第29話

 ヌードショーが与えた衝撃は、良くも悪くも――いや、悪くも悪くもだろうか――甚大だった。学園祭で父兄が多く学校に訪れていたこともあり、即日保護者会が開かれることになる。

 もちろんヌードショーに関わった五人は強制連行。生徒会は後夜祭の準備があることから、ひとまず見逃してもらえた。


「――会長、生徒会長!」


 声をかけられて、ハッとして麻智は振り返る。気づかなかったが、何度も呼びかけていたようだ。陽子が心配そうに眉を下げていた。


「ど、どうしたの、イカちゃん?」

「どうしたじゃないですよ、後夜祭の準備を手伝ってください。学園祭の最後の仕上げですよ」

「ああ、そうだね。しっかりやんないと……」と、口では言ってみたものの、麻智は気もそぞろで動揺が顔に張りついている。


 陽子は「ハア」とため息をついて、軽く肩をすくめた。


「時弥くんが心配なんですね、わかりました」

「えっ?」

「行ってあげてください。後夜祭のことは、わたしがなんとかします」


 麻智は目を丸くして、どこか得意げな陽子をまじまじと見つめた。講堂での経験で少なからず自信がついたのか、学園祭がはじまった頃とは顔つきが違う。


「なんか強くなったね、イカちゃん」

「無茶ばかり言う誰かさんに鍛えられてますから」


 ポンと背中を押されて、足を踏み出す。頼りになる後輩に見送られて、麻智は勢いよく駆け出した。


「ありがとう、イカちゃん。恩に着るよ!」


 緊急保護者会は、校舎一階職員室の隣にある会議室で行われていた。外から回り込んで窓越しに覗くと、時弥達五人と教師の集団、父兄が詰めかけてすし詰め状態となっている。


 状況としてはヌードショーという前代未聞のハレンチ行動を起こした五人に対して、父兄側が一方的に怒りをぶつけていた。本来叱責する立場の教師が、なだめに入るほど激しい言葉が飛び交っている。

 なかでも先頭に立つ中年女性は、興奮を抑えきれないといった様子だ。キンキンと耳に響くヒステリックな声が、窓ガラスをへだてた麻智にも届く。


「あなた達は、いったい何を考えているの。あんな非常識なことをして、どうかしてるわ!」怒りの矛先は、管理者である教師にも向く。「先生方も、どうして止めなかったのですか。これは学校全体の問題ですよ!!」

「いや、これは俺達が勝手にやっただけで、学校は無関係ですけど――」


 よせばいいのに、時弥がよけいなことを言う。火に油を注ぐようなものだ。


「そういうことじゃない!」


 時弥は釈然としない表情を浮かべる。ならば、どういうことなのだろう?――そう思っているに違いない。


「学校側としましては、何分学園祭で浮かれた生徒の出来心ということで、なるべく穏便に済ませたいところなのですが……」


 脂汗でテカッたハゲ頭を、何度もハンカチで拭いながら校長が言った。やらかしたことを思うと、だいぶ寛大な処置だ。

 ありがたい判断だというのに、「出来心」に引っかかったらしく、時弥がまたよけいなことを言おうとして――信太郎と武史に止められていた。


「あのねぇ、ちゃんとわかってるんですか?」


 苛立ちが満ち満ちた声が投げかけられる。呼応するように、他の父兄からも意見が飛んだ。


「公然わいせつ罪は懲役6カ月、もしくは30万以下の罰金だ。彼らがやったことは、立派な犯罪だよ」

「最近はSNSですぐに拡散しますからねぇ。穏便に済ませられるとは思えないなぁ」


 多少感情的になっているとはいえ、父兄の発言はごもっとも。反論の余地はない。

 怒って当然のことを、時弥達はやった。覚悟のうえでやったことだ。そのわりに案外落ち着いて見えるのは、ヌードショーをやり遂げた達成感に、いまも酔いしれているからだろうか。まるで他人事のように、怒りをまき散らす父兄を眺めている。


