2枚目:赤い相棒
暗い。とても。
鉄窓越しにオフィスの雑音は聞こえるが、この場所に光が差すことはなくなった。しかし私の存在は忘れられてはいない。それは確信できる。
こうなってから数ヶ月は経つだろうか。
それまでは、この冷たい鉄窓を開けて定期的に連れ出してくれる彼がいた。とても寂しいが、今は仕方がないと理解している。彼もまた寂しく辛いのだ。待つということはなによりも暗く不安定なのだということも初めて理解した。
幸いなことに彼と異なり、水も食料も必要はないカラダであることは、この虚しさに抗うには多少の優位性がある。もともとこの中にいた連中とも今では上手くやっており、私の知らない過去の彼の話なんかを聞いたりするのもなかなかに興味深いものがあり、それなりに楽しかったりもする。
取引先で大失敗をする彼の話や、PCの設定で四苦八苦する彼の話、同僚からもらった付箋のメモをそのまま捨てられずにとっておく彼の話なんかは、とてもじゃないが普段は見ることも聞くこともできない話である。
代わりに私からは外の世界を連れられてもらった話なんかを交換で提供するのだ。中の連中はそもそもオフィスから出る必要がなく、外の世界を見ることも知ることがないからである。
いつも一緒の相棒みたいなもんだよ!なーんて自慢げに。
それを興味深そうに聴いてる奴もいれば、外寒くね?暑くね?なーんてうだうだ言ってる奴らもいる。オフィスの一定温度は慣れてしまえば確かに心地よいものがあるし、外出をするには向いていないカラダのやつもいるからそれは当然である。ただ、話を聴くのはここでの唯一の娯楽であり皆揃って楽しむぞという姿勢が見え、話す私の方にもついつい力がこもってしまう。
「で、なんでさ、君はここから出ることができなくなったのさ?」
鉄窓内に入ってしばらくしたとき、連中の1人にそう、聞かれた。
彼の内面の奥に触れる話で躊躇ったが、理由もなくここに鎮座し続けるには連中にも悪い、そう感じるほどに気のおけない存在になっていたのは確かだ。
そして、私はいくつかのことを連中に語った。
そもそも、私は元々彼の物ではなく、ある女性の物であること。彼と私の出会いは、ある女性から彼に手渡されたこと。
彼と女性が一緒にいる間、私は彼と女性が共に提供した紙と円形の金属を貯え、彼らが楽しむためにそれを管理すること。
彼と女性が一緒にいるときは私も常に一緒で、いろいろな場所に連れて行ってもらったこと。
私には理解できないが今は何かの理由で彼と女性は一緒にいることができないこと。
離れる前に、「いつか、必ずもう一度」と言い、女性が私を彼に託したこと。
そして、一緒の時は、なによりも2人が幸せそうであったこと。
全てをあらかた語った後、涙は出ないが、泣いていた。そう自分でもわかるほど、これが泣くということなんだと実感した。
連中の反応は様々だったが、誰も私に悪い気を向けるものはいなかった。連中も皆、彼との思い出があるからである。
「まぁ、なんだ。いつかは来るよ、必ず」
誰かが言ったその一言だけで救われた。
いつ、その時が来るかはわからないけれども。
〜〜〜〜〜
そろそろ2年が経つ、
また梅雨が来る。湿気った空気は私には合わない。
そう思った矢先のことだった。
突然光が射し、彼が私を手に取った。
同時に、「幸せに」
連中の声が鉄窓内から響いた。
「幸せに」
私も思わずそう呟いた。
就寝前の雑多な数百文字 @rudia
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