「エステル」のち「ゴキビリー」
視界に映る景色が、全てが急激に色褪せていくのを感じる。
そして、激流のように流れ込んでくる在りし日の…しかし記憶にない映像…幼き日に見た風景––––––。
あれは、誰だ……
『お母さん…』
受け入れたくない、認めたくない、視界に入れたくない…許容出来ない…こんなはずない。
こんな事起きていない……あるはずがない…起きるはずがない。
黒髪と白髪が入り混じった青年は、金色と漆黒…色違いの双眸を見開きその瞳をただ驚愕に揺らしながら立ち尽くしていた。
悪辣で禍々しい、醜悪で悍ましい…全身に揺らめく闇色の靄を纏ったブロンドで痩せ型の男。
狂気に満ちた眼が卑猥に弧を描き、どこか聞き覚えのある声で高笑いをあげながら。
その背から生える黒い手が蠢き、ある一点に伸びている…その先を恐る恐る視線で追う。
陽の光が逆光となり視界には影だけが映し出され……
「嫌だ……こんな、母さん…こんな事有るはずがない…違う、バイバイ…バイバイ…」
収束した黒い手が胸を射し貫き力無く項垂れる人影が、受け入れ難い現実としてそこに立ちはだかる。
時は僅かに遡り……
紅月未来を迎えたレイン、リリス、エステル、アルベルト一行は未来の創造した『壁』を破壊しその様相を一変させた『暴食の悪霊』と相対する。
場の空間を禍々しいプレッシャーが支配し、互いに睨み合ったまま沈黙が横たわり其々が手に汗を握りながら構えを取る…リリスを除く面々は一人一人が戦術級、この内の一人でも戦局に加わればその盤面が覆る程の能力であり力を有している。リリスに置いても他の四人と比べれば劣るが、一般の基準を鑑みればその才覚は頭一つ抜きに出ていると言っても良い。特に防御、回復魔法に関して述べるならエステル達と並べても遜色はないと言える。そんな未来達をしても戦慄を隠し得ない、一手行動を誤ればそれは紛れもなく『死』へと直結する。
それほどまで眼前に立つ悪意の権化の様な『暴食』は危険な存在なのだ。
「随分と物騒な姿になったな?アレク…」
「……せっかく、兄さんに敬意を払ってじっくり…ゆっくり、程よい絶望と恐怖を…血塗られた前菜と嗜虐に彩られたメインディッシュを…準備してきたのだけどね?ここまで『あのガキ』やそこの『猫』そして兄さんが生きて来れたのは僕のおかげなんだよ?わかっているのかな?いつでも粗末に殺して貪る事は出来たんだ…だけどそれは僕の矜持が許さないからね…兄さん達の喜劇に甘んじてあげたのに……だけどもう、面倒だ…これ以上勘違いを続ける前に…殺してあげるよ」
その禍々しい姿からは想像もできない、明瞭に響き渡る一層恐ろしい程冷静で澄んだ声色は耳の内側に溶け込む様に入り込み、脳内に直接恐怖を注ぎ込む…その声を耳にするだけで嗚咽を漏らし許しを請いながら咽び泣きたくなる……事実、一人だけはその人外の恐怖に耐えられず。
「ぅ……う…う、あぁ…」
ガタガタと震える両肩を抱きかかえる様に砕けた腰から崩れ落ち、喘ぎ声を漏らしながら『その声』に精神を強姦され、思わず胃液を吐き出す。
「リリスさん、私の後ろに下がっていなさい…君ではアレを相手にするのは荷が重すぎる…」
そう言いながらアルベルトは今にも発狂しそうなリリスに優しく声をかけ、庇う様に前へと。
「はは、情けないなぁ?君は…ただの餌がこんなところまでついてきて……そうだ、まず初めに君を殺そう…いやもっと良い事がある、生きたまま僕が食べてあげるよ…僕の空間で君は生き続ける…そして君の大好きな男の骸を飾って…その前で永遠に僕の傀儡から犯され続けるっていうのはどうかな?素敵だと思わないかい?」
