第4話:最高だ。勝利を確信した奴が大逆転をされた時のあの顔。素晴らしい。だから奸計陰謀策略騙し討ちは止められないっ!!

「隊列を乱すな。落とし穴の目印を見落とすな。そのまま確実に行け!」




 堂々たり。キノツキに担がれたまま、イトツキはこれ以上無く堂々と、迷い無く指揮を執っていた。




 それに呼応するが如く全体の士気が上がっている。




 「印の色が変わった。注意しろ!」




 眼前にて走る姫を抱えた大男と息も絶え絶えに走る小男が走る先には今までと違って赤い目印があった。




 さて、どうするか?足跡を追えば結局落とし穴など恐るるに足らない。




 赤い印の下を姫達は跳躍無しに素踊りしていった。何だったのだ?今のは?まぁいい。ハッタリだろう。




 「皆、隊列を維持!そのまま急げ!」




 赤い印は一か所。他に目立った印は無い。落とし穴の無い箇所で遅れを取り戻そう。




 そう考えたのだろう。




 穴に嵌った。




 今度の落とし穴は今までと違った。赤い印の所には竹の端が渡してあり、それ以外の場所に堀のような幅の広い落とし穴が仕掛けてあった。




 「くそがぁぁぁぁぁぁぁぁァ!」




 イトツキが叫んだ。




 それを見かねたキノツキはイトツキを降ろして言った。




 「俺が行く。お前は…。解ってるな?」




 そう言ってキノツキは竹林の中を駆けて行った。








































































































 「大分減らせたみたいだね。」




 「の、ようですな。」




 足止めが功を奏し、背後に迫っていた月の使者達は大分離すことが出来た。




 「開けたトコに皆を待たせてあるんだよね、益荒男?」




 息切れに喘ぎつつ訊く。




 「えぇ、そこで総力にて迎え撃つ予定です。」




 「良し、ここ迄離せれば余裕で準備…」




 後ろから何かが来た。竹がしなる音がして何かが迫ってくるような、飛んでくるような……。




 「前言撤回。余裕が無くなった!」




 後方からキノツキと呼ばれていた男が、生えている竹を蹴った反動で跳んできていた。




 「逃がさん!姫は回収させて貰う!」




































 「だぁー!もう!しつこい男は嫌われっぞ!」




 痛たたたたたた!腹痛い。腹のどこかの内臓が絞り上げられてるような痛い痛い痛い!




 「益荒男!最悪俺を置いてでも逃げて!」




 「賢匠院殿……、承知!」




 躊躇いつつ、後ろから来る脅威と俺の言葉の真剣味を噛みしめ、絞り出すように声を出す。が。




 「させるかよ!」




 益荒男の背後にイトツキが迫っていた。




 移動の勢いそのままに回し蹴りを益荒男の脇腹に叩き込む。




 「ァ゛ッ!」




 乾いた小さな苦悶を残して益荒男だけが吹き飛ぶ。近くの竹に叩き付けられグッタリする。




 「姫様。お迎えに上がりました。さぁ、月へとお帰り下さい。」




 俺の事を脅威と全く認識せずに益荒男の手から奪還した女に無防備にも頭を垂れている。




 「俺をおちょくんじゃねぇ!」




 懐から短刀を取り出し、無防備な頭に叩き込む。ことが出来なかった。




 「これら野蛮人に姫様をこれ以上預けるなどあってはなりませぬ。さぁ、我々と共に。」




 短刀を握った腕を一瞥もせずに、頭を下げたまま掴み取った。




 「ギ……この、クソが!」




 腕に指が食い込む。抵抗するが、固定されたかのように俺の腕は動かない。




 「行っちゃダメだ!かぐや姫が月を見て泣いた理由。それは家に帰れる喜びとか地上からトンズラ出来るからとかじゃないだろ!それは、帰りたくなかったからだろ!」




 抵抗できない手足に代わって口で抵抗を試みる。バッドエンドになって堪るかよ!