 対して降ってわいた騒動に巻き込まれた教師陣は、かわいそうなほどに取り乱していた。校長など汗を拭いすぎて、ハゲ頭がこすれて赤くなっている。

 構図としては“教師VS父兄”といった形か。問題の当事者を置き去りにして第三者が争っている――社会ではままある状況だ。


 それを唯一冷静に見極めていたのは、学年主任であり生活指導の緒方だ。ベテラン教師らしく、落ち着いた様子で口を開く。


「そもそも、なぜあんなまねをしたんだ?」


 時弥達は顔を見合わせて、返答に困っていた。どう説明したところで、大人が納得してくれるとは思えないのだろう。

 それでも、なんらかの理由を告げないことには許してもらえない。射抜くようにじっと見つめる緒方の目には、有無を言わさぬ威圧感があった。


「自分を変えたかったんです。うまく言えないけど、ずっと抱えていたモヤモヤしたもんを、振り払いたかったというか……」

「裸にならなければ、振り払えなかったのか?」

「別に、裸じゃないと駄目ってことではなかったんだろうけど、これを思いついてしまったから他のことを考えられなくなって実行しました」


 理屈ではないのだろう。ただの思い込みである――この思い込みが強かったからこそ、時弥は突っ走ってこれたわけだ。

 悩みを抱えた若者であったなら、少しは理解してもらえたかもしれない。だが、社会常識に凝り固まった大人には、まるで通じなかった。


「言っていることが、まったくわからないわ。自分を変えたいなら、他にいい方法がいくらでもあったでしょうに」

「だから、思いつかなかったんだって」反射的に、時弥はいじけた声をもらす。


 反抗の意思があったわけではないが、大人達は反発と受け取ったようだ。父兄側に不穏な気配が漂い、中年女性が代表して厳しく責め立てる。


「あなた、本当に反省している? 自分が何をやったのか、よく考えなさい。こんな不始末をしでかして、どうして平気な顔をしていられるの」


 時弥は何か言い返そうとして、途中でやめた。反省を示すように、しゅんと肩を落として顔を伏せる。が、どういうものかわからなかったのかもしれない。


 その様子を窓越しにこっそり覗き見ていた麻智のなかに、怒られて当然という思いと、もう一つ別の矛盾した感情が芽生えはじめていた。当然と思いながらも、頭ごなしに怒られていることに憤りを感じたのだ。それが身内贔屓がもたらしたものであるのか、現時点では自分自身もわからない。


「どんな理由があろうと、周りに迷惑をかけたことは事実。きちんと罰則を受けて、猛省しなさい」

「はい……」

「それと、本当に自分を変えたいのなら、こんなふざけた方法じゃなくて、ちゃんと認めてもらえる方法を考えることね。裸になって何になるって言うの、理解に苦しむわ」


 彼女は心底忌々しそうに吐き捨てた。

 一瞬時弥は眉をひそめたが、唇を噛んでこらえる。他の四人も同様に耐えている様子が伝わってきた。


「ああ、そういうことか」と、思わず麻智はつぶやく。憤りの原因がわかってきた。腹の底に溜まっていくのは、考え方のに対する苛立ちだ。


「あんなの笑い者になるだけじゃない。バカにされるだけで、いいことなんて一つもない――」

「バカで何が悪い!」


 突然割って入ってきた大声に、父兄は驚き目をむいていた。教師も、時弥達もだ。

 口をはさむつもりはなかったのだが、我慢できず窓を開けて叫んでいた。麻智は迷いを振り切り、開け放った窓から部屋に飛び込む。


「あ、あなた、誰……」

「この学校の生徒会長です。こいつの――」時弥の頭を軽く叩く。「姉でもあります」


 おたおたする校長の隣で、複雑な表情の緒方がため息をついていた。予想していた注意はない。どうやら、しばらく任せてくれるらしい。


「生徒会長、どういうことなの、さっきの発言は」

「そのままですよ。バカで何が悪いんですか。こいつらはバカで、バカなりに考えて今回の騒動を引き起こした。やったことは悪いことだし、怒られるのは当然ですけど、やった行為の意味を勝手に決めつけるのは間違っている」

