第7話

 


「あなたの動機は、私利私欲しりしよくでは無い。故人の無念を晴らしてあげたくて犯行に及んだ。友達への深い愛を感じました」


「……刑事さん」


 怜子は涙ぐんだ。


「あっ、それと」


 谷口は思い出すと、


「牧田、あれを」


 調書を執っている牧田に、腕を伸ばした。


「あ、はい」


 牧田は白い封筒を手にすると谷口に渡した。


「大切な物だ、忘れないうちに」


 そう言って、怜子の前に置いた。


「……ありがとうございます」


 怜子は、十万円が入った封筒を両手で持って、深く頭を下げた。



 怜子を見送った谷口が言った。


「牧田」


「はい」


「もうじき定年だと言うのに、最後に法を破ってしまった。もし、今回の件が公になった時は、俺が一切の責任を負う。心配するな」


「……デカ長」




 帰途、谷口の配慮に心打たれた怜子は、タクシーの車窓を流れる街の灯が、希望に満ちた暖色に映っていた。



 そして、家の前まで来て思った。このドアの向こうには、かけがえのない家族が居る。大切にしなければ、と。そして、おもむろにチャイムを押した。


「はーい」


 いつもの加那の声だ。


「わ・た・し」


「あっ、お母さんだ!」


 ドアが開くと、加那の笑顔があった。


「お母さん、お帰り」


「ただいま」


 加那の頭を撫でた。


「お帰り」


 怜子の花柄のエプロンをした晃が、台所から声を掛けた。


「あなたこそ、お帰り」


「あ、ただいま。友達が亡くなったんだって?」


 鍋の蓋を開けながら聞いた。


「ん? ……ええ。安らかな顔だった」


「よかったな、安らかで」


 同い年の晃が笑顔で見た。


「うん。……ああ、お腹空いた」


「今、冷蔵庫にあったの温めてるからちょっと待って」


「はーい」


 ふと、居間を見ると、加那がお手玉をしていた。


「五ついずものおおやしろ~、六つ村々ちんじゅさま~、七つ成田のふどうさま~、八つ八幡のはちまんぐう~、九つこうやのこうぼうさま~、十で東京しょうこんしゃ~」


 上手になっている加那を見て、怜子は微笑んだ。



 ――翌日の朝刊には、《10年前の多摩川の土手殺人事件の真犯人逮捕!》とあった。

[逮捕されたのは、窃盗や恐喝の前科がある、無職、清水利男容疑者(41)。清水容疑者は、20年前に富山で起きた女児殺人事件の犯人であることも判明した。

 この事件は、山崎妙子さん(当時11)が、他殺体で発見されたもので、死因は窒息死。妙子さんの首には絞められた痕があったものの、犯人を特定する決定的な証拠はなく、未解決事件となっていた。

 女児殺害に関しては、いたずら目的で声をかけたら騒がれたので、首を絞めたとのこと。

 多摩川の殺害に関しては、大学からの友人である被害者の東野聖児さん(当時31)に多額の借金があり、返済を迫られたため殺害したとの供述をしている。

 また、女児殺害の件を東野聖児さんが勘づいているようだったので、警察への通報を恐れての犯行でもあったとのこと。

 一連の事件の真犯人が逮捕されたことで、警察は、無実の罪で服役している魚谷卓さん(52)の冤罪や20年前に解決できなかった山崎妙子さんの事件の責任も問われることになりそうだ]



 それには、怜子のことは一行も書かれていなかった。怜子は谷口刑事に感謝をした。だが、二十年前にあの定期券のことを話していれば、事件はもっと早く解決していたかもしれないと思うと、定期券を隠したことを、怜子は悔やんだ。




 ――それから十年が過ぎた。高校を卒業してすぐに、同級生と結婚した加那は今、分娩室ぶんべんしつに居る。

 陣痛じんつうに耐える加那の手を握りながら、怜子は思った。生まれてくる子が、妙子の生まれ変わりなら、どんなにいいだろう、……と。




    完

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泥のついた定期券 紫 李鳥 @shiritori

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