字句の海に沈む

新巻へもん

ある日のモノ書き

 書き上げたばかりの連載中小説の最新話。白い背景に浮かぶ文字の羅列を遮断するように目をつぶる。今日は楽なパートだった。プロット通りに話が進む部分であるし、物語を紡ぎだすのに時間はかからない。


 問題はここからだ。タイトルを考えなければならない。作品全体のタイトルに比べれば、各話のタイトル付けはそれほど難しくはない……はずだった。他の作品であれば割と簡単に決まる。しかし、この作品はそうはいかない。どうして、こんなバカなことをしようと思ったのか、過去の自分を呪いたい。


「両舷タンク注水弁開放。沈降開始」


 目的の字句も決まらないままに、脳内に広がる無限の海に降下を始める。漆黒のように見える海だが、シナプスに流れる光芒に照らし出される先には無数の文字。まず姿を表すのは46種類のかな。そして、2000種類を超える漢字が浮かび出る。この表層には目的物はない。


 更に降下を続けるとかなとかなの組み合わせの2文字が現れる。漢字とかな、漢字と漢字。無数の文字が組み合わされて創り出される句。意味のあるもの、意味のないもの。その中で同じ音の句を探さなければならない。


 さて、今日の話は……。主人公が怪我をして、自力では山を登れず、仲間に運んでもらうところ。登山、怪我。仲間。うーん。いい言葉がないな。もう、メンドクセー。タイトルをダジャレにするのもう止めちまうかな。ストーリー書くよりも時間かかってるんじゃないか。でも、せっかく43話までダジャレで書いてきたんだし。頑張るか。


 できれば、3文字で構成される深海には潜りたくない。2000の3乗は深すぎる。最悪、字句の鎖に捕らわれて戻ってこれなくなる恐れがあった。やはり、この辺りの深度で探そう。


 しかし、でかい猫に乗るってどんな感じなんだろうな。やっぱりモフモフしてて最高なんだろうか。ああ。モフりたい。そうじゃなかった。タイトルを考えないと。猫はもう使っちゃったからな。んー。やっぱり運ばれると楽なのかなあ。


 ぴかりと海の中に閃光が走る。楽、楽だ。螺旋を描きながら接近をしてくる字句。駱駝。前照灯に照らし出された句が光り、探し出された喜びに震える。うん。もうこれでいいや。幼稚園児レベルだが、きーまり、決まり。


「機関停止。バラスト放棄。浮上を開始する」


 字句の海を漂っていた潜航艇は急速浮上する。字句の海を割って水面に浮かび上がった潜航艇は二つの句を結び付けて、意識にフィードバックする。目を開けて、キーボードを叩いた。第44話「猫の背は駱駝より楽だ」


 本日の沈降ミッション完了。

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