六つの目が同時に卑猥な曲線を描き、舐る様にリリスの脳内へ甘ったるい声が滑り込んでいく。
その明瞭に響く声はリリスの現実と妄想の境界線を壊し、今語られた言葉がリリスにその映像を知覚させ。
「いや…いやぁ……やめて…お願い…助けて…いや、いやぁああああああああああああ?!」
頭を抱え込む様にして蹲り、阿鼻叫喚の叫び声をあげ悲壮な表情でもがき苦しむリリス。
「よく回る舌、斬り落としてやる……アルベルト、リリスを頼む」
瞬間、力強く地を蹴り『暴食』へと肉薄する未来。
その隙にリリスへと向き直ったアルベルトはリリスを抱きかかえその場から距離を取る。
「脆い、脆いね?人間は…だから好きさ…あの脆弱さ…脆く崩れていく儚さは本当に甘美だよ…早くしないと廃人になってしまうかもね?兄さん」
余裕を持て余した声色で語る『暴食』は頭上、左右、刺突…あらゆる角度から自在に振るわれる剣撃の乱舞を片腕だけで去なし、払い、切っ先を指で挟み、そのまま凄まじい膂力を持って指先だけで真横へと投げ飛ばす。
身を翻し受け身をとった未来は『暴食』を睨みながら舌打ち、再び双剣を構え。
「……」
「どうしたんだい?兄さん、あぁ…兄さんの力が通用しない事が不思議なのかな?簡単な事だよ…今の兄さんでは僕という概念を超えられない…ただそれだけの事さ」
数メートルという距離、しかしその言葉は耳元で囁く様に脳内へと滑り込み全身に怖気が不快感が纏わりつく。
「……お父様?!化け物…死んで」
隙を窺う様に様子を観察していたレインが瞬く間に『暴食』の背後へ回り込み重力魔法によって強化された渾身の右ストレートをその足元に打ち込む。地面が爆ぜ抉り取られた様なクレーターとなり『暴食』は何の抵抗も出来ずに足元をすくわれ。
「いい加減気持ち悪い声に、嫌気がさして来たところでしたぁ」
身体に風を纏い宙に浮かぶエステルは眼下を睥睨しながら両手を前に突き出すと同時、エステルの周囲に拳大の炎が無数に出現、それらは円を描く様に体制を崩した『暴食』の周囲を高速で回転。
「『フレアサークル』からのぉ『炎竜の舞』」
突如『暴食』の足元から発生した竜巻が周囲の炎を巻き込み、火力を増し猛々しく燃え盛る炎を呑み込みながら竜巻は竜の咆哮の如く渦巻く炎の嵐となって中心に囚われた『暴食』の肉を焦がし荒ぶる風の刃が全身をズタズタに引裂き––––––。
「相変わらず煩わしい猫と…卑しい亜人風情が……」
「––––––?!」
「エステル、レイン!下がれっ」
静かな声色が響いたと同時一瞬にして炎の渦は跡形もなく消え去り、未来の叫び声に合わせて身を守りながら後方に跳躍しようとするが、その隙は与えられず。
「…っかは」
瞬きをする程の刹那、眼前に現れた『暴食』はその拳をガードしたままのエステルに叩き込み。
エステルの身体は大気の壁を打ち破り音速の勢いで吹き飛び、木々をへし折りながらその姿を消す。
インパクトの瞬間、風の障壁を全身に纏い『暴食』に向けて暴風を発生させていたエステルは自ら後方に飛ぶ事で僅かにその一撃を弱める事に成功していた。まさに経験とその才覚が成せる神業といっても過言ではない。
その判断がなければ間違いなく悪辣な拳の前に命を散らせていたであろう。
「……エステル?!」
