最終話

 校舎脇のスペースに、3×3メートル、深さ50センチほどの小ぶりな花壇があった。植えられていた花は採取済みで、空の花壇に残っていたのは敷き詰められた壌土だけだ。


 残暑厳しい10月の粘つくような陽射しを浴びながら、時弥達五人は黙々とスコップを手に掘り返す。すっかり汗まみれ泥まみれとなって、懸命に土木作業に従事していた。


 長い長い肉体労働にようやく終わりが見えてきたのは、作業開始から一時間ほどしてから。カツンと音を立てて、スコップの先端が土台に当たった。土をすくいあげると、コンクリの基礎が姿をあらわした。

 時弥はほっと息をつき、蓄積した疲労によって悲鳴を上げた腰を何度も叩く。花壇の周りには掘り返した土の山ができており、よくやったものだと我ながら感心する。


 学園祭から二日たち、ヌードショーに対する罰則が実施される――その一環が、これだ。


「トキくん、そろそろ準備してくる」と、げっそりとした邦雄が力なく言った。

「あー、俺も手伝うよ」


 邦雄といっしょに花壇を出ようとした時弥の肩を、がっちりとつかまえる手があった。それも二つだ。

 片方は信太郎、もう片方は正人のもの――両肩を押さえられて身動きできない。


「てめぇ、首謀者のくせに楽しようとしてんじゃねえぞ」

「手伝いは武史が行ってくれ。生徒会が用意してくれているはずだ」

「了解。ちょっと行ってくる」


 邦雄と武史を見送り、時弥は肩を落とす。伏せた目がとらえた花壇は、終わりが見えてきたと言っても、まだまだ作業が必要な状態だった。

 とにかく花壇から土をすべて取り除かなければならない。そこがスタートラインだ。


「おらっ、さぼってないで手を動かせろ」


 疲れ知らずの体力自慢を、恨めしそうに見る。休憩なしは貧弱な時弥にはつらすぎた。


「お前さぁ、野球部に戻るんじゃなかったのか。なんで、まだこんなことやってんだ」


 腹立ちまぎれに、ちくりと嫌みを口にする。


「これが終わったら戻る」正人は鼻で笑った。「それとも、俺がいないほうがよかったか? 頭数が減ると、その分仕事が増えるんだぞ」


 それを言われると、返す言葉がない。掘り返しに正人の馬力は必要だ。

 時弥はむくれ顔で、しぶしぶスコップを振り下ろした。


「そういえば、手嶋の話聞いたか?」と、タオルで汗を拭いながら、唐突に信太郎が切り出した。


「手嶋って誰だっけ」

「講堂でマジックショーをした手嶋だ。水槽運ぶの手伝ったろ」

「ああ、手品くんか。あいつがどうした」

「なんでもショーを見て感化された後輩に懇願されて、手品部を作るらしいぞ。すでに部員候補が十人近く集まっているという話だ。後ろ指差されるだけで、なんにもない俺達とは大違いだな」


 時弥は眉間にしわを寄せて、釈然としない表情を浮かべた。


「えー、信じられない。手嶋だけ、ずるい!」

「いまの話を聞いて、って感想が出てくる、てめぇが一番信じられねえよ」

「だって、学園祭をわかせたのは俺達も同じだろ。こっちはクソミソな扱いなのに、あっちはチヤホヤされてずるいじゃないか。ヌードショーじゃなくて、手品やってりゃよかったってのか」


