一人まともに生かせられない奴がそんなことをする資格はない。だからまだ駄目なんだ。」

「………うん。」

 咲はうつむく。ちょっと厳しいことかもしれないけれど、これは俺のポリシーだ。だが俺もまだ成熟した大人とは言えない。これだけ心が舞い上がっているのだからこのくらい言っても良かろう。


「だけど、これから先の未来俺やお前ががちゃんと仕事について、ちゃんと一人でも生きていけると証明できたのなら…


 結婚を前提に俺とお付き合い願えますか?咲。」


 すると咲はぱっと明るい表情になりそのまま泣き出してしまった。あれ?俺泣かせるようなこと言ったかな?困ったどうしよう?

「私いつもわがままで、千明みたいに頭も良くない……本当に私でいいの?」

「だから俺たちゃ修行中だろう?今しっかりと励んで立派な大人になればいいさ。」

「私なんかよりいい人たくさんいるのに?」

「ああ。お前がいいんだ。」

「……うん。よろしくお願いします…千明。」

 そうして俺たちは抱き合った。これからどのような未来になるかはわからない。けど手を取り合って良くしていこう。あいつの分も…二人で。






                                   



【 if 】🈡

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赤い月の下で ~白い一室での物語~ 黒猫館長 @kuronekosyoko

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