一瞬だけエステルの飛ばされた方角に視線を送るレイン、しかし唯一の友であり、誰よりも彼女の強さ…その才を理解し、信頼しているからこそ彼女への心配を最小限に留め全神経を『暴食』へと集中させる。
「……『グラビティフィールド』」
瞬時に魔法を行使するレイン、『暴食』を起点とした直径二メートル程の範囲に黒い円形の幾何学模様が地面と空中に構築され重力による結界が発生、それにより僅かだが『暴食』の動きが緩慢になる、しかし、その化け物は平然と立ち尽くす。
レインからすれば『立たれている』時点で驚愕に眼を剥くしかないのだが、それよりも今はこの場での最適解を実行する。
「…お父様!お願い『ゼロ・グラビティ』」
未来へと攻撃を繋ぐ…それが今自分に出来る限界と悟ったレインは未来に対して援護魔法を行使、この魔法は無重力の結界で対象を包む結界を発生させる。難なく超高等魔法を無詠唱、同時行使するレイン…彼女もまた常人から見れば規格外の化け物といっても過言ではない。
「助かる、レイン!少し離れていろ」
レインの行使した魔法により未来の身体を宵闇色の淡い光が纏い、その体躯が宙に浮く。全身への負荷が無くなった未来は閃光の速度で『暴食』へと肉薄しその双剣から漆黒と純白の光を瞬かせながら、ただ立ち尽くす巨躯目掛け斬りかかる。
しかしその刃が届く寸前、煩わしそうに片腕を振るい脇腹に裏拳を叩き込まれ、次いで振り下ろされた拳が後頭部へと直撃。土埃と共に地にのめり込んだ姿目掛けて間髪入れず無数の黒い手による拳の雨が降り注ぎ。
「兄さん?このくらいで壊れないでよ?……あと、少し鬱陶しいかなこれ…」
止むことの無い非情な連撃を平然と放ちながら、ゆっくりと重力の結界を行使している術者へ首を傾ける。
向けられた六つの視線に囚われ、その全身に纏わりつく様な怖気にレインは思わず焦燥を顕に硬直するが、強く頭を振り結界の維持に再び神経を注ぐ。その様子をじっとりと睨め付けていた視線は厭らしく弧を描き、禍々しい靄をまとった掌をレインへと掲げ。
「僕、猫は嫌いなんだよね……」
そう静かに呟やかれた瞬間、レインの本能がけたたましく警鐘を鳴らす。死ぬ…このままここに居たら間違いなく死ぬ…脳内を支配する明確な死のビジョンに全身の皮膚が粟立ち、華奢な身体が思わず竦み上がる。
……勝てるイメージが全く浮かばない、逃げる…いや、間に合わない…この状況で一人も欠ける事なく撤退は無理……どうする……決まっている、アレを相手に引くなんて選択肢は存在しない…だったら––––––。
レインに向けられた掌に周囲の景色が淀む程の熱量を秘めた紫黒の光が収束。
「これはさっきのと比べ物にならないよ?ごめんね?僕は獣人食べない主義なんだ…だから蒸発してくれる?」
ドロリと耳の中に液体を流し込まれる様な声が脳内に侵入してレインの思考強姦し判断を鈍らせる。
しかし、その空色の瞳に強い光を宿したレインは、既に限界を超えた身体を奮い立たせ『暴食』に向かい疾走。
既に底を尽きたマナの代わりにその生命力を削り魔力へと変換する、目は血走り唇からは薄っすらと血が滲むがレインはその勢いを殺す事なく死地へと駆け込む。
……範囲的な拘束でダメなら、もっと局所的に…精密に、制度を上げて……同時展開すれば…
限界なら……今この瞬間超えてしまえばいい……
「バカな猫だな、そんなに死に急ぐ事ないのに…まあ、結果死ぬ事に変わりはないのだけどね」
より一層禍々しい光と熱量を増した紫黒の塊がレインを穿たんとその臨界点を超え『暴食』の手から放たれ。