「行為の意味?」


「たとえ周囲から見たら異常に思えても、自分達で絞り出した答えだから価値があるんだ。ヌードショーは自分のためにやったこと、部外者の物差しで測っていいことじゃない。それを否定するなら、生徒会長として断固戦います。バカを怒るのは結構、大人はそうするべきでしょう。でも、バカを笑うのだけは絶対に許さない!」


 ツバを飛ばし、身振り手振りを交えて熱弁を振るう。麻智の熱量に押されて、父兄は言葉もない。

 そこに、すっと穏やかな声色で緒方が語りかけた。


「恥に敏感な若者が肌をさらすのは、並大抵の覚悟ではできない。彼らにしかわからない重要な理由があったのでしょう。もちろん、けっして褒められた行為じゃない。間違いを正すのは我々大人の責務です――が、同時に、許すことも大人の役目だと思っています」


 はにかんだ緒方が、授業を行うように集まった父兄をゆるりと見回した。ベテラン教師だけあって、意識を引き込む技術に長けている。

 全員の視線が一点に注がれていく。それこそ同僚教師の目さえも。


「恥ずかしい話ですが、私も若い頃に大失態を犯したことがあります。問題となって、学校中退を迫られるような状況になったのですが、恩師が職責を賭けて救ってくれました。いまとなっては、いい思い出です。許してもらえたからこそ、いい思い出となりえたのです。彼らの学校生活を“いい思い出”として残せるかは、みなさんにかかっています。どうか寛大な処置をお願いします」


 案外ずるいことを言う。懇願のように見えて、許さなければ“いい思い出”を潰すことになると印象づけたのだ。

 誰だって、他者の人生の岐路を一任されれば動揺する。ベテラン教師は父兄の扱いも心得ているということか。


 これだけの人数が詰めかけているというのに、みんなが息を飲んで静寂が降りた。かすかな息遣いだけが、部屋にもれたノイズとなって聞こえる。


「あの、一つよろしいでしょうか?」沈黙をやぶったのは、質問だった。進み出た上品な老婦人が、穏やかに笑いかける。「驚きが大きすぎて、よくわからなかったのだけど、あなた達のショーは成功だったのかしら?」


 時弥達は顔を見合わせて、なんとも言えない表情を浮かべた。アクシデントが重なって、当初想定していた舞台とはほど遠いできであったと思う。

 でも、一通り完遂したのは確かだ。成功も失敗も、心持ち一つで変わってくる。だから――


「ばっちりです!」時弥はきっぱりと言った。「やれることは全部やりました」


 老婦人は口元に手を当てて、小さく笑う。


「それはよかった、安心しました」

「安心ですか?」思わず麻智は聞き返す。

「きっと、たくさん練習したんでしょ。一生懸命踊っている姿を見ればわかるわ。それなのに失敗だとしたあんまりじゃない。だから、よかった、安心した。わたしとしても、いいものが見れて久しぶりに興奮できたから、成功だと知れてうれしいわ」


 思いがけないお茶目な発言に、軽い笑いがこぼれた。緊迫していた空気がほつれて、一方的だった流れに変化が生じる。

 怒りが緩和して、誰ともなしに寛容な気持ちを持ちはじめた。まるで小さな水滴の作った波紋が、大きく広がっていくように。


 最後には、もっとも嫌悪を示していた中年女性も折れた。「……しかたないわね」興奮状態が落ち着き、冷静な判断を下せるようになったのだろう。

 しかし、これで問題が解決したわけではない。


「できるだけ内々におさめたいところですが、対外的にお咎めなしというわけにはいきませんからねぇ……」


 校長は頭を抱える。学校内だけで片づけるには、騒動が特殊すぎた。人の口に戸は立てられない――あれだけエキセントリックな出来事だけに、学校外に話がもれるのは時間の問題だろう。


 いくら教師や父兄が理解を示しても、それなりの罰則を与えないことには世間が納得してくれない。

 だが、その点については麻智に妙案があった。生徒会の保険として用意していたものが、思わぬ活路を切り開く。


「それについては、いいアイデアがあります」


 麻智はニヤリと笑って、一枚の紙ペラを取り出した。


「これは?」と、校長が首をかしげる。

「今回の学園祭の出願書です。ここに、事態を丸くおさめる糸口がある!」


 そこで、麻智が指差したのは――

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