社員力

渡辺 料亭

第1話

『我が社にとって1番の財産は、顧客や商品ではなく、会社のために日々奮闘してくれる全社員である』


立派な社訓が掲げられているのは「(株)黒川総合開発」の1階エントランスである。


社長の黒川は、1代でこの会社を築き、社員数も60人を超える企業に育てあげた。

業績も同業他社が苦労する中でも赤字を出さずに経営を続けているので、書面上では安定した優良企業であるように窺える。


しかし、社員の中ではどうやら不満の声の方が多いようだ。その原因は他でもない、黒川の性格にあった。

1代で築き上げた自信からか、重役の意見にも耳を貸さない典型的なワンマン社長なのだ。ワークライフバランス重視な今日に、まだ前時代的な体育会系バリバリな経営スタイルを貫き、社員にもそのように教育している。


「成功者に休みなんてない、他の奴らが眠っている間にも仕事に精を出すんだ!」

、が彼の口癖である。

エントランスの立派な社訓も、黒川が自ら筆を取り、お世辞にも上手とは言えない書道の腕前を披露した。

彼は毎朝、出社したらその社訓をうっとりと眺めるのだそうだ。


しかし、それだけなら社員たちも耐えれた、仕事さえこなして時間を作れば社内でも息抜きの時間は充分にあった。


問題は、最近導入された迷惑極まりないロボットだ。

社長が懇意にしている商社マンが持ってきたという最新型の「浮遊型社内生産性管理システム」らしい。


このロボットは、社内の天井付近を音もなくフワフワと漂いながら移動し、社員たちの言動を映像と音声で記録する。


「あー、連休明けは本当にやる気でねぇなー。天気いいし外でビール引っ掛けた方が効率上がりそうだよな!」

ある男性社員が笑いながらそう言った、ほんの数瞬後、


「ビビビ!ヤル気ノ低下ヲ検知!」


いつのまにか頭上にいたロボットから音声が流れた。

その翌月、彼には倉庫勤務への異動が命じられた。


これが最初の犠牲者となり社員たちは戦々恐々、ロボットが「殺し屋」と呼ばれる所以となった。


「殺し屋」は5階建ての社内に30台以上も、獲物を探すかのように空中を漂っている。

導入されて3カ月、犠牲者は10人を超えた。


ある者はエレベータの中で同僚に漏らした愚痴を聞かれてビビビ!

ある者は社内メールで後輩社員と休日の予定をとりあっていた画面を見られビビビ!

またある者はトイレの個室で恋人と連絡を取っていたところを狙われてビビビ!


つまり、社員たちにとって社内のオアシスはどこにも無くなったのだ!


この状況に黒川はとても満足気であった。

「会社は生き物なのだ、新陳代謝を止めたらすぐに死んでしまうわ。つまるところ、このロボットは全社員の『社員力』を図るためのツールなのだ。本当にいい買い物をしたわ。」


「殺し屋」のおかげか、会社全体の生産性は少し上がったようだった。

しかし、当然ながら社員たちの不満はそれ以上に大きく膨らんでいた。

社内では無駄口を一切きけないので、社員たちは定時を過ぎるとさっさと会社近くの居酒屋に溜まって愚痴を吐くのが新たな習慣になっていた。


彼らの話題は専ら「殺し屋」と、そのオーナーである黒川に対してだ。

他社に移ろうと真剣に提案する者、「殺し屋」を逆に殺す方法を考える者、黒川を殺そうと物騒なことを言い出す者までいた。

ただ実際には飲みの席の戯言で終わらせて、次の日も「殺し屋」にビクビクしながら働くという生活を過ごすだけだった。


次の日、また新たな犠牲者が出た。


彼は「殺し屋」の監視にノイローゼ気味になり、頭上を漂っていた「殺し屋」に対しお茶をぶっかけてしまい、それを他の「殺し屋」に見つかりビビビ!

他の社員たちはこの事態を見守る事しか出来ず、ただ黙々と仕事を続けるだけであった。

       

「、、、では詳細はまた来月に伺ったときに詰めましょう、毎度!」

取引先の社長との電話を終えると、黒川は思わずニヤついた。

「また大きな取引も入ったし、今期の売り上げも順調そのものだ。どこまで大きくなるのか、我ながら自分の商才が恐ろしいわ。しかも今日は、、倉庫を経由してからここに向かうから、、、あと1時間くらいで到着するか。」


今日は前回の取引の売上金を積んだ輸送車が黒川の元に到着する日だ。勘定を自分の手で確認するのが彼の1番の楽しみであった。


黒川が一段と期待に胸を膨らませた時、建物全体が大きな揺れに包まれた。棚に置いてあるものがいくつか床に落ちるほどの突発的な大きな地震が周辺地域を襲った。


咄嗟に隠れた机の下から這い出て、落ちたものを棚に戻している作業の途中、社長室のドアが勢いよく開き、部下が1人大きな声で慌ただしく報告した。


「社長!大変です!先ほどの地震で倉庫の一部が倒壊したようです!」


突然の衝撃的な報告に、黒川は部下に怒鳴りつけるように言った。


「なんだと、倉庫が!、、、商品は!、、いや、輸送車は無事か!!」


その数瞬後、彼の頭上で機械音声が響いた。


「ビビビ!社員力ノ低下ヲ検知!我ガ社ニトッテ1番ノ財産ハ社員デス!」

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社員力 渡辺 料亭 @ry00man

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