疲れたら頬杖ついてさ

naka-motoo

疲れたら頬杖ついてさ

 よ。


 お久しぶりね。


 元気に・・・してはないよね。みんな疲れるよねー。


 でも今日は久しぶりの夕焼けだね。


 金曜の夕方、しかも雨が降っていた空に光が差してうっすらとした雨雲の隙間からブラディ・オレンジみたいな幻想的な感じでさ。


 あら。

 わたしが幻想的なんて言ったら自分の存在を否定してるみたいね。

 せめて白いソフトハットに白のワンピースなんて見たまんまの服をやめたらいいのかな?


 まあいいわ。


 今日はね、素敵なカフェを見つけたからコラボしようと思ってね。


 まずはマスターにご挨拶ね。


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「こんばんは。まだいいですか?」

「はい。大丈夫ですよ。いらっしゃいませ」


 おや?

 傘を持っておられるのに髪の毛が濡れてるな。

 それなら・・・


「お客様。よろしければお使いください」

「あら。ありがとうございます。お言葉に甘えます」


 あ。


 いやいや。中年男がこんなきれいなひとを心の中で愛でる気持ちを持つだけでも失礼だろう。

 でも本当に美しい黒髪だ。

 ソフトハットを取って前髪をバスタオルで拭き上げて、隠れてた目が、よく見ると黒のようで深碧だな。

 ハーフかな?


「あの」

「は、はい!」

「注文よろしいですか?」

「ええ。どうぞ」

「ブレンドを」

「はい。お席は・・・カウンター?」

「そうさせていただきます」


 ふう。あぶない。

 思わず見入ってしまってたな。ドリップしながら心を鎮めるか。


「マスター。お訊きしてもいいですか?」

「なんでしょうか」

「このお店はおひとりのお客さんが多いでしょう?」

「そうですね。前の幹線道路を駅からオフィスまでの通勤路にしている方が多いので、お仕事帰り、電車に揺られる前にに少しほっとしていかれる方が多いですね」

「皆さん疲れてるでしょう」

「はい。言ってはなんですが本当にコーヒーの香りで『はあ・・・』って感じで脱力なさってる方、多いですね」

「わたしにその方たちのお相手をさせていただけませんか」

「え?」

「アルバイト、ではなくって、わたしと契約しませんか?」

「契約?」


 初めてのご来店で何をおっしゃるのかと思えばウェイトレスとして雇えと。

 今日の閉店までの間だけとはいえ。

 思わず訊いてしまったよ。


「お客様。もしかして財布をお忘れに?」

「いいえ。疲れを、きゅーっ、て吸い取ってあげたいんです」


 大丈夫かな。

 あ。今日もいらっしゃった。

 早速彼女が向かってくれる。


「いらっしゃいませ」

「はいこんばんは。新しい方?」

「はい。今日だけです。ご注文は?」

「水割り。ダブルで」


 お!

 喋られた!


「すごいですね」

「え。何がですか? マスター」

「いえ。あの老紳士は今までご来店されても一声も発せられたことがなかったんですよ」

「あら。そうしたらどうやってオーダーを?」

「メニューを指さすんです。ほら、この水割りの写真を。それでシングル・ダブルとあるんですが指二本立てられてダブルのオーダーをされるんです」

「ふふ。とても渋い、ダンディなお声でしたわね」

「ええ・・・それじゃ、これ、お願いします」

「あら。おつまみは『おかき』なんですね」

「はい。ただ、あのお客様はいつも手を付けずに残されるんですけどね」


 うーん。ウェイトレスの服装じゃなくてもあの白いワンピースがファンタジーだな。って俺は何思ってんだ。

 お?


「貴女。ひとつ摘ままんかね」

「あら。よろしいんですか? ではお言葉に甘えて」


 うーん。

 ぽりっ、て食べてる口元がかわいらしいな。

 ああ。どうしても彼女のことを見てしまうな。それにしてもどうしてあのひとはいつも喋ってもらえない俺と違って話しかけてもらえるんだろうな。


「お客様。お代わりはいかがですか?」

「そうだね。いただこうか。同じものを」

「かしこまりました」


 あ・・・っと。

 いかんいかん。彼女に嫉妬してどうする。

 せっかく常連さんの口を開いてくださったんだ。感謝こそすれ嫉妬などと。

 でもなあ・・・

 会社を辞めてこの商売始めて、それなりに人生経験も重ねてお客様に憩いというか安らぎを与えてるつもりだったんだがなあ・・・まだまだお客様の心を開くことはできてないということか。


「わたしが女だからですよ、マスター」

「え」

「ただ、それだけのことですわ」

「と、いうと・・・」

「あのダンディなお客様。わたしに一目惚れなさったようです」


 あ。


 そうなのか。

 じゃあ、俺が彼女に惹かれたのも単純だな。


 俺が男だから、ってだけか。


「貴女。いつお店に出ておられるのかな」

「お客様。今日だけですわ。一日だけの臨時です」

「そうかね」

「でも・・・マスター!」

「は、はい!」

「もし夕焼けの夕方だけでもよければ、働かせていただけませんかしら?」


 俺と老紳士は声を揃えて言ったよ。


「是非!」


 ふたりとも、男なんだなあ・・・


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 そう。

 そしてわたしは女。


 よかった。

 これで下界の・・・いえいえ、日常の皆さんに触れるツールが持てたわ。

 さ、次の夕焼けが待ち遠しいわね。









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