 信太郎と正人は顔を見合わせて、渇いた笑いをこぼした。


「それが、かぎりなく正解に近い気がする……」


 ぼそりともらした信太郎の言葉に、誰も反論することはなかった。いま口を開くと、よけいなことばかりが浮かんできそうで唇を強く結ぶ。

 しばらく無言で作業にはげみ、あらかた土を取り除くと、大穴となった花壇にビニールシートを隙間なく張りつけた。

 ちょうど武史と邦夫が戻ってくる。二人は大きな寸胴を台車に乗せて運んできた。


「持ってきたよー」


 寸胴からはゆらゆらと湯気が立ち昇っている。中身はお湯だ。


「おいおい、熱すぎるんじゃないか。ヤケドしちゃうよ」

「すぐに冷めるだろ」と、珍しく武史が能天気なことを言って、飛沫がかからないように注意しながら寸胴の湯を花壇に流し込んだ。


 邦雄もつづく。花壇の半分ほど、湯が張った。


「あれ、寸胴は三つじゃなかったっけ」

「生徒会長が持ってきてくれるって言ってたよ」

「……どっちの生徒会長?」


 時弥の疑問はすぐに解消する。生徒会長が台車を押してやってきた。新旧二人揃って。

 新生徒会長に襲名した鳥飼陽子と、引退した前期生徒会長の麻智だ。


「おっ、結構お風呂っぽくなってるじゃない。これなら、うまくやれそうだ」

「姉ちゃん、何しにきたんだよ……」

「そりゃあ、わたしが関わった最後の案件だからね。見届けたいと思うでしょ」


 時弥はため息をついて、冷めた視線を姉に向ける。


「姉ちゃんのせいで、面倒なことやらされてるっていうのに、いい気なもんだ」

「わたしのおかげで、風呂に入るだけで済むんだ。もっと感謝しろっての」


 確かに“おかげ”でもあり、“せい”でもある。保護者会で麻智がした提案によって、今回の作業に行き当たった。


 武史が出願書に記入した架空の活動、お風呂同好会。麻智は、ここにペナルティを与えることで、処罰を下したという既成事実を示そうというのだ。お風呂同好会は、無期限活動停止――ただ、活動実績のない同好会と知られると、見せかけの処罰にすぎないと気づかれてしまう。そこで前後逆になるが、まず実績を作ってから処分するという方法を取ったのだ。


 園芸部顧問の緒方が提供してくれた花壇を利用し、風呂作りという実績を残す。最初で最後のお風呂同好会活動だ。


「準備できたよ」


 邦雄と協力して寸胴の湯を花壇に注いだ陽子が、熱気に顔を歪めながら言った。その手にはデジタルカメラを持っている。活動報告の撮影をするためだ。

 湯を張った花壇を見る。温度を確かめるまでもなくわかる、間違いなく熱い。


「さあ、どうぞ入って」


 新生徒会長が、旧生徒会長のようなことを言う。生徒会長という役職につくと、無茶を言いたくなるのだろうか。

 おそるおそる指先を湯に当てる。あまりの熱さに、弾け飛ぶように指を逃がした。


「いや、これ無理だって。鳥飼、姉ちゃんの悪いとこ似てきてるぞ」

「えー」陽子は心外そうに眉根を寄せる。「それは言いすぎだよ――」

「いいから早く入れ。時間がもったいないだろ!」


 そう言われても、このままだとさすがに危険だと判断し、水を足して入浴することに。

 何がはじまるのかと興味本位で集まり出した野次馬の注目を浴びながら、服を脱いで五人で花壇に入る。今回は海パンを履いていたので、反応は鈍かった。


 五人同時となると、花壇は小さすぎたが、湯加減はちょうどよい。土木作業で疲れ切った体に、心地いい湯が染み渡る。


「どう、気持ちいい?」

「案外悪くない」

「へえ、そうなんだ……」


 陽子が入浴シーンを撮影をして、あっさりと活動実績は完了。残す仕事は教師と生徒会の手続きだけなので、時弥達の清算は終わったことになる。

 これでヌードショーというバカ企画もお開きだ。苦労もあったが楽しかった日々を思い返し、時弥は口元をゆるめる。


「――じゃあ、わたしも入ろうかな」


 いきなり思いもよらない言葉が放たれ、ゆるんだ口元が歪む。


「何言ってんだ、姉ちゃん。頭おかしくなったのか?」

「あんたらのせいで、こっちはさんざん苦労したんだ。ちょっとはねぎらってくれてもいいだろ。わたしだってお湯につかって、疲れを取りたい」


 生徒会長という枷が外れて、はっちゃけたのか。それとも新しいレッテルに貼り替わっただけの弟をはげまそうと思ったのか――

 麻智はいそいそとシャツのボタンに手をかける。


「やめろよ、姉ちゃん。恥ずかしい!」

「お前が言うな!!」



 麻智は制服を脱ぎ捨てると、風呂となった花壇に飛び込んだ。

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青春ヌーディスト 丸田信 @se075612

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