 「五月蝿い。地上の生き物が我らに干渉しよう等と思い上がったことをしおって。」




 腕を握る力が強くなる。短刀を思わず取り落としてしまいそうになる。




「イ、タイイタイイタイタイタイタイ!!」




「減らず口を叩くな。地上人。」




「で、も。その地上人にさっきからいいようにされていた間抜けは何処のどいつらだったかな?」




 痛いのを堪えつつ抵抗を続ける。




 「何とでも言え。結局の所貴様らは姫を守れずに終わるのだ。」




 俺をゴミでも捨てるかのように放り投げ、手を何処からか取り出した布で拭き、布を捨てたかと思うと女を担ぎ上げた。




「さぁ、それでは参りましょう。いえ、帰りましょう。」




 「この、野郎!」




 悪あがき。短刀を今度こそ突きつけようとするが敢え無く塵のように吹き飛ばされる。




 「では、参りましょう。」




 そう言って踵を返すキノツキの目に、白い粉が投げつけられた。




 何をされたか解らなかったキノツキ。しかし、理解の前に目に激痛が走った。




 「アァ、アァ、グゥアアアアア!」




 両手で顔を押さえて千鳥足になりながらのたうち回る。




 「何故?何故ですか?」




 理解出来ない。彼には理解したくても理解できなかった。




 「何故姫が私に……何故ぇぇぇ!」




 痛みを堪えた甲斐があった。負け惜しみに聞こえる挑発のセリフを予め考えておいた甲斐があった。




 「益荒男!立てるか?」




 吹き飛ばされた益荒男に訊く。




 「問題無い!行けますぞ!」




 吹っ飛ばされたのは予想外の事だったが、流石益荒男。大事無さそうだ。




 「姫。逃げますよ!」




 キノツキの眼に塩を叩き込んだ娘に声を掛ける。




 「『姫』と呼んでくださいましたねぇ。」




 益荒男が担いでいた娘。




 俺達が一緒に逃げていた娘。




 月の使者が狙っていた娘。




 どれも同一人物だがそれはかぐや姫では無かった。




 「ですが、私は姫様の付き人。姫はおよし下さい。」




 かぐや姫の付き人だった。




















そう、俺達と逃げていたのは影武者だったのだ。




































 「クソ、俺を愚弄しおって!姫を騙りおって!許せぬ!」




 キノツキが目を押さえながらそこら中に当たり散らす。




 どうやら未だ目は見えてないらしい。




 「二人とも、今の内に逃げるよ!」




 「承知」




 「畏まって御座います。」




















































































 「よっしゃ!ここまで来た。」




 目の前には竹林の中の開けた空き地。地面に突き刺さった竹筒、筍、枯れ葉。




そんな中に先に行った兵が待っていた。




 「ここまでくれば後は数の利で勝てる。」




 「良くやってくれた皆!さぁ、あと少し。踏ん張れ!」




 流石に三人だけで使者を掻い潜るのは厳しかった。




 そんな風に油断していたのが伏線になったかのように最後の試練がやって来た。
























 「地上の人間!ここ迄我々を追い詰めたことを純粋に褒めてやる!が、遊びは御仕舞だ。姫を渡して貰おう。」




 イトツキの声が竹林に響き渡った。




 声の発生源を探してぐるりと見回すと、俺達を囲むように月の使者達が湧いて出てきた。




 「ハハハハハハ、驚いたか?君らがキノツキに気を取られているうちに先回りして包囲させて貰った。」




 包囲網が狭まり、俺達はドンドンドンドン小さくなっていく。その包囲網から出てきたイトツキは笑いを浮かべてそう言った。




 「誤元々のプランだとキノツキがもっと派手にお前たちを追い詰めて本隊に合流して軽いパニックを伝染させてから包囲網を見せて心を折る筈だったのに全く、キノツキをやるとはな。」




 今回は純粋に称賛していた。




 「が、それは些末な問題。結果として君達は負け、我々が勝つ。さぁ、姫を明け渡して貰おう。」




  そういって影武者姫に目をやる。




 「イトツキ!!騙されるな。ソイツはニセモンだ!!」




 後ろから目を押さえながらキノツキが迫る。チッ、流石にタフだ。




 「ほぉう。影武者か……。本物は何処だ?あぁ、真実のみ語れ。騙るのも回答拒否も許可しない。」




 冷静に、淡々と、命令する。それ以外の選択肢など選べない状況だと言わんばかりに。だ。




 「解った。姫ならここに居るさ。最大戦力を以て護らせてる。」




 俺の言葉にイトツキは鼻で笑うが如く、一笑に付す。それもそうだ。ここに居る戦力などタカが知れているし、影武者以外に女など一人もいない。




 「ふざけるな。そんな奴何処に居ると!」




 怒声が飛ぶ。当然だ。




 「いやいやいや。もっと周囲をよく見てよ。」




 周囲に目を向けるイトツキ。見えるのは地に刺さる竹や筍、枯れ葉のみ。




 「あぁ、そうか……スゥー……皆出陣だぁ!!」




 何かに気付いたように男が叫ぶ。次の瞬間。月の使者の背後から雄たけびが聞こえた。




 「おおおぉぉぉぉぉ!!」




 先程まで誰も居なかった。足音も無かった。それが如何だろう?地面が捲れあがり、地上の人間を取り囲んでいた月の使者が、何処からともなく現れた……まるで妖術の作り出したかの如き地上の人間に取り囲まれていた。




 「もうお仕舞だ。俺達の……勝ちだ!」




 呟くように価値を宣言する。こんな事もあろうかと、否、正確には最初の光が布で防げなかった場合を考え、温存していた兵を土遁よろしく地面に先行させていた。




最初の光が防げたため、奇襲兵兼この先に隠れさせておいた姫の護衛として温存し、竹筒の空気穴をそこら中に刺して隠れて貰っていた。




空気穴は竹林では目立たず、奇襲はかくして成功した




 「……………………………………………………………………………………。」




 イトツキの苦悶は計り知れない。





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