第5話

 


 段取りを決めるとその足で銀行に行った。そして、スーパーで食材を買って帰宅した。



 夕食を済ませると、居間でテレビを観ている加那に嘘をいた。


「小学校の時の友達が亡くなっちゃたの。明日、富山に行ってくるから」


「えっ? あした、お母さんいないの?」


「大切な友達だったの。お母さんの一番大切な友達だったの。だから、明日は合鍵を忘れないで持ってて」


「……うん」


「帰りが遅くなるかもしれないから、明日の晩ごはん、作って冷蔵庫に入れとくから」


「うん」


「明日の夜には、お父さん出張から帰ってくるから」


「うん」


「お留守番できる?」


「うん、できる」


「誰が来ても、ドア開けちゃ駄目よ。分かった?」


「うん、わかった」


「加那!」


 怜子は加那を抱き締めると、嗚咽おえつを漏らした。


「……お母さん、泣いてるの?」


「……加那が心配だから」


「だいじょうぶ。いい子にしてるから」


 そう言って微笑む加那の顔を、怜子は涙でかすんだひとみで見詰めた。




 翌日、ボストンバッグに、ある物を入れると受話器を持った。そして、プッシュホンのボタンを三回押した。



 そこに行くと昨日と同じ光景があった。下りてくる怜子に一瞥すると、男は腰を下ろしたままで、顔を戻した。


「金は持ってきましたか?」


 怜子を見上げた。


「ええ。ここにあります」


「では、頂きましょうか」


 男が手を伸ばした。


「その前に、一つだけ教えてください。どうして、私の名前や電話番号を知ってたんですか?」


「聡明なあなたでも解けなかったか? ま、座れや」


 男は七面倒しちめんどうに言葉を吐いた。怜子は少し離れて腰を下ろした。


「あの日、俺は東野に会いに、〈角田建設〉に行った」


 怜子が働いていた会社だ。


「仕事が決まったと言う東野から金を借りようと思って。行く途中、逃げるように土手を必死に走る長い髪の女が見えた」


(私のことだ……)


「何かあったのかと辺りを見回すと、男が倒れていた。目を凝らすと東野だった。近寄って、どうした? と声を掛けたが返事が無かった。……死んでた」


(? ……死んでた? 嘘だ)


「殺したのは、さっきの走ってた女だと直感した。つまり、あんただ」


 男が鋭い視線を向けた。怜子は目を逸らした。


「どうして、あんただと分かったと思う?」


「……さあ」


「東野が言ってたんだよ、電話で。会社にタイプの女が居る。事務をしている中西怜子だと」


(! ……)


「髪の長い、可愛い子だと。それでピーンときた。脅しの材料にしようと、後日会社に行ったら、あんたは辞めてた。新しい事務員に少しばかりの金をやって、あんたの履歴書のコピーを入手した。

 本籍地を見て、びっくりしたね。俺達と同じ富山だった。それも、住所はあの事件があった場所だ。歳もあの少女と同年代だし、もしかしたら、友達とか同級生だと思った。

 そして、拾った定期券で、少女を殺したのは、東野聖児だと勘違いした。あの定期券は、俺が東野に借りていた物だ。定期券を落としたのに気付いたのは、駅に着いた時だった。

 もしかして、現場に落としたかもしれないと思ったが、今更、戻れない。仕方なく諦めた。それを拾ったあんたが東野を殺した。だろ? 復讐か?」


 周りに誰も居ないのをいいことに、男は捲し立てていた。


(妙子を殺したのはこの男! ……そして、東野聖児を殺したのもこの男!)


 怜子は怒りに身を震わせながら、顔を強張こわばらせていた。


「こうやって、あんたに会うのに十年もかかった。と言うのも、別の恐喝や窃盗でムショを出たり入ったりしてたもんでね。

 出所後、〈角田建設〉の社長の奥さんに、あんたの田舎の友人だと言って、住所と電話番号を聞き出したって訳だ。さて、この辺でいいだろ。そろそろ、金を頂こうか」


 男が手を差し出した。怜子はおもむろにショルダーバッグを開けると、白い封筒を出した。男が怜子の手からそれを奪った瞬間、複数の足音が近づいてきた。怜子は急いでその場から逃げると、男に振り返った。


「恐喝で現行犯逮捕する!」


 数人の警官が男を包囲し、一人が手錠を掛けた。


「チクショー! ハメやがったな!」


 男が怜子に向かって声を荒らげた。


「どうして、妙子を殺したの? 大切な友達だったのよ。妙子を返してーっ!」


 怜子は連行される男の背中に叫んだ。犬を連れた老爺ろうやが、土手から怜子を見下ろしていた。

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