「……『グラビティカフス』」
刹那––––––。
『暴食』の上下に展開されていた幾何学模様の魔法陣が縮小しその両腕に移動、黒い輪がその手首に描かれる。
ズドンッという重く重量感のある音と共に『暴食』の両腕が地にめり込み、レイン目掛けて放たれようとしていた凶悪な閃光は矛先を地面へと変え、主人の意向とは裏腹にその場で放たれる。
「ぐぅっ、くそ猫がぁああ!!」
余裕のない叫び声と共に放たれた紫黒の閃光は地を穿ち溶解させ凄まじい爆炎がその主人諸共巻き込み禍々しい紫黒の火柱が立ち上る。
レインは尚その速度を緩める事なく全身に黒い魔力を纏い、高く跳躍。立ち上る火柱を縦に裂き、振り子の様に片足を伸ばしたまま数度回転し、無防備になっている『暴食』の頭部目掛け重力と回転を存分に乗せた踵の一撃を叩き込む。
「…『豹脚』っ!」
『暴食』は寸前の所で黒い手を自身の顔を覆う様に無数に出現させレインの踵落としを防ぐ。
レインの放った一撃は敢え無く黒い手によって防がれるも、その衝撃は『暴食』の足元を大きく陥没させ巨躯の下肢を地に減り込ませる。
「調子にのるなよなぁ!くそ猫がぁ!」
余裕なく叫び散らす『暴食』は更に無数の黒い手を出現させ宙に浮くレイン目掛け乱撃を放ち、しかし、レインは宙に浮いたまま、舞う様に、翻り、躱し、仰け反り、その尽くを刹那のタイミングで躱し続け。
だが、ギリギリの攻防は、限界を超え魔法を行使し続けるレインの命を限りなく蝕み。
「––––––ぐふっ」
眼前に迫った黒い弾丸の如き一撃を寸前で交わした瞬間、口元から盛大に吐血し、レインの動きが一瞬硬直。
その隙を見逃す筈もなく周囲を逃げ場なく黒い手に囲まれ––––––。
「––––––」
疾風の如き一閃がその場を駆けた。
「なっ?!」
意表を突かれた攻撃に思わず驚愕の声を漏らす『暴食』。
レインを取り囲んでいた黒い手はバラバラとその場に落ち黒い粒子となって音もなく消え去る。
レインは咄嗟に距離を取り、ゆらりと中空に佇む人影に目線を送る。
「……『竜装・碧竜の型』エステル、怒ってる…」
表情の抜け落ちたエステルはその能面の様な面持ちで静かに『暴食』を睥睨しており。
「女の子を、ぶん殴っちゃ…ダメだよねぇ?ねぇ?」
『女の子』とは最早形容し難い様相のエステルは、その背中に風の翼、その両手に風の大爪を顕現させており、視覚化出来る程高密度に具現化させた風の武装はエステルの周囲に気流を生み出し結界の様に無数の旋風を発生させている。
完全に『魔法剣士』からかけ離れ、武闘派全開の殺戮人形と化した親友の姿に同情の眼差しを送るレイン。
「亜人もくそ猫も纏めて死ねぇえ––––––」
「うるせぇですよ?」
「––––––?!」
叫び、再び無数の黒い手を出現させ、拘束された両腕をその膂力で引上げんと全身に力を漲らせた瞬間。
音も無く肉薄したエステルは無造作に風の大爪を真横に薙ぐと同時『暴食』本体の腕、無数の黒い手が主人から切り離され静かに沈黙する。
何が起きたかも理解できないまま六つの眼は瞠目し、やがてズルリと胴体だけになった自身の巨躯を客観視する結果になり––––––。
「何が……ぐぶっ」
地に転がった六つ目の頭部を大爪の切っ先が貫き地面に縫い付ける。
「女の子は大切にしなきゃダメですよ?」
満足したのかニコッと小首をかしげ微笑を浮かべるエステル。ブルリとそんな親友の姿に毛を逆立て『暴食』以上に怖気を感じる黒猫少女。
「この程度で……僕を、倒したと思うなよ…亜人風情が…僕を見下すなぁあ!!」
切り離された頭部と腕が粒子となって消えさり、再び胴体から新たな両腕と頭部が出現する…両腕にあったレインの拘束も無くなり。
「ゴキビリーさん並の生命力ですねぇ?」
『ゴキビリー』無数の群れで、民家や食料庫を襲う小型の害獣指定魔獣。脂ぎった黒光りボディに赤い目、見ただけで嫌悪感に苛まれる、醜悪な魔獣…『一匹見たら千居ると思え、ゴキビリー』
ボヤくエステル目掛け渾身の剛腕が振るわれる、同時にエステルも大爪を纏った手の甲で難なく受け止めその勢いを殺す。二撃目、反対の手から放たれた剛腕。しかしこれも同様に受け止め、『暴食』はそのまま膂力に任せ
エステルを挟み込み。
「蜂の巣になれ」
出現した黒い手…その指先が鋭利な棘の様に形態を変え、顔色一つ変える事無くその様子を見つめる色の抜け落ちた無機質な碧眼の双眸に風穴を開けんと迫り来る。
「嫁入り前の子の顔に傷なんかつけようとするんじゃねぇよ?」
耳元に響いた囁きに『暴食』は思わずその動きを止める……までも無く、エステルに伸ばしていた黒い手の先端はその可憐な顔に届く事なく、大爪のひと撫でにより全て消え去り、エステルを挟んでいた剛腕は風の大爪を直に触れた事で手首から先が消失していた。
そしてその事に瞠目する暇もなく、背後に肉薄した未来によって突き刺された漆黒の剣が腹部から突き出ていた。
「––––––!?やめろっ!えりヤァああ––––––」
漆黒の刃が輝き、渦を成して。
『暴食』の腹部に大穴が開き、そこを起点に発生した渦が空間を歪める様にその巨躯を霧状に分解し呑み込んでいく。
「何人喰い続けたか知らないが…お前のストックは『もう無い』ぞ?」
『暴食』を覆っていた禍々しい靄はその巨躯と共に中心へと吸い寄せられ原型は崩れ去り。
「ウチの息子と嫁を、返して貰う…」
未来は崩れ行く『暴食』の原型を失った体躯に向かい純白の剣を突き立て…途端渦の中心に光の粒子が舞い陽光色の光が溢れ出す。
「恵光…待たせたな……」
未来がその渦に手を差し込むと、一本の『黒い手』が未来の手を握り––––––。
しかし、その『黒い手』は亀裂と共にその様相を変貌させ、柔らかな白い女性の手へと変わって。
未来はしっかりと握りしめた華奢な手を思い切り引き寄せる。
「……ゆうま、ゆうま!?」
その様子を刮目していたレインは思わず、未来の元に駆け寄る。
未来が引いた手の先に、もう片方の腕にしっかりと一人の青年を抱いた女性が柔らかな微笑みを浮かべ未来の元へ寄り添う様にその姿を現す。
駆け寄ってきたレインにそっと青年の身体を預けると、光り輝く姿のままただ優しく二人の姿を見つめ未来へと向きなおり。
「恵光……あの時、守ってやれなくて…本当にすまなかった……」
未来は目の前に現れた光を纏う女性に唇を強く噛み締めながら呟くと、女性は柔らかく首を横に振り愛おしそうな瞳で未来の頬へそっと触れる。
「祐真の事ずっと守ってくれていたんだな……俺なんかより、よっぽど凄いよ…お前は」
光を纏った女性は微笑みを崩す事なく未来の胸元へそっと寄りかかりその身体を預ける。
「あぁ…これからはずっと一緒だ…俺も、一緒に行く……二度と離れないよ」
そう言いながら未来は女性の身体を強く抱き寄せ、その身体は暖かい光を放ちながら未来の身体へ重なる様に静かにその姿を消していった。
「……お父様、今のは……」
痩せ細った青年の身体を大切そうに抱き寄せたままレインは未来の顔を見遣る。
「俺の妻…祐真の母親だ、そいつに殺された後、身体ごと霊魂も喰われていた…そいつは喰った人間を取り込んで自らの身体として利用したり、傀儡にして使役したり…とにかくクズなんだよ」
レインは俯き、しかしその腕の中に抱く青年に愛おしい瞳を向け、頬から伝う雫を青年の頬に落とす。
そんな様子を半歩下がって傍観していたエステルは、その身体を覆っていた武装を解除し思わずその場に崩れ落ちる。
「大丈夫ですか?!エステルさん」
その身体を受け止めたのは、後方から駆け寄ってきたブロンドの女性。翡翠の双眸は腫れ上がり、疲労の色が濃く滲んでいる。
「…リリスちゃん?大丈夫なのぉ?」
気だるげに問いかけるエステルを抱え、リリスは涙ぐむのを堪えながらフルフルと頭を振るい。
「私、足手まといで…本当に、ごめんなさい…皆さんも…こんなにボロボロに……」
「君が責任を感じることでは無いよ、エステルちゃん…リリスさんは大丈夫、精神へのダメージは治癒できた…エステルちゃんも、おじいちゃんの所へおいで、マナを使い過ぎたのだろう」
涙目になるリリスを宥め、アルベルトが優しくエステルの頭を撫で……パシっと弾かれ。
「いえ、結構です……」
「え、エステルちゃん?!」
プイッとリリスに抱きかかえられたままそっぽを向いたエステルは、途端号泣するアルベルトを余所に憂いを帯びた瞳を震わせ。
「……私も、お母さんが…いいです」
未来達の様子を眺めながらポツリと呟き、リリスはそんなエステルをただ優しく抱きしめて––––––。
「…まさか、勝ったつもりでいるんじゃ無いよね?」
静かに響く、凍てつく様な声色…そして様子を眺めていたリリス達は驚愕し叫ぶ。
「未来さん!危な––––––」
途中で崩壊が止まり、しかし崩れ去っていた『暴食』の残骸からブロンドの髪をした痩せ型の男が一人その姿を現し、瞬間、背中から伸びた一本の黒い手が未来をの心臓を背中から穿つ。
全員の表情から血の気が引き、絶望に満ちた表情でその様相を眺め……
同時に、レインの抱いていた青年の身体に強い光が宿り宙に浮く…瞬間燦然と輝く陽光に包まれた青年は、その様相を大きく変えその場に降り立った。
黒髪と白髪が入り混じった青年は、金色と漆黒…色違いの双眸を見開きその瞳をただ驚愕に揺らしながら立ち尽くしていた。
「ここは…俺は、そんな……いやだ…違う、そんなはず…」
凄まじい勢いで流れ込んで来る見覚えの無い記憶の濁流に目覚めたばかりの青年はその視点を揺らし身体を震わせ目の前の悪夢をゆっくりと見つめ––––––。
悪辣で禍々しい、醜悪で悍ましい…全身に揺らめく闇色の靄を纏ったブロンドで痩せ型の男。
狂気に満ちた眼が卑猥に弧を描き、どこか聞き覚えのある声で高笑いをあげながら。
その背から生える黒い手が蠢き、ある一点に伸びている…その先を恐る恐る視線で追う。
陽の光が逆光となり視界には影だけが映し出され……
「嫌だ……こんな、母さん…こんな事有るはずがない…違う、バイバイ…バイバイ…」
収束した黒い手が胸を射し貫き力無く項垂れる未来の姿、それが受け入れ難い現実としてそこに立ちはだかる。
『黒猫』ときどき『イセカイ』ところにより『雨』のち主人公の俺よりもヒロインの方がチートの予報 シロノクマ @kuma1234
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