39 お土産

佐藤美奈子は勤務時間を終えると在住エルフのチカネットと一緒に村井時計店へ向かった。殆どのノウエル一般人はエルフを視覚に捉えることができないので一緒に外出することは多い。


古ぼけた路地を抜け、住宅街の端にあるタバコ屋の角を右に折れると一見あか抜けた感じの通りに入る。村井の養父が経営する時計店が軒を連ねる、整った印象の商店街がつづく通りである。


じつのところこの領域はシュエル・ロウからの移民によって構成されていた。多くは魔法力を持たずに生まれてきた人々とその末裔たちである。


べつにシュエルが魔法力がないからと言って生きにくい社会というわけではないが、生きにくさを感じる人はいる、ということだ。


魔法世界では一般的に魔法使用の制限が設定されており、実体としては統制社会の側面が強い。

その世界は賢者会による統制が行われ、国家は基本的に王制が敷かれてある。体に合わないと感じる人々がいるのは自然なことだった。


美奈子は移民二世ということになるがここの界隈の人たちとは殆ど付き合いがないので、この領域に来るときにはいつも少し緊張する。


ここの道路は二年前に改修工事が行われ交通量が少ないこともあって路面は真新しさを維持しており、しかし商店街自体はかつてのままなので彼女の目には不思議な光景に映っていた。その真新しく見える道路を彼女は歩いていく。



村井は二十分ほど前にチカネットからのメール(いつも美奈子に代わりに作成して貰い送ってくる)を受けていたのでリビングを片付けていた。


メールには【チカ子です。Sから帰って来てるんでしょ? 今から美奈子と行っていい?】とあった。いいよと返信する。エルフ族の情報網からこちらの事情は知っているようだ。


やがてチャイムが鳴り、店の裏手にある玄関のドアをあけると彼は美奈子の服装にやや驚いた。普段はパンツなのに今日は違ったのだ。


美奈子はノースリーブで胸元が控えめにひらいたVネックのワンピースを着ている。細かな柄模様が全体として黄緑色を織り成しているそのワンピースは彼女の丸顔、くりくりとした目、賢そうな額、ポニーテールとよく合っていた。


「いらっしゃい。店は?」


「昨日からバイトの子が入ってるから……」


ふたりは額や頬に絆創膏が貼ってある村井の顔を見てぽかんとしている。あちこちに残っているアザをまじまじと見つめていたチカネットが小さく、あらまあ、と声を漏らした。


村井はそのチカネットに訊く。

「誰から聞いたんだ?」


「ミユウから」


花屋に住み込んでいる女エルフで彼女の親友だ。チカは白いロングスカートに、水色にまで色落ちさせたGジャンを羽織っている。美奈子が手に持っていた店の紙袋を差し出した。


「ごくろうさまってことでケーキ持ってきたのよ」


「ああ……サンキュ。ちょうどよかった。お土産あるから」


「えー、なにー?」美奈子が声をあげるとチカネットも「ほんと?」と笑顔になった。


「たいしたもんじゃないけど」


ふたりをリビングに通し、村井は奥から茶色い紙袋を持ってくるとテーブルの上に載せる。紙袋の中身は長方形のふたつの箱である。

ゴルドバ高原産のハチミツセットとプリンシパン産の紅茶の茶葉セットだった。しばしふたりは楽しげに中身を確認し、それがすむと美奈子が言った。


「ものすごい化け物だったんでしょ?」


「まあそうだね」


「どんなやつだった?」とチカネット。


どんなやつか……と村井はしばし考えてからつぶやくように言う。


「本来なら俺を倒せてた。化け物じゃなくて……汚い戦い方をしない戦士だったな。運がよかった」


「そうなの?」と納得がいかない顔のチカネット。


「二年ぶりに戻って帰りたくなった?」

美奈子が笑みを浮かべてそう言う。


「えー、あたしの修行期間が終わるまではいてよデュカス」


彼女はエルフ協会からノウエルでの五年の修行期間を与えられている。まだ二年目だ。


「それ賢者会次第だから」


村井は美奈子が持ってきたチョコレートケーキをほおばり、カカオの苦味を絶妙に残したその深い味に幸福感を得ていた。見事な仕事である。


美奈子はチカからシュエルの最高級品であるふたつのお土産のだいたいの価格を聞かされ、いまふたりで盛り上がっているところだ。そんなふたりを眺めながら、村井はこんなことを考えた。


戦士。あいつは確かに戦士だった。それよりほかに言いようがない。国民の権利のために戦い、あいつは散っていった。俺は生涯あいつのことを忘れない。彼は国民を差別から解放するために戦った、自由の戦士だったのだ、と。








                Fin




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プリンス☆プロミス《戦慄の貴公子》 北川エイジ @kitagawa333

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