第2話:別に火薬は使っていない。電気も使っていない。

真っ白な雲が空を駆け下りている。妙な表現だが実際に天高いところに有る筈の雲が地上にどんどん近付いている。

 更に妙な事が有った。その雲の上に人が乗っていた。神輿のようなものを担いだ者弓や剣を携えた者、香炉に背中を預けた者、仁王立ちする者。共通して兜や鎧に身を包んでいたが、様々な種類の者が居た。

 「全く、面倒な事だ。」

 仁王立ちした2mを越える巨漢がぼやく。

 「仕方ないでしょう。姫を連れ戻すのが我々の使命なのですから。」

 香炉に背中を預けた者。異常に細い、白い絹糸の様な男が呆れたように、溜息を吐いたように言う。

「しかしよ、わざわざ下界に出向くなんて、この俺が。この俺が下界に赴くなんてありえないぜ。」

 「我慢なさい。私とて下界の者共を相手にするのは嫌でしょうがないのですから。」

 雲の上にて妙な、地上の人間視点で妙な服を着た人々が話していた。その顔は非常に嫌そうな顔に歪んでいた。

 「月から地上まで雲で行って、で、抵抗する連中黙らせて姫を掻っ攫って戻って来る。かぁ、遣り甲斐ねぇし、めんどいし。」

 「抵抗はしませんよ。下界の分際で我々に盾突こうとしているようですか、これが有ればそんな意志程度、無駄です。」

 吐き捨てるように言いつつ後ろに用意された巨大な香炉の様な何かに目をやる。

 「光信号で人間の脳に働きかけて強制的に鎮静化させる。だっけか?また便利なモン作ったよなぁ。」

 「これを使ってしまえばあとは姫に着物を着せるだけ。さっさと終わらせますよ。」

 「あーぁ、一応部下に武装させたんだが、無駄になったかなぁ?」

 雲が翁の家に近付いてきた。


 「来ました。月の使者です!」

 益荒男さんが俺に教えてくれた。

 「方角は?」

 「賢匠院殿の予想通り。流石です。」

 よっしゃ!思わず心でガッツポーズをする。

絵本やチラっとネットで見たかぐや姫帰還の絵を見て大体の方角を予想した。それを基に対策をしたから間違っていたらどうしようかとヒヤヒヤしていたのは内緒だ。

「よし、じゃぁ、皆に皮衣を装着するように言って。その後、合図送って向こうの方に実行するように言って!」

「解りました。」

 益荒男が駆けて行った。

 名前が解らないまま益荒男呼びしているが、本人に名前を訊いた時、「益荒男呼びの方が良い!」とのことだったので益荒男と呼んでいる。

 やることはやった。

 考えられることを考えた。

 話せる事は話した。

 後は出たとこ勝負。俺も行こう。

 「それでは姫。宜しくお願いします。」

 目の前に居る高貴な着物に身を包んだ女性に一礼して俺も走って行った。

 背を向けていたので解らなかったが、手を振っていたそうだ。







「予想通りワラワラ出て来やがった。」

 巨漢が下を見下ろしてそう言う。武装した兵が翁の家を守るように取り囲む。

 「無駄です。香炉を起動しなさい。」

 絹糸男が部下に命令する。それを聞いた使者が香炉を動かし始めた。

 「準備完了しました。」

 「では、起動してください。」

 「承知しました。香炉起動します。」

 そう言うか否か。香炉から光の塊が飛び出し、周囲を照らした。

 目がくらむような閃光。

 最初の頃は下が騒がしくなり、光が消えるころには静寂となっていた。

 「さぁて、姫を回収す」


 その時だった。

 「放て!!」

 下から矢が何本も飛んできた。

 「うぉ!」

 「!」

 下から矢が飛んでくる。矢が蜘蛛を貫通することは無いが、下を除いた頭に当たるところだったために相当慌てた。

 鎮静化を図る香炉。それは間違いなく発動していた。

 しかし、彼らには通用しなかった。

 「一体何が…」

 絹糸男が下を見下ろす。弓矢を構える兵達。しかしその顔には不思議な布が巻き付けられていた。

 「おいおい、あんな古典的な方法で光を防いだってのか?」

 巨漢が呆れたように見下ろす。その手には巨大な鉄弓が握られていた。

 「チ、確かにこの香炉は光が見えないと意味をなさない。しかし、地上の人間風情が何故そんなことを知っているのです?」

 怒りを押し殺してはいるが、声には怒りが含まれている。この絹糸男が何より怒っているのは、「自分達が相手より絶対的に優位に立っていると思っていたのに不意打ちで反撃されたという優位が覆される状況に陥った」という点にあった。

 ざまぁみさらせ。この小細工、考えたのはこの賢匠院こと俺だ!




対策会議にて

 「私、賢匠院が各地の文献をひっくり返して得た月の使者関連の情報によりますと、過去に月の使者は光を用いた妖術を使ったそうです。」

 真っ赤なウソ。未来の文献を見たカンニングである。

 「光の妖術?」

 「何だそれは?」

 アッサリ信じられた。設定として賢匠院なる男は他者から絶大な信頼を得ていたようだ。

 「ご説明すると、確信は有りませんが、光を見た人間を鎮静化させて攻撃する意思を消すものと思われます。」

帝、翁、その場にいた他の者が口々に何かを言い始めた。無理も無い。幾ら兵を集めても攻撃出来なければザル警備になるのだ。詰み(チェックメイト)だと思うだろう。

 「そこで提案します。兵の顔を布で覆うのです。透けるような、数種類の色付きの薄い布で顔を覆い、光を遮るようにするのです。」

 「成程、光の妖術。見なければどうという事は無い。という訳か。」

 「賢匠院?今、『数種類の色付きの布で』と言ったが、それは何故だ?」

 帝が耳聡く気付いた。流石と言ったところだ。

 「はい、色を分ける理由は色で組み分けをして組み分けを解りやすくするためです。急造の兵故、素早く対応できるように。と。そして、部隊組織した時には色分けと部隊分けで支持をバラバラに出して、聞いた相手を混乱させることも出来ます。」

 「成程、天晴。流石は賢匠院。」

 帝が褒め殺す。しかし、まだ誰もこの布のもう一つの意味を知りはしなかった。




 「キノツキ、姫を傷付けない範囲でこいつ等を殲滅しろ。」

 絹糸男は怒りを孕んだ声で巨漢に命令する。

 「端からそのつもりだイトツキ。別に他の連中はどうなっても良いんだろ?」

 巨漢。キノツキはそう言って楽しそうに手に持った鉄弓に矢をつがえる。2m越えの巨漢がもつに相応しく弓が大きい。そして矢も巨大だ。どちらかと言えばバリスタにつがえる矢に見える。

 「構わん。やれ。」

 冷徹に命令を下す。イトツキという男にとって、否、月の使者全体に言える事だろうが、この地は罪人の流刑地であり、汚らわしい場所であり、そこに住む者たちは劣っているものであり、傷つける事は躊躇うべき事柄では無いのだ。

 「了解、じゃぁ、やるぞ!お前ら。」

 そう言ってキノツキが部下に命令を下す。部下も各々が弓矢を持ち、下から飛んでくる矢に対抗しようとした、次の瞬間。

 ガン!

 「ごぁ…」

 キノツキや他の使者の頭に激痛が走った。

 「こいつぁ…石?」

自分達の頭に走った激痛の正体は雲の上に落ちていた。ほぼ完全な球体の石。どう見ても人工的に加工されたものだ。

「一体どこから投げてきた?」

キノツキは飛んでくる矢を躱しつつ下を見る。が、石を投げている奴などいない。というか、このサイズの石をここまで届けるのは容易では無い筈。

ヒュン

ヒュン

ヒュン

「キノツキ様!空から石が、先程より大量に降ってきます!!」

キノツキの部下が叫ぶ。次の瞬間、使者の乗る雲の上に大量の石が雨霰のごとく降って来た。

ガン ゴン ガキン

鎧兜を着ているとはいえ、頭上から降って来る石を喰らえば無事では済まない。月の使者は眼下の弓兵の相手どころではなくなった。

「オイ、キノツキ!これは、一体、何だというのだ?」

 イトツキが頭を抱えてキノツキに問う。

 「頭脳派のお前が知らんのを俺が知るか!」

 おそらくこれは地上の奴等の仕掛けたものだと誰もが解っていた。しかし、地上の人間が如何やってこんなことをしているかは解らなかった。

 「Welcome 月の皆様。そして、石の雨のお味を楽しんで下さり光栄です。」

 ニヤニヤと底意地の悪い笑みを浮かべて阿鼻叫喚の雲の上の使者を見ている男が居た。

 そう、俺だ!

 この石の雨。実は俺が仕組んだ。

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