特別
「『特別』になりたい」
お前はあの日、確かにそう、言ったよな。
お前はすでに特別だった。クラスでは人気者。ルックスは最高、勉強もできて運動もできて、ユーモアがあって、優しくて、でもちょっと意地悪で。
それに比べておれは、かっこ悪くて、バカで、運動音痴で、つまらなくて、性格が悪くて、優柔不断で、気持ち悪かった。そんなおれにまで平等に、優しくしてくれるお前に、心底憧れていた。
そんなお前でも、どうやらおれと同じぐらい頭が悪かったんだなって、その時思った。どうしてって、誰もが欲しがっても持っていないようなたくさんの才能を持ちながら、おれのたった一つのつまらない才能なんかに憧れているって教えてくれたからだ。そしておれを『特別』と呼んだからだ。
「お前にとって、特別ってなんなの?」
たしか、おれはそう聞いた。お前は何の迷いもなく、けれどなぜか自信なさげに、
「絶対的な個性」
そう呟いた。
「おれはお前はすでに特別だと思うぜ」
するとお前はとても悲しそうに、
「ありがとう」
それから大きく息を吸って、吐いて、
「けれど、全然違うよ」
頬には一粒の涙が伝って、
「がっかりしたかな」
そう微笑んだ。おれは泣きたくなったけれど、泣けなかった。泣けるわけがなかった。
「俺はさ、『特別』になりたいんだ」
そう言いながら、ハンカチを取り出して、涙を拭った。
「それになるためには、どうすればいいんだ?」
おれは聞き返した。
「それは、なろうと思ってなれるものじゃない」
「どうして?」
「どうしても何も、それが自然の摂理さ」
お前は、投げやりに道の石ころを蹴り飛ばした。
「わけがわからない」
「だろうね。だって君はすでに『特別』だから」
「おれは特別なんかじゃない」
「そりゃそうだろうさ。『特別』にはその自覚がないんだ」
お前はまるで聞く耳を持たなかった。
「無自覚に『俺たち』を傷つける」
すっかり自分の世界に入り込んでいて、おれは無性に腹が立った。あんな風なお前はあの日が最初で最後だったと思う。
「俺は、『特別』になるためにたくさん努力してきた。それを見て、君は、きみたちは俺を特別だっていうのだろうけれど、そんなの的外れもいいところさ」
そしてお前は下唇を噛んだ。相当強い力だったんだろう。すぐに血が滲んで、君の唇は真っ赤に染まった。
「努力は裏切らない」
おれはお前の目を見て強くいった。それはおれが大切にしていた言葉だった。
おれは何もできないけれど、たった一つだけ——お前が認めてくれた——、誇りに思っていることがあった。それは努力によって磨き上げたものだった。
「お前の言う特別が何のことなのか、おれにはわからないけれど、信じて努力をしていれば、必ずいつかはわからないけれど、絶対にお前は特別になれるさ」
おれは手の震えを懸命に抑えながら、必死になって伝えた。
するとお前は心底傷ついたような目でおれを見て、「やっぱり」と口を動かしたが、声は出ていなかった。
あの日は、それで全部終わった。
それから随分と月日は流れた。最後にお前にあったのは、三年ほど前だっただろうか。確かに、その時のお前は『特別』なんかじゃなかった。お前は一流の会社に勤めて、綺麗な奥さんと二人の子供に恵まれていて、幸せそうに笑う、普通のひとだった。
目が合って、お前は途端に顔を真っ青にして去って行ったのを覚えている。それから間もなくして、お前が会社を辞めたという話を聞いた。しばらくして今度はお前が離婚したという噂を聞いた。
そして今日、おれは、お前が目の前のテレビに映っているのを見ている。テレビに映るお前は言う。
『特別になったぞ!』
おれは、テレビを静かに切った。
短編集 姫川翡翠 @wataru-0919
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。短編集の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます