第3話:邪悪な策士の最も好きな事は、自分が勝てると思っている奴に敗北を教えてやることだ!ついでに悔しがってくれたら尚更良い。
対策会議にて
「この配置。凄く良いと思うのですが、多分、向こうは上空から攻めてくると思うのです。そして、向こうがどんなものを使ってくるか解らない。この状況。こっちが圧倒的に不利なのですが…、こういう時、益荒男君、貴方ならどうします?」
会議に出席していた益荒男に振る。急にであったが、直ぐに答えは出た。
「不意打ち。ですかな?未知の相手で相手の方が地の利があるというのなら相手が実力を発揮する前に叩くのが得策かと。」
流石益荒男。俺の考えていたことをすっかり言ってくれた。
「その通り!で、考えました。上空に居る相手が最も想定しない相手。それは上空からの不意打ち。つまり、投石で上空から攻めるのです。」
「しかし、賢匠院殿?相手が上に居るのにその上に石を投げられるような剛力の者等そうはいませんぞ?」
「心配召されるな翁殿。帝?この屋敷の近くに櫓と投石機。そして人手を配置して頂けますか?」
「解った。しかし、ここでは無いのか?」
不思議そうな顔をする。しかし、ここに投石機を配置して光を防げなかった場合、または光を防いでも戦意喪失した場合。全滅の恐れがある。何より、ここには別のものを配置したい。
「えぇ、ただし、投石の練習をお願いします。我々が屋敷で使者を引き付けている間に上空から投石をするように致しますので。ある程度任意の場所に落とせるようにせねば巻き添えを喰らいます。」
「成程、そう言う事か。下から我々が攻撃し、別の場所から上空から投石する。と。成程。」
「そう言う事です。」
計画通り、上手くいった。さて、次は………。
「益荒男殿!合図を!」
「承知!」
そう言って益荒男はのろしを上げ始めた。
「全く、地上の奴等もやるじゃねぇか。」
俺達の初手を無効化した挙句、向こうの初手は効果的に打って来た。向こうには腕の良い軍師が居るのだろう。が、それ程度では俺達は揺るがない。
「お前達!怯むな!月の人間として思いっきり暴れてやれ!」
その言葉に部下が呼応する。
「おぉ!」
しかし、鼓舞を無駄にするかの世に賢匠院のセカンドプランが火を吹いた。
「ん?なんだありゃ?」
キノツキが気付いたのは石だった。しかし、今までの石とは少し違った。一対の石が糸のようなもので繋がっていた。
「やべぇ、お前ら、避けろ!」
そう言ってキノツキは抜刀して石に繋がった石を切りかかる。
ガキン!
糸と刃が鎬を削った。
「ここの策士!頭ヤバすぎだろ!」
空から降って来たギロチンを受け止めつつキノツキが叫んだ。
一対の石を細くて頑丈な糸で繋げ、同時に投石する。すると落下の際、糸が石の落下エネルギーで刃物と化す。
「頭ヤバいとは斬新な褒め方だね。さぁ、どんどんやって!」
平安時代。その時代には電気なんていう近代的な武器は無い。それどころか火薬さえ無い。
使えるのは最低限の天然資源と平安の時代に在った文明技術のみ。
それなのに、下手すりゃ現代でもオーバーテクノロジーのエイリアンを相手にして姫を守らなくてはならない。
「無茶苦茶だが、これ以上達成する甲斐のある無茶苦茶は無い!益荒男!次の合図と刃理守蛇を用意して!」
「承知!」
次ののろしがあがった。
「地上人風情が……猪口才な!」
イトツキは最早怒りを隠しはしなかった。虚仮にされこれ以上無く腸は煮え繰り返って、否、最早腸が蒸発せんばかりであった。
「キノツキ!計画変更だ!一部の者はここで弓を!残りの者は地上に降りて地上人に我らの力と威を見せろ!」
「馬鹿言うな!見てわからねぇか!?上からの斬撃防ぐので手一杯だっての!」
そう言ってキノツキは上空から降り注ぐギロチンを相手に刃を振るう。落下の勢いそのままに振るわれる糸の刃。絶え間があるとは言え、その刃は脅威である。
「ならば弓兵とその護衛が残れ!あとの者は地上へ!早く」
バシュン!
眼前を何かが掠める。巨大な緑色の……棒?
「イトツキ!伏せろ!」
キノツキの言葉に従った。次の瞬間、自分の頭があった場所に棒が飛んできた。
否、アレは……竹。というヤツか。
地上の植物。生長が速く、細長い棒状の植物。先端を斜めに切ってある竹が地上から飛んできた。
「オイオイオイオイオイ!なんだよ!俺達はちょっと姫の回収に来ただけだってのに!向こうさん、殺る気マンマンじゃねぇか!オイ!お前ら、上からの攻撃を任せる!」
そう言って部下にギロチンを相手させてイトツキに駆け寄って来る
「キノツキ、アレは?」
「弓矢だ弓矢!ただし、先端を鋭利にした竹を矢にした巨大弓の。だがな。」
そう言って下から飛んできた何かを斬る。
それはまさしく青竹。先端を斜めに切って鋭利にした青竹だった。
「ワイヤーストーン作戦と刃理守蛇は効いてるな。」
俺は地上から少し上に浮かぶ雲の様子を見てそう思った。
刃理守蛇。つまりはバリスタ。巨大な弓矢である。しかし、今回はタダのバリスタではない。矢を竹にした、竹製バリスタだ。
突然だが、竹槍を知っているか?
竹の先端を斜めに切った、言わばただの尖った竹である。これだけならたいして痛くない。と思うだろう。甘い!先端を尖らせた竹は洒落にならない鋭利さを持っている。
以前、門松を運ぶバイトをした際、先輩たちから「竹の先端は鋭利だから気を付けろ。」と言われた。
実際、竹の先端を触ってみたが、正直ゾッとするほど鋭利であった。
つまり、今バリスタで月の使者に撃ちこんでいるのは先端が驚くほど鋭利で危険極まりない巨大槍。
十分過ぎるほどエグイ兵器である。
「これがもし、タイムスリップだったらこんなの教えらんないね。タイムパラドックスモノだもんね。」
さぁて、とは言うものの、向こうさんは相変わらず雲の上。バリスタも狙いがバレて避け始めている。もうそろそろ引きずりおろすか。
「益荒男!次!投石部隊もそろそろ準備が終わってるはずだから、俺達もやるよ。」
「承知!刃理守蛇部隊!矢を変更。歪矢刃理守蛇へ!」
ワイヤ―付きの一対のバリスタが装填された。しかし、さっきの投石とは一味違うんだよなぁ。
「オイオイオイオイ、こっちもかよ!」
キノツキは戦慄した。今しがた装填されている刃理守蛇に糸が付いていたのを見つけたからだ。
「どうする?飛び降りて阻止……、間に合わん!受け止める!」
あんなものが当たってしまったら雲の上から全員投げ出される。そうしたらこちらの優位性も何もあったものではない。
「両端の兵!矢を受け止めろ!私が糸を止める。」
雲の両端に居た兵士が構える。イトツキが糸を。両端の兵士が矢を止めることで矢を止めようというのだ。
「歪矢刃理守蛇!発射ぁ!」
一対のバリスタが放たれる。
バキィ!
「ぬぅぅぅぉお!」
糸が前方から迫り、刀にぶつかる。三人掛かり。押し負ける事は無かった。
「どうだ。地上人!これが!我ら!月の!使者の!」
勝ち誇るようにキノツキが吠える。が、次の瞬間気付いた。
部下の切った矢の中から何か液体が飛び散ったことを。
糸に何かが塗られていたことを。
地上人が火矢を構えていたことを。
「皆逃げろぉ!」
思わず飛び降りる。次の瞬間。雲の上目掛けて火矢が放たれ、雲が炎上した。
「ワイヤーバリスタ。バリスタの矢に糸を付けた……だけではないんだよな。これが。」
炎上する雲から飛び降りた月の使者を見ながらそう呟く。
ワイヤーバリスタ。竹の矢の節に穴を空け、そこに油を詰め、糸にも油を染み込ませた代物。そこに火矢を撃ちこめば炎上は必至。相手は雲から降りざるお得ない。
「さぁて!皆!次は地上戦。互いに死傷者の無いように、でも、確実にやっつけて!」
戦う皆に檄を飛ばした。
「クソ、クソ!クソが!!」
炎上する雲から這う這うの体で飛び降りたイトツキは這いつくばりながら地面を叩いて八つ当たりをした。
月より来た我々に頭を垂れない無礼は許そう。原始人風情にそこまでは求めない。
矢を射る無礼は許そう。愚かな地上人に我々未知の高位生物を恐れるなとは言わない。
しかし、
「あろうことか我等の光に抗い、あまつさえ我々を地に貶めるか!!地上人!!」
ここに来てイトツキの堪忍袋の緒が切れた。最大の情けを以て接してやった自分を虚仮にした地上人への怒りは大爆発を起こした。 「全軍に告ぐ!!我等に仇なす地上人を皆殺しにしろ!!」
炎上する雲から飛び降りて途方に暮れていた全軍がそれを聞いて生き返った。
「おぉおぉぉ!!」
月の使者とかぐや姫守り隊の地上戦が始まった。
「大竹弓は装填に時間が掛かる、投石も乱戦では意味がない、なれば我等に勝機は有り!!」
喚くように叫ぶ。しかし、イトツキは至って冷静で発言自体には間違いは無かった。
「しかーし!!そんなことは百も承知千も承知!」
あのイトツキとか呼ばれてたヤツ。地上に引きずり出されたのが相手の思惑だって忘れてるのか?まさか勝てると?
残念。この賢匠院。何から何まで手の内よ!!
さぁて…。そろそろ来たかな…………あ、来た。
空から落下傘が、赤い袋が付いている落下傘が緩やかに落ちてきた。
「益荒男!来たよ!」
「一切承知!」
そう言いつつ弓兵に指示を出す。
月の使者が屋敷に迫る中、弓兵が矢を射る。しかし、それらが狙ったのは月の使者ではなく空の赤い袋だった。
命中。中から白い粉が撒かれる。
月の使者たちは突然降って来た白い粉の雨に混乱していた。が、
「ぎゃぁ!眼がぁ!」
「痛い痛い!」
「痛くて見えない!」
阿鼻叫喚の地獄絵図が目の前に広がり始めた。別に俺は化学兵器を撒き散らしたわけではない。平安時代の夢にそんなモノ出てきたら無粋極まりない。
「塩の雨作戦成功。よっしゃ!皆取り押さえろ!」
顔を布で覆った兵が塩の雨の中を突き進む。先程光除けに使った布。これは光を避ける為だけでなく塩が降る中で活動できるようにと配布したものだ。
向うがどの程度の戦力で来るか解らず、こちらとしては血みどろはお断りだった。なれば向こうの戦力をほぼ無効化しての制圧が理想的。塩目潰しはもってこいだった。
「さぁ、皆さん!死なないように、死なせないように制圧お願いします!」
俺の掛け声で兵の皆さんが塩の中を突っ切っていく。半分以上の戦力が無効化され、拘束されていく。が。
「うぅぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
遠吠え。塩の雨が声の衝撃で吹き飛ぶような、野獣の様な遠吠え。
「お前達ぃ!それでも月の住民かぁッ!眼が見えんのなら耳を頼れ!耳が聞こえんなら鼻を頼れ!鼻が利かんなら痛覚!我々のすべき事はかぐや姫の回収!狼狽えるなッ!」
巨漢が叫ぶ。目潰しを喰らって怯んでいた連中が息を吹き返した。
「「「ぉぉぉぉぉぉぉおぉおおぉおおおぉおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」」」
視覚を失ってなお闘志が死んでなかった。不味い。息を吹き返した。
「益荒男!全員撤退だ!姫を連れて裏の竹林に逃げるぞ!!」
益荒男に怒鳴る。返答を待たずに俺は姫の元に急ぐ。
「愚かなり!愚かなり地上人!わざわざ逃げる事を宣言し場所まで宣言するとは!行け!月の者どもよ!お前もだイトツキ!」
近くでしぼんでいた絹糸の様な男の首根っこを引っ掴むと耳元で怒鳴った。
「何だ?キノツキ。」
先程から自分の考えが悉く潰され敗者と化していたイトツキ。最早その目には光が無い。
「お前が指揮をとれ!俺は平地以外での戦いなど知らん!お前が指示しろ!」
「無理だ。どうせ又読まれて潰される。私は月の人間などではない。私は地を這う虫けらなのだ。」
まるでいじけた子どもである。
「イトツキ!ふざけるな!仮にも貴様は『ツキ』の名を冠した、俺と同等の者だ!それを虫けらだと?いい加減にしろ!」
空気がビリビリ言うのが聞こえる。何も知らなければ雷鳴と間違えるような怒轟。
イトツキの目に光が戻りつつあった。
「しかし、俺は、完全なる月の人間を有ろうことか地に堕とし、月の人間としてあるまじき痴態と無様な真似を晒したのだ。私には。もう率いる資格などな…」
「未だ言うかイトツキ!いいか、失敗したらやるべきことは虫のように地を這う事では無い。失態を取り戻すことだ。失墜したら、それ以上に飛翔すれば良い!今貴様がやるべき事は我々を率い、かぐや姫を奪還し、月の威を地に示すことにある!答えよイトツキ!貴様は何だ!?虫けらで終わる者か!?それとも…………」
それが止めであったかのように、あるいは、心停止した人間が喰らったAEDであるかのように、イトツキの目には光が、否、太陽を焦すが如き焔が宿っていた。
「終わらん、私は終わらん!私はイトツキ!月の住人。気高き月の住人!地上の者とは違う!月の民哉!私は虫に非ず!キノツキ!実動はお前に頼む!私は指示を出す!月の威をあまねく世界に知らしめろ!」
「解った!行くぞ!」
そう言ってキノツキはイトツキを抱え上げ、後退する地上の人間の方へと向かった。
「益荒男!頼む。」
抱えていた高貴な着物を着た御仁を益荒男に託す。夢の中でも俺の腕力はそれなりの様だ。
「承知、賢匠院殿!如何する?今の所ジリジリと後退しているだけだが、起死回生の一手は!?」
益荒男が軽々と人一人を担ぎながら竹林の間を駆け抜ける。
「あと少し待って!もう少し、あと少しなんだ!」
息も絶え絶えに避けているのかふらついているのか判別できないような走りで竹林を抜ける。
後ろからは息を吹き返したどころか見た中で最も活力と闘志にあふれた月の使者たちが迫る。
こちらの兵はもう既に竹林を抜けてその先の山へ向かおうとしていた。
「どう致す?矢で射かけるか?」
益荒男が訊いてくる。
「駄目だ。俺達が逃げ切らないと……。この娘が巻き添えを食ったら元も子も無い。」
そう、この娘を巻き添えにしては水の泡になる。ここまでした意味が無い。
「追いついたぞ!地上人!」
あと少しという所迄月の使者が迫る。不味い。間に合うか?
「賢匠院殿!あれを!」
益荒男が叫ぶ。その目線の先には竹。ボロ布が巻き付けられた竹があった。
「よっしゃぁ!先に俺が行く。益荒男!転ばないように!」
「合点!」
腹痛がする。喉が痛い。血の匂いがする。拍動が触れるまでも無く聴覚と触覚で感じる。しかし、足は未だ辛うじて動く。
走る!全力で!これ以上無く、限界を越えて絞り出した力で走り、ボロ布のある竹の手前で幅跳びをするが如く跳躍した。着地時の土から来る衝撃が体を痺れさせる。
「益荒男も!」
「承知!」
こちらも跳躍。その余計な動作が明暗を分けた。
「捕まえた!」
先陣を切る月の使者が跳躍のロスの分距離を詰めてきた。距離にして2mも無い。あと数歩。手を伸ばせば益荒男を捉える。使者はそう思っていた。
「え?」
踏みしめた大地が消えた。同時に景色が昇っていく。
違った。大地が消えたのでも景色が昇って訳でもなかった。
落とし穴だった。
「あははははははははっははははははは!!見たか!我らの迫真の演技!」
腹痛は何処へやら。大笑いをする策士。
『あと少し。』それは味方の待つ所迄あと少しと言った訳では無かった。この落とし穴を示していた。
ボロ布を見る度ジャンプ。繰り返すうちに何人かが落とし穴に嵌っていった。
全力疾走が故に先陣が落ちても第二陣が止まれず落ち、三陣以降も止まれたところで急ブレーキ→転倒の始末。
「馬鹿者!貴様らよく見ろ!落とし穴の前には竹に布が巻き付いている。それに向こうの足跡をよく見ろ!あいつらの足跡があるという事はそこは落とし穴ではない!落ち着いて確実に侵攻しろ!」
進軍する奴等の後方から支持を出す声が聞こえる。先程まで意気消沈していたイトツキが復活し、的確に指示を出す。
(流石にバレるよな。こんな露骨な印あったら……。)
落とし穴の前には確実にボロ布が巻き付けてある。こっちがそれで見分けているのだから向こうにも出来るというものだ。ならば……。
「益荒男、もうそろそろ印の色が変わる。次からは飛ばずに通り抜けるぞ。一応大丈夫だと思うが、気を付けて。」
「承知した。」
小声で合図を出し、先程までとは違う、赤いボロ布のあるところを通る。今度は飛ばずに、堂々と地面を蹴って走り抜けた。
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