38 goose
「王の器ではないです」
「まあ……、それ以上は何も言うまい。内政の話だからな。あと……いくら調べてもわからんことがあるんだ。曖昧な記述しかなくて困っとる」
「はい」
「シントウとは何かね?」
「……うちの師匠も同じことを言ってましたね。そんなに気になりますか?」
「何て教えたんだ?」
「いえその時は余裕がなくてあとで答えますと流したのですが」
「そりゃ不思議に思うわな。だってそれがこの国の基盤になっとるんだろ? にもかかわらず宗教的な意味合いは限りなく薄いわけだ。もちろん生活に溶け込んでいると言えなくもないがそれはちょっと説明として違うだろ」
「まったく詳しくはありませんが、俺の解釈で言うとGODの概念だと災害を乗り切れないからじゃないですかね。ここではあらゆる災害がありますからそれをGODの怒りとはできない。そうではなくできるだけ災害が起きないよう祈ることに重点を置いたのではないでしょうか。儀式の主なテーマなのではないですかね」
「GODに祈るのでは?」
「星と沢山のマルと沢山の点をピラミッドのような形で思い浮かべてください。上から星がGOD。マルがカミ。点が人間。俺たちの世界では星と点があってこれは直接のつながりがあるわけです」
「うん」
「でもここではGODは宇宙みたいな概念で、人の世界とは線引きがしてあるんですよ。その代わり人の世界と関わりのある沢山のカミがいる。善いカミ、わるいカミ、どちらでもないカミと言ったふうに無数に存在していると」
「そのカミに祈るわけか。災害が起きませんようにと」
「じゃないですかね。で起きない間は感謝するわけです。起きないことに」
「ああ……なるほどね」
「でもこの仕組みって何となく賢者会のシステムと似てませんか?」
「こじつけだろ。賢者会システムは物理的なもんだ」
「ここに住んでみないとわかりにくいでしょうが」
「君の解説は納得する部分もあるが、感情としては釈然としないね」
「別の言い方をすればGODを必要としないんです。社会がありますから。そこがここの難しいところです」
「……消化には時間がかかりそうだな」
「と思います。俺もネットに深く関わってこうした意見にたどり着いてます。じつは俺個人の考えではないです」
「テンノウというのはピラミッドのどの位置におるのだ?」
「カミの頂点にアマテラスオオミカミという女のカミがいるのですが、たぶんこのそばじゃないですかね? 概念としては」
「人間宣言をしておるようだから点じゃないのか?」
「人がどう思っているかの問題なんでマルですよ。象徴とはそういう意味も込められてあります。ここが凄いとこでその辺にテンノウヘイカに拒否する権利はないんです。非常に厳しい前提です。権威でありつつ一面として人身御供の面があります」
「それって矛盾してないか? いまの時代と」
「だからこそそこに途方もない力があるわけです。時代ですら手が出せない伝統文化としてね。といっても危ないところでしたが」
「……その辺は聞かん方がよさそうだな」
「そうですね。その辺が俺をここに送り込んだ元々の理由のひとつなんでしょうが」
「なるほどなあ、、仮に刑がなくなったからといってすぐには帰れんわけだ。学ぶことは多そうだ」
「ですね」
「賢者会の五人がな……裏では揃って早く戻せと言っとるんだ。取り返しのつかないことになると。代表の思惑とは真逆の結果を招いておるからな」
「ちらっと耳にしますね」
「私たちはどうすればいいんだろう?」
「俺に言われましても。システム上、賢者の世界は別世界、別次元の世界ですから」
「基本は合議制であるはずなのに君の扱いは独裁制になっとる」
「何も申せません」
「まるで何かの呪いのようだ」
近くの岸辺に大きめのガチョウが来ていた。よく目にする綺麗なガチョウである。岸辺にえさをやる女の人がいるので寄って来ているのだ。
突然、若い女の甲高い声が響いた。
「ああーっ! 白鳥の湖ぃ~!」
ふたり連れの若い女がガチョウに寄ってゆく。するとえさやりの女の人が優しく告げる。
「ガチョウなんですよ」と。
村井としても若い女の気持ちはわかる。大きいのだそいつは。毛並みというか羽の表面がつやつやして眩しい白色を顕示しているその姿を見てガチョウという単語は出にくい。
村井は地方都市の薄い青色に広がる空を見上げ、虚空に向かって言った。
「呪われてるのは俺ですよ」
☆
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