第6話

 



 怜子は取調室に居た。


「捜査一課の谷口です。この度は逮捕にご協力いただき、ありがとうございます」


 谷口の言葉に、怜子はお辞儀をした。


「あ、これ」


 怜子はボストンバッグからテープレコーダーを出すと、カセットテープを抜いた。


「何か役に立てばと思って、会話を録音しました」


 谷口の前に、テープを置いた。


「……スゴいですね。大変助かります。大切にお預かりしますので」


 谷口は、怜子の妙案みょうあんに感服しながら、やにで黄ばんだ指でテープを持った。


「ええ、どうぞ」


「では、まず、どうして恐喝されたのか、経緯を伺いましょうか」


「はい。……十年前の《多摩川の土手殺人事件》が発端です」


 谷口は目を丸くした。自分が担当した事件だった。


「私は、東野さんの頭を石で殴りました」

 

「えっ!」


「殺意を持って殴りました。だから、東野さんの遺体が発見されたニュースを知った時、私が殺したんだと思いました。

 ところが、新聞には、数ヶ所に殴られた跡があると書いてありました。でも、私は一回しか殴っていません。

 つまり、私が殴った後に別の誰かが殴って殺したことになります。それが、逮捕された魚谷という男の人だと思っていました。

 ところが、十年後の昨日、先ほどの逮捕された男が、私の犯行を知っていると脅してきて、十万円を要求されました。未遂とは言え、東野さんを殺そうとしたのは事実です。

 でも、一度お金をやれば、一生強請ゆすってくるだろうと思いました。脅しに怯えて暮らすよりは、夫や娘に迷惑を掛けるけど、出頭して何もかも話した方が楽になると思い、警察に電話しました」


「……なるほど。賢明な選択だったと思います。ところで、どうして東野を殺そうとしたんですか」


「もう、二十年も前のことですが、私が小学校五年の時、……友達が殺されました」


「えっ!」


「いつも一緒に帰っていましたが、あの日は掃除当番だったので、友達を待たせるのは悪いと思って、先に帰るように言いました。……言わなければよかった。一緒に帰ればよかった」


 怜子は当時を思い出し、体を震わせた。


「……掃除が終わると急いで帰りました。途中、いつも二人で通る、通学路から少し離れた小道の草むらに、見覚えのあるランドセルの女の子が俯せで倒れていました。目を閉じた横顔を見た瞬間、妙ちゃん! と叫び、肩を揺すりました。

 だけど、目を開けなかった。泣きながら何度も何度も名前を呼びました。捲れたギャザースカートからは、太股ふとももまで下りた白い下着が覗いていました。

 私は下着を上げてお尻を隠してやると、ランドセルから飛び出たハーモニカや筆箱を戻してやりました。

 ふと、足下を見ると、泥がついた定期券がありました。泥を指で拭うと、そこには“東野聖児”と名前がありました。この男が犯人かもしれないと思い、その定期券を自分のランドセルに入れました。

 そして、走って家に帰ると、母に妙子のことを話しました。しかし、定期券のことは言いませんでした。私一人で復讐をしようと思ったからです。

 でも、それから間もなくして、父の転勤で上京した私は、復讐することができませんでした。

 そんな時、私が勤める会社に東野聖児が応募してきたんです。妙子のかたきを取りたくて、殺すつもりで東野の後頭部を石で殴りました……」


「……経緯はよく分かりました。その、たえちゃんのことが好きだったんですね」


「はい、大好きでした」


 怜子は笑みを浮かべて谷口を見た。


「たえちゃんはきっと、天国であなたに感謝していると思います」


「刑事さん……」


 怜子は両手で顔を覆うと、嗚咽を漏らした。


「ご主人とお嬢さんが心配してますよ、早く帰ってあげなさい」


「えっ?」


 何らかの刑罰が科されるのを覚悟していた怜子は、予期せぬ谷口の言葉に驚